第120話 敵の目を欺く作戦と、動き出した古代装置
山道で確認された魔力信号が洞窟にまで届いた翌朝、私はミレアとセラ、ネレウスを集め、回収した中継装置の解析結果を確認していた。王国軍が古代の交易路を探している可能性は高い。しかも、複数の装置を連携させて魔力の流れを追跡しているのなら、私たちが気づかないうちに、洞窟の位置や古代施設の存在まで把握されてしまうかもしれない。
「それで、何か分かった?」
私が尋ねると、ミレアが地図の上にいくつかの印を置いた。
「昨日の信号と、これまでに回収した観測装置の記録を比較した結果、信号は三つの役割に分かれていると考えられます。周辺の魔力を測定するもの、測定結果を中継するもの、そして特定の条件を満たした際に強い信号を送るものです」
「三種類もあるんだ」
「はい。ただし、すべてが別々の装置なのか、一台で複数の機能を持っているのかは分かりません」
ネレウスが翼を広げ、地図上の印を鋭い嘴で示した。
「重要なのは数ではない。信号の流れだ。王国軍は魔力の量だけを調べているわけではない。どこから魔力が生まれ、どこへ流れ、何を動かしているのか。そのつながりを追っている可能性が高い」
「つまり、私たちが魔力貯蔵核を動かせば、それも見つかるかもしれない?」
「そういうことだ。大きな魔力反応を隠すのは難しい。だが、敵が観測しているのは魔力の流れだ。ならば、流れそのものを偽装する方法は考えられる」
ネレウスの言葉に、セラが少しだけ眉を寄せた。
「簡単に言ってくれますね。魔力の流れを偽装するには、実際の流れを正確に把握しなければなりません。中途半端な操作では、かえって不自然な反応を生みます」
「だから解析しているのだろう。君の得意分野ではないのか?」
「得意だからといって、何でもすぐにできるわけではありません」
「それは残念だ。万能の魔法使いだと思っていたのだが」
「誰が万能ですって?」
二人の間に、いつもの険悪な空気が漂い始める。
「はいはい、そこまで。二人とも、言い合うのは後にしてね」
私が割って入ると、セラは小さく息を吐き、ネレウスは何事もなかったように翼を畳んだ。口は悪くても、二人とも仕事を投げ出すようなことはない。むしろ互いに納得できない部分があるからこそ、見落としを減らせることもある。
「まずは小規模な実験をしよう。洞窟の魔力を大きく動かす前に、敵の装置が何を検知するのか確認したい」
私の提案に、ミレアが頷いた。
「回収した観測装置を使えば、限定的な検証は可能です。ただし、王国軍の中継網へ接続することは避けるべきでしょう。こちらの位置が知られる危険があります」
「なら、装置の記録機能だけを使う。外部へ信号を送らずに、魔力の変化を記録できる?」
「確認してみます」
セラとネレウスが装置の調整を始めた。私はその間に、ルナたちが待つ会議室へ向かった。
会議室では、ルナがクロノア全体の配置図を確認していた。隣にはシエルが立ち、住民の居住区域、採掘場、備蓄場所、避難経路を一つずつ確認している。以前は敵の攻撃を防ぐことが最優先だったが、今は戦闘以外の準備も欠かせない。どれほど強い軍勢を持っていても、住民が食べるものや暮らす場所がなければ、国として長く持ちこたえることはできないからだ。
「山道が使えなくなった場合、魔石の運搬量を減らす必要があるね」
ルナが言う。
「その場合、配合や設備の稼働に使う魔石を優先し、装飾品など急がない加工は後回しにします。ただし、住民が使う道具や補修用の資材まで削るのは避けたいです」
シエルは落ち着いた声で答えた。
「王国軍が長期戦を想定しているなら、こちらも短期決戦だけを前提にしてはいけません。戦闘に使う資源と、生活を維持する資源を分けて管理するべきです」
「そうだね。敵を退けても、暮らしが壊れてしまったら意味がない」
ルナは配置図に新しい印を加えた。
「トウガには備蓄量と消費量を調べてもらおう。チクタには運搬経路が一つ使えなくなった場合の代替案を考えてもらう。ガルドたちには引き続き訓練を続けてもらうけれど、訓練用の魔力を使いすぎないようにしてほしい」
