第122話 封鎖区画の扉と、残された警告
古代施設の奥へ向かう通路は、普段使っている区画よりも明らかに古びていた。壁に埋め込まれた魔石はところどころ輝きを失い、床には長い年月をかけて積もった細かな砂が広がっている。それでも通路全体が崩れていないのは、壁の内側で今も古代魔法が働いているからだろう。
先頭を進むクロウが、何度も立ち止まっては周囲の匂いを確かめていた。ルゥも鼻を動かし、床に残るわずかな痕跡を追っている。二体とも、これまで探索してきた場所とは違う何かを感じ取っているようだった。
「人間が通った痕跡はある?」
私が尋ねると、クロウは前足で床を示し、それから首を横に振った。少なくとも最近、人間がここを歩いた形跡はないらしい。
「では、王国軍が設置した装置が、この区画まで直接入り込んでいるわけではなさそうですね」
ミレアが周囲の魔力を調べながら言った。
「そうだといいけど。外から信号を送るだけで、こんな場所の装置を動かせるのなら厄介だよ」
セラが壁に手をかざした。指先から薄い魔力が広がり、石材の継ぎ目をなぞっていく。
「この通路自体に、外部からの信号を受け取る仕組みがあるようです。ただ、今は反応していません。先ほど山道で信号が止まったことと関係している可能性があります」
「やっぱり、何かがつながっているんだね」
「はい。しかし、信号を受け取るだけの設備なのか、それとも別の装置へ指示を送るための中継点なのかは分かりません」
私は頷き、さらに奥へ進んだ。
しばらくすると、通路の先に大きな扉が現れた。これまで見つけた古代施設の扉よりも分厚く、表面には複雑な紋様が刻まれている。中央には円形の窪みがあり、その周囲に四つの小さな紋章が配置されていた。
扉の前でレグルが足を止める。
「ここから先は、かなり強い魔力が漏れています」
ミレアが扉を調べた。
「封鎖区画です。外側から施錠されているだけではありません。内部の装置が、区画全体を閉じた状態に保っているようです」
「開けられる?」
「通常の方法では難しいでしょう。無理に破壊すれば、内部の設備まで損傷する可能性があります」
私は扉の紋様を見上げた。
中央の窪みは、何かをはめ込むためのものに見える。だが、鍵穴のような形ではない。周囲の四つの紋章も、ただの飾りとは思えなかった。
「管理者代理の認証札は使えないかな?」
以前、古い管理記録を調べるために使った認証札を取り出した。あれは旧交易路の管理設備で認証を通すためのものだったが、この扉にも同じ仕組みが使われている可能性はある。
ミレアが認証札を受け取り、中央の窪みへ近づける。
しかし、反応はなかった。
「認証されません。こちらの扉は、より高い権限を要求しているようです」
「やっぱり、管理者代理じゃ足りないか」
私は認証札をしまった。
そのとき、ルナから預かった小さな記録石が、ポケットの中でかすかに光った。王位継承者として認証されたルナに関係する古代施設の記録を保存したものだ。取り出して扉に近づけると、中央の窪みに淡い光が走った。
「反応した!」
セラが身を乗り出す。
しかし、扉は開かない。
代わりに、表面に古代文字が浮かび上がった。
『王位継承者の権限を確認』
『区画管理者の認証が不足』
『開放には二者の承認が必要』
「二者の承認?」
私は文字を読み返した。
「王位継承者だけでは開けられないってこと?」
「そのようです。王位継承者の権限に加え、区画を管理する者の認証が必要なのでしょう」
ミレアが慎重に説明した。
「古代施設では、王位継承者がすべての設備を自由に操作できたわけではなかったのかもしれません。特に危険な区画については、管理者側にも承認権限を残していた可能性があります」
「勝手に開けられないようにしていたんだね」
私は扉を見つめた。
王位継承者だからといって、何でもできるわけではない。むしろ、権限が大きいからこそ、危険な設備を一人の判断だけで動かせない仕組みが必要だったのだろう。
「でも、区画管理者って誰なんだろう?」
「記録が残っていないため、現時点では不明です」
ミレアが答えた。
私は少し考えたあと、扉の周囲を調べ始めた。中央の窪みだけでなく、四つの紋章にも何らかの意味があるはずだ。近くの壁を確認すると、紋章の一つに対応する小さな石板が埋め込まれていた。
セラが石板へ魔力を流す。
すると、古代文字が浮かび上がった。
『第一管理項目――魔力循環』
続いて、隣の石板にも文字が現れる。
『第二管理項目――生命環境』
三つ目は、
『第三管理項目――交易記録』
そして最後の石板には、
『第四管理項目――封鎖判断』
と記されていた。
「管理項目が四つもあるんだ」
私は一つずつ読み上げた。
