第123話 四つの認証と、封鎖された記録の欠片
封鎖区画から持ち帰った金属片は、翌朝になっても机の上で淡く光っていた。四つの紋章が刻まれた古い認証補助具。その一部が欠けているせいで、扉を開くための認証には使えなかったが、調べれば調べるほど、単なる鍵ではないことが分かってきた。
「この金属片、魔力を流すと四つの紋章が順番に反応するんだね」
私はミレアの説明を聞きながら、金属片を観察した。最初に光るのは魔力循環の紋章。次に生命環境、交易記録、最後に封鎖判断の紋章が光る。だが、最後まで反応した直後、必ず中央の光が途切れてしまう。
「欠けている部分が原因?」
「その可能性が高いです。四つの管理項目を順番に照合する仕組みのようですが、認証情報の一部が失われています。単に物理的な部品が欠けているだけでなく、記録そのものが欠損している可能性もあります」
「じゃあ、同じ部品を見つけるだけじゃ駄目かもしれないんだ」
「はい。まずは、どの情報が不足しているのかを特定する必要があります」
セラが金属片の横に、小さな魔石を並べた。
「試しに、各紋章へ別々の魔力を流してみましょう。古代の管理項目ごとに、必要な魔力の性質が異なる可能性があります」
「それなら、私が記録を取るよ」
私はミレアに記録を任せ、セラが魔力を流す様子を観察した。最初の三つの紋章までは、比較的安定して光が続く。ところが、最後の封鎖判断の紋章へ魔力が届いた瞬間、金属片の表面に細い亀裂のような光が走った。
「止めて!」
ミレアが声を上げた。
セラがすぐに魔力供給を止める。金属片は壊れなかったが、中央に浮かび上がっていた光は完全に消えていた。
「今の反応は?」
「封鎖判断の項目だけ、認証方式が違います。通常の魔力照合ではなく、別の権限を持つ者による承認を求めているようです」
「別の権限……王位継承者とは違う、区画管理者の権限かな?」
「その可能性が高いです」
私は椅子の背にもたれた。
やはり、この区画は簡単には開かない。王位継承者であるルナの権限があっても、それだけでは不十分なのだ。古代の管理者が、危険な設備を守るために、複数の認証を必要とする仕組みを作ったのだろう。
「でも、管理者の認証って、どうやって見つければいいんだろう?」
ミレアは少し考えたあと、古代施設の地図を広げた。
「封鎖区画に四つの管理項目があるなら、それぞれに対応する記録設備が別の場所に存在する可能性があります。認証補助具も、複数の部品から構成されているようです。まずは、既に調査した範囲に同じ紋章が残っていないか確認しましょう」
「分かった。クロウとルゥに、前に調べた通路をもう一度見てもらおう。トウガには壁や床の構造図を確認してもらって」
私はすぐに連絡を送った。
クロウとルゥは、これまで見つかった古代施設の通路や小部屋を再調査することになった。トウガは記録された構造図を比較し、壁の厚さや床下の空洞から、未発見の区画がないかを探す。チクタも地図を受け取り、危険な場所を避けながら効率よく巡回できる経路を考え始めた。
その間、私はルナとシエルに調査の進捗を伝えた。
「封鎖区画を開けるには、区画管理者の認証が必要みたいなんだ」
「王位継承者の権限だけでは足りない、ということか」
ルナは金属片を見つめた。
「そうだね。古代の王も、管理者が承認しなければ動かせない設備があったんだと思う」
シエルが静かに言った。
「それは、王を信用していなかったという意味ではないでしょう。王が誤った判断をした場合や、外部から権限を奪われた場合に備えて、別の管理者が安全を守る仕組みだったのかもしれません」
「なるほど。王の権限が大きいからこそ、止める仕組みも必要だったんだね」
私は納得した。
シエルはさらに続ける。
「ただし、認証が二つ必要だからといって、管理者が必ず一人存在しているとは限りません。複数の管理者による共同承認だった可能性もあります。記録を調べる際には、その点も考慮したほうがよいでしょう」
