第121話 第二段階の起動と、地下から返る応答
山道の奥で魔力杭が点灯してから、約二十分が経過していた。
クロノアの地下施設では、セラとネレウスが観測装置の記録を確認し、ミレアが魔力貯蔵核の状態を監視していた。私はルナとシエルを伴って、その様子を見守っていたが、装置の記録には妙な変化が現れ始めていた。
「ノア様、魔力の流れが変化しています」
セラが画面代わりの魔力板を指し示す。そこには、洞窟内の魔力循環を示す線がいくつも浮かんでいた。普段なら一定の間隔で流れる魔力が、今はごくわずかに引っ張られるような動きを繰り返している。
「魔力貯蔵核が不安定になっているの?」
「いいえ。核そのものの出力は安定しています。外部から流れを探られているような反応です」
ネレウスが鋭い声で続けた。
「山道の装置が、周辺の魔力に干渉しているのだろう。直接魔力を奪っているわけではない。こちらの魔力がどの方向へ流れ、どの程度の抵抗を受けるのかを測定している可能性が高い」
「つまり、私たちのダンジョンがどこにつながっているのか調べている?」
「その可能性がある。魔力の流れは、地下の水脈に似ている。流れを追えば、その源や途中にある設備を推測できる。古代の交易路が魔力循環と結びついているなら、王国軍はそこを手掛かりにしているのかもしれない」
私は思わず腕を組んだ。
敵は私たちの居場所を知るだけでは満足していない。洞窟の魔力を支える仕組みを調べ、古代施設へつながる道を探そうとしているのだ。
「今すぐ止めることはできる?」
「装置を破壊すれば、干渉は弱まるでしょう。ただし、山道の装置だけを壊しても、別の中継地点が残っている可能性があります。それに、敵が装置の停止を検知すれば、こちらが妨害したと気づくでしょう」
ミレアの説明に、私は頷いた。
「なら、今は観測を続ける。向こうが何をしようとしているのか、もう少し見極めたい」
「賢明な判断です。ただし、魔力の流れに異常が出た場合は、すぐに中断してください」
セラの声はいつもより慎重だった。
私たちが話している間にも、魔力板の線が少しずつ変化していく。山道から伸びているように見える反応が、旧交易路の方向へ進み、やがて私たちの洞窟に近い位置で弱くなった。
ところが、その直後だった。
魔力板の中央に、今まで存在しなかった細い線が浮かび上がった。
「……何これ?」
私が身を乗り出す。
ミレアがすぐに解析を始めた。
「新たな反応です。先ほどまでの外部信号とは異なります」
「異なるって?」
「外部から押し込まれた魔力ではありません。こちらの魔力が、何かに反応しているようです」
ネレウスが目を細めた。
「待て。反応の起点は山道ではない。もっと深い場所だ」
その言葉を聞いた瞬間、私は古代施設のことを思い出した。
王位継承者であるルナを認証した装置。成長補助機構。魔力増幅装置。そして、まだ全容を把握できていない地下の仕組み。
私たちが使っている施設の一部が、外部からの信号に応じて動き始めたのだろうか。
「ルナ、何か感じる?」
私は隣に立つルナへ尋ねた。
ルナは目を閉じ、しばらく意識を集中させていた。
「……かすかに、何かが呼びかけているような感覚がある」
「呼びかけ?」
「声が聞こえるわけではない。ただ、私の魔力に触れてくるような感じだ。遠くから、こちらの存在を確かめようとしている」
シエルがすぐにルナの隣へ進み出た。
「王、無理に応答する必要はありません。相手が何であれ、正体を確認できないうちは、接続を深めるべきではありません」
「分かっている」
ルナは静かに頷いた。
「私たちが管理している領域に影響が及ぶなら、調べる必要はある。ただし、相手の意図が分からないまま、こちらから扉を開くことはしない」
その言葉を聞いて、私は少し安心した。以前のルナなら、未知の仕組みに対して興味を優先することもあったかもしれない。だが、今は王として、国全体に及ぶ危険を考えている。
「ミレア、外部信号と古代施設の反応を切り分けられる?」
「試みます。まずは魔力貯蔵核から供給される魔力を一時的に一定量だけ減らし、反応が変化するか確認します。ただし、核を停止させることはしません」
「分かった。慎重にお願い」
セラが魔力の流量を調整する。魔力板に表示されていた線が少しずつ細くなった。
しかし、地下から浮かび上がった線は消えなかった。
むしろ、わずかに明るさを増した。
「反応が強くなった?」
私が尋ねると、ネレウスが険しい表情を浮かべた。
「こちらの魔力供給が減ったことで、反応の性質が変わったのかもしれない。あるいは、外部信号が弱まったため、今まで隠れていた別の反応が見えるようになったか」