「魔力循環に、生命環境、交易記録、それから封鎖判断……」
ミレアの表情が変わった。
「この区画は、単なる倉庫や研究室ではないかもしれません。古代施設の運用記録を管理し、必要に応じて施設全体を封鎖するための中枢だった可能性があります」
「じゃあ、ここを開ければ、昔のことがもっと分かるかもしれない?」
「はい。ただし、封鎖判断という項目が気になります。危険が発生した際に、施設を停止させるための機能が含まれている可能性があります」
私は扉から一歩離れた。
旧交易路が封鎖された理由は、魔力循環に異常が発生したためだった。だが、その原因はまだ分かっていない。もしこの区画が封鎖の判断に関わっていたのなら、当時何が起きたのかを知る重要な手掛かりになるかもしれない。
同時に、ここには危険な設備が残っている可能性もある。
「今は無理に開けない。まずは外側から調べられることを調べよう」
私が言うと、レグルが静かに頷いた。
「賛成です。扉の周囲に損傷はありません。構造を確認し、必要な準備を整えてから開放するほうが安全でしょう」
セラも扉の魔力反応を記録し始めた。
その間、クロウは通路の奥を警戒し、ルゥは壁際に鼻を近づけていた。やがてルゥが小さく鳴き、壁の下にある細い溝を指し示した。
「何か見つけたの?」
ルゥは溝に前足を入れ、奥から小さな金属片を引っ張り出した。
それは古びた薄い板だった。表面には細かな傷がついているが、端の部分には四つの紋章が刻まれている。
「これ、扉の紋章と同じだ」
私が金属片を手に取ると、ミレアがすぐに調べた。
「認証補助具の一部と思われます。完全な状態ではありませんが、扉の管理項目と対応している可能性があります」
「これを使えば開けられる?」
「まだ分かりません。欠けている部分が多く、単独では認証に使えないようです。ただ、同じ形状の部品がほかにも残されている可能性があります」
私は金属片を慎重に収納した。
扉を開けるための手掛かりが見つかったのは大きな進展だ。けれど、すぐに開けられるわけではない。必要なのは、残りの部品と、区画管理者の権限をどう認証するかという問題だった。
「いったん戻ろう。ここで分かったことをルナたちにも共有したい」
私たちは封鎖区画を後にした。帰り道、セラは何度も振り返って扉の魔力反応を確認していた。あの扉の向こうには、古代の交易路が閉ざされた理由に関する記録が残っているかもしれない。だが、記録が残っているからといって、必ずしも安全とは限らない。
洞窟へ戻ると、ルナとシエルがすぐに出迎えてくれた。
「どうだった?」
ルナが尋ねる。
私は見つけた金属片と、扉に表示された古代文字について説明した。
「王位継承者の権限だけでは開かないのか」
ルナは少し考え込んだ。
「古代の王も、すべての設備を一人で動かせたわけではなかったのだろう。管理者が別にいたのなら、施設を守るために必要な仕組みだったのかもしれない」
「そうだね。だから、無理に開けるつもりはないよ」
シエルが金属片を観察した。
「四つの管理項目があるのなら、認証も一つではない可能性があります。魔力循環や生命環境、交易記録、封鎖判断。それぞれを管理する権限が別々に設定されていたのかもしれません」
「つまり、管理者が一人とは限らない?」
「はい。あるいは、一人の管理者が複数の権限を持っていたとしても、区画の開放には複数の承認が必要だった可能性があります」
ルナは頷いた。
「ならば、まずは認証補助具の残りを探そう。ただし、探索は慎重に進める。王国軍が同じ場所を探している可能性もあるからね」
「分かった」
私は地図に封鎖区画の位置を記録した。
その夜、ネレウスから追加の報告が届いた。山道の中継装置が送信を停止したあと、王国軍の観測網からも一部の信号が消えていたという。つまり、敵が調査を終えたのか、それとも次の段階へ進むために装置を切り替えたのかは分からないが、動きが変わったことは確かだった。
「敵が止まったとは考えないほうがいいね」
私が言うと、ミレアが頷いた。
「はい。むしろ、必要な情報を集め終えた可能性があります」
私は封鎖区画の位置を見つめた。
王国軍が探しているものと、私たちが見つけたものは、どこかでつながっているのかもしれない。古代の交易路、魔力循環の異常、そして施設を封鎖するための管理機構。その全貌はまだ見えない。
ただ、ひとつ分かったことがある。
この扉は、ただ古いから閉ざされているのではない。
誰かが、簡単には開けられないようにしていたのだ。
そして、その理由を知るためには、まだ足りないものがある。
私は見つけた金属片を収納し、次の調査に備えた。
王国軍が次の一手を打つ前に、封鎖区画の謎を解かなければならない。