「分かった。管理者が誰だったのかも、調査項目に加えておくよ」
ルナは頷いた。
「シエル、引き続きクロノアの防衛計画も見ておいてほしい。古代施設の調査に集中しすぎて、王国軍の動きを見落とすわけにはいかない」
「承知しました。調査の進展と防衛上の判断を分けず、両方の情報を整理しておきます」
王と補佐役のやり取りを聞きながら、私は少しだけ安心した。未知の古代施設を調べることは重要だが、今のクロノアには、守らなければならない住民と、備えなければならない戦争がある。ルナがその両方を意識しているのは心強かった。
昼過ぎ、トウガから最初の報告が届いた。
「構造図の比較が終わりました。封鎖区画の周囲には、記録にない空洞が二か所あります。片方は崩落した可能性がありますが、もう片方は壁の厚さが周囲と異なり、隠された小部屋が存在する可能性があります」
「場所は?」
私が地図を覗き込むと、トウガは封鎖区画から少し離れた通路の脇を示した。
「この壁の裏側です。正面から見る限り、継ぎ目はほとんどありません。ただ、壁の向こうに空間があるなら、認証補助具の部品や管理記録が保管されている可能性があります」
「よし。確認に行こう。ただし、壁を壊すのは最後にしようね」
「承知しました。構造を損なわずに開けられる箇所がないか、先に調べます」
私はミレアとレグル、セラを連れて現地へ向かった。クロウとルゥは先に到着しており、問題の壁の前で待っていた。クロウは壁の下を嗅ぎ、ルゥは右側の石材を前足で軽く叩いている。
「何かあるの?」
ルゥが同じ場所を繰り返し叩いた。
レグルが近づき、石材の表面を確認する。
「ここだけ、奥に空間があります。壁の厚みも不自然です」
セラが魔力を流すと、石材の一部が淡く光った。
「この部分だけ、魔力の流れが途切れています。壁として完全に固定されているのではなく、何かを開閉する構造が残っているようです」
私は指先で石材を押した。
動かない。
横へずらしてみても反応はなかった。
「うーん。どうすれば開くんだろう?」
そのとき、足元から小さな音がした。
カチッ。
振り返ると、モラが床の隙間から顔を出していた。前足には小さな金属片が握られている。モラはそれを私の足元へ置き、得意そうに鳴いた。
「キュッ!」
「モラ、それを見つけたの?」
金属片には、封鎖区画の扉に刻まれていた四つの紋章のうち、魔力循環の紋章が刻まれていた。以前見つけた認証補助具の欠損部分と、形状もよく似ている。
ミレアが急いで確認する。
「接合部分が一致します。これが欠けていた部品の一つかもしれません」
「やった!」
私は思わず声を上げた。
モラは嬉しそうに胸を張った。地下の探索を得意とするモラが、今回も重要な手掛かりを掘り当ててくれたのだ。
セラが二つの金属片を近づけると、接合部が淡く光った。ぴたりと重なった部分から細い魔力の線が伸び、壁の石材へと伝わっていく。
ゴゴゴゴ……。
壁の一部がわずかに沈み、中央に小さな取っ手が現れた。
「ここを引けばいいのかな?」
レグルが慎重に取っ手を引く。
壁がゆっくりと内側へ開いた。
その奥には、人が一人入れるほどの小さな保管室があった。中央に石の棚があり、その上には古い記録板が数枚と、金属製の箱が置かれている。長い年月が経っているはずなのに、棚の表面には目立った崩れがなかった。
「記録保管室……かな」
ミレアが内部を調べる。
「その可能性が高いです。魔力の残留反応は弱いですが、記録板の一部はまだ読み取れる状態です」
私は箱を慎重に開いた。
中には、薄い金属板が三枚入っていた。それぞれに四つの紋章が刻まれているが、刻印の配置は少しずつ違っていた。さらに、箱の底には短い古代文字が残されていた。
『管理権限は分割された』
『封鎖判断は単独で実行してはならない』
私は文字を読み、思わず息を呑んだ。
「やっぱり、管理者は一人じゃなかったのかもしれない」
ミレアが頷く。
「少なくとも、封鎖判断に関しては複数の権限を必要としていたようです。何らかの事故や異常が起きた際、特定の人物だけで施設全体を封鎖できないようにしていたのでしょう」