「どちらにしても、偶然ではなさそうだね」
「そうだな」
そのとき、地下施設の奥から小さな振動が伝わってきた。
ドン。
床に置かれていた魔石が、わずかに揺れる。
「今の音は?」
セラが顔を上げた。
ミレアがすぐに周囲の魔力を確認する。
「地下の古代装置の一部が起動したようです。ただし、どの装置が動いたのかまでは分かりません」
私はルナと視線を交わした。
外部信号を受けた古代装置が動いたのか。それとも、ルナの王権に反応して、別の機能が目覚めたのか。
現時点では、どちらとも断定できない。
「トウガに施設の構造図を確認してもらおう。クロウとルゥにも、地下への通路で異常がないか調べてもらって」
「承知しました」
ミレアが連絡を送る。
私は魔力板へ視線を戻した。
浮かび上がった線は、一本ではなかった。細い線がいくつも分岐し、そのうちの一つが、古代の交易路に沿って伸びている。さらにその先には、これまで記録されていなかった小さな反応点があった。
「ここ、何だろう?」
私が地図上の位置を示す。
ミレアが古い記録と照合する。
「過去に調査された範囲からは外れています。ただ、旧交易路の支線が通っていた可能性があります」
「支線?」
「はい。現在確認されている交易路とは別に、短い連絡路が存在していたのかもしれません。記録が欠落しているため、断定はできませんが」
シエルが地図を見つめた。
「もしその支線が古代施設とつながっているなら、王国軍の装置が反応を拾った理由も説明できます。敵は主経路を探しているつもりでも、別の経路を通じて施設へ接触してしまった可能性があります」
「つまり、敵も知らないうちに、何かを動かしたのかもしれないってこと?」
「はい。ただし、敵がその反応を認識しているかどうかは分かりません」
私は唇を結んだ。
王国軍が何を起動したのか、あるいは何を見つけたのか。それはまだ分からない。けれど、古代施設がこちらの想定とは違う反応を示し始めていることは確かだった。
しばらくして、トウガから報告が届いた。
古代施設の構造図を確認したところ、地下深くへ続く通路の一部に、記録上は存在するものの、現在の地図には記載されていない区画があったという。
「その区画は、どこにつながっているの?」
私が尋ねると、ミレアが答えた。
「現時点では不明です。通路の終点を示す記録が欠落しています。ただし、魔力循環の線を重ねると、先ほど確認した反応点の近くに位置しているようです」
私は地図を見つめた。
今まで使っていた古代施設の奥に、まだ知らない区画がある。そして、その区画が王国軍の信号に反応している可能性がある。
「調査に行こう。ただし、少人数で。ルナはここに残って、クロノア全体の防衛を続けてほしい」
「分かった。シエル、私の代わりに現地の情報を整理してくれ」
「承知しました、王。現地へ向かう者たちとは連絡を保ち、異常があればすぐに伝えます」
私はミレア、セラ、レグルを伴い、記録されていない区画へ向かう準備を始めた。クロウとルゥが先行して通路を調べ、トウガが構造図をもとに危険箇所を確認する。ネレウスは観測装置の解析を続け、外部信号がどこから届いているのかを追うことになった。
出発する直前、魔力板に新たな反応が現れた。
今度は、山道から届いていた信号が一度だけ強く点滅したあと、完全に途切れたのだ。
「信号が止まった?」
私が尋ねる。
ミレアはすぐに記録を確認した。
「はい。ただし、装置が停止したのか、信号を送る段階が終わったのかは分かりません」
「王国軍が何かを起動した可能性は?」
「あります。しかし、まだ断定できません」
私は一度だけ深く息を吸った。
敵の装置が止まったのなら、調査の機会かもしれない。だが、信号が途切れたこと自体が、次の段階へ移る合図である可能性もある。
「急ごう。でも、何が起きても対応できるように、警戒は続けて」
レグルが低く唸り、セラが魔力を整えた。
私たちは古代施設の奥へと進み始めた。
その頃、山道の装置の前では、王国軍の技術兵が盤面を確認していた。
「信号の送信を終了。反応値は記録しました」
指揮官が頷く。
「よし。第二段階は成功だ。王都へ報告しろ。古代の魔力循環から応答があった。ただし、応答の発生源は特定できていない、と」
「了解しました」
兵士が通信装置を操作する。
指揮官は、暗い山道の先を見つめた。
「やはり、まだ何かが眠っている。次は、こちらから接触する準備を進めろ」
装置の光が消えたあとも、地面の奥には微かな魔力の余韻が残っていた。
王国軍は、確かに何かの応答を得た。
しかし、その相手が古代の装置なのか、眠っていた施設なのか、それとも別の何かなのか――彼らにも、まだ分かっていなかった。