「でも、どうしてそこまで厳重に?」
私の問いに、誰もすぐには答えられなかった。
魔力循環の異常が発生したからこそ、旧交易路は封鎖された。だが、封鎖そのものを決める仕組みまで厳重に管理されていたのなら、当時の人々は、施設の運用が重大な結果をもたらすことを理解していたのだろう。
私は三枚の金属板を一つずつ確認した。どうやら、それぞれ別の認証情報を持っているらしい。先ほど見つけた部品と組み合わせれば、封鎖区画の認証を進められる可能性がある。
「これを使えば、扉を開けられるかな?」
「まだ断定できません。三枚の金属板がそれぞれ何の権限を持つのか、確認する必要があります。ただし、以前よりも確実に前進しました」
ミレアの言葉に、私は頷いた。
すぐに封鎖区画を開けることはできなくても、必要な認証の仕組みは少しずつ見えてきた。今は焦らず、記録板を読み取り、金属板の役割を調べるべきだ。
そのとき、セラが保管室の奥にある記録板を指差した。
「ノア様、こちらにも文字があります」
私は近づいた。
記録板の表面には、ほかのものよりも細かい文字が刻まれていた。ミレアが魔力を流すと、古代文字が一行ずつ浮かび上がってくる。
『魔力循環異常――第一報告』
その下には、さらに短い記録が続いていた。
『交易路の複数地点で、魔力の流向に逆転を確認』
『原因特定に至らず』
『調査権限を超える反応を検出』
そして、最後の一行。
『封鎖判断の前に、中央管理者への照会を行うこと』
私は記録板を見つめた。
魔力循環の異常は、単に魔力が増えたり減ったりする現象ではなかった。流れの向きそのものが逆転し、調査権限を超える反応まで検出されていたのだ。
しかも、当時の管理者たちは中央管理者へ照会しようとしていた。
「この中央管理者って、王都にいた人たちのことかな?」
ミレアが慎重に答える。
「可能性はあります。ただし、古代の中央管理者が現在の王国と同じ組織だったとは限りません。記録には、照会を行った結果が残っていません」
「つまり、返事が来たのかどうかも分からないんだね」
「はい」
私は記録板を収納した。
旧交易路が封鎖された理由は、まだ分からない。だが、封鎖の前に何が起きていたのか、その一端が見えてきた。魔力の流れが逆転し、原因不明の反応が発生し、管理者たちは中央へ判断を求めようとしていた。
そして、その記録は途中で途切れている。
私たちは保管室を慎重に調べ、見つかった記録板と金属板を持ち帰ることにした。帰り際、私はもう一度だけ壁の奥を振り返った。
この小さな保管室は、封鎖区画を開くための手掛かりを残していた。だが、それ以上に重要なのは、古代の人々が何を恐れ、なぜ管理権限を分割したのかという点だった。
王国軍が今、同じ魔力循環へ干渉しようとしているのなら、過去の異常が再び起きる可能性もある。
洞窟へ戻ると、ルナとシエルに記録の内容を共有した。ルナは最後まで黙って聞き、記録板の文字を確認してから、静かに口を開いた。
「王国軍が何を起動したのか、早急に調べる必要があるね。もし古代の異常と同じ現象が起きているのなら、クロノアだけの問題では済まないかもしれない」
シエルも頷いた。
「ただし、危険があるからといって、調査をすべて止めるべきではありません。必要なのは、危険の正体を知り、どこまでなら安全に扱えるのかを見極めることです。王が判断できるよう、記録と現状を照合していきましょう」
「うん。まずは金属板の認証情報を解析して、封鎖区画を開ける準備を進める。それと同時に、山道の装置が何を起動しようとしているのかも調べよう」
私はそう決めた。
古代の記録は、少しずつつながり始めている。けれど、肝心の原因はまだ闇の中だ。
そして山道では、王国軍が次の動きを準備している。
過去に起きた異常と、今まさに始まろうとしている計画。その二つが同じものにつながっているのかどうか、私たちは確かめなければならなかった。