「承知しました、王」
シエルは一礼した。
王の補佐役として、シエルはルナの判断を代わりに下すのではなく、必要な情報を整理し、判断の先に起こり得る問題を示している。ルナもそれを理解しているからこそ、シエルの意見を聞いたうえで、自分の言葉で指示を出していた。
その様子を見ていると、クロノアは確かに変わりつつあると感じる。単に強い魔物が集まった場所ではなく、それぞれが役割を持ち、暮らしを守るために動く国へと近づいているのだ。
そこへ、チクタが慌ただしく駆け込んできた。
「報告です! 山道の近くで、王国軍の荷車が止まっているのを確認しました!」
「昨日の荷車?」
「おそらく別の集団です。荷車は四台で、周囲を兵士が護衛していました。問題は、そのうちの一台です。布の隙間から、大きな金属製の部品が見えました。形は以前の魔力封鎖兵器に似ていますが、同じものかどうかまでは分かりません」
私は思わず地図を見た。
「また兵器を運んでいるの?」
「可能性は高いと思います。ただ、前回と違って、今度の集団はすぐに組み立てを始めていません。荷車を止めたまま、兵士が周囲の杭を調べています。まるで、何かの反応を待っているようでした」
「魔力信号と関係しているのかもしれないね」
ルナが顔を上げた。
「今すぐ攻撃を仕掛けるべきか?」
ガルドなら迷わず攻撃を主張するだろう。だが、ここで先走れば、敵が何を準備しているのか分からないまま戦闘になる。前回の兵器を破壊したことで、王国軍が新しい仕組みを試そうとしている可能性もあった。
「まずは観察を続けよう。敵が何かを起動するなら、その瞬間に何が起きるのかを確認したい。ただし、洞窟へ影響が出る兆候があれば、すぐに妨害する」
ルナは私の判断を聞き、シエルへ視線を向けた。
「シエル、どう思う?」
「賛成です。ただし、観察するだけで時間を使い切るのは危険です。敵が兵器を起動する前に、破壊すべき箇所と撤退経路を決めておく必要があります。状況が変化した際、誰が判断し、誰が動くのかを明確にしておきましょう」
「分かった。クロウとルゥには引き続き監視を頼む。ネレウスとセラは装置の解析を急いで。敵が動き出したら、すぐに知らせて」
それぞれが持ち場へ向かう。
私は会議室を出る前に、もう一度だけ地図を見た。山道の発信地点から、旧交易路へ続く経路。その先には、私たちがまだすべてを把握できていない古代施設がある。
王国軍は、あの場所を見つけようとしている。
ならば、こちらも先に真実へ近づかなければならない。
その日の夜、セラから実験結果が届いた。
「ノア様、観測装置の記録機能を確認できました。小規模な魔力変化なら、外部へ信号を送らずに記録できます」
「それで、何が分かった?」
「敵の装置は、魔力の量だけでなく、変化の周期も読み取っています。一定の周期で繰り返される魔力反応は、通常の自然変動と区別しやすいようです」
ネレウスが補足する。
「逆に言えば、周期をずらせば、単純な観測では見分けにくくなる可能性がある。ただし、完全な偽装にはならない。複数の観測地点で同じ変化が確認されれば、敵は不自然さに気づくだろう」
「それでも、時間を稼ぐことはできるかもしれないね」
「そういうことだ。敵の装置が何を検知できるのか、こちらも理解し始めた。今後は、魔力を使う時間と場所を調整し、観測網に与える情報を減らせる可能性がある」
私は頷いた。
「よし。その方法を試そう。ただし、魔力貯蔵核や配合炉に無理な操作はしないこと。装置を壊してしまったら意味がないからね」
「承知しました、ノア様」
セラが答えた。
だが、報告はそこで終わらなかった。
「もう一つ、気になることがあります」
「何?」
「実験中、山道で確認されたものとよく似た信号が、観測装置に記録されました。こちらから信号を送っていないにもかかわらず、外部から何らかの反応が届いたようです」
私は表情を引き締めた。
「外部の装置が、こっちの実験を検知した?」
「その可能性はあります。ただし、信号が届いた経路までは特定できませんでした」
ネレウスが低く唸った。
「王国軍の調査網が、すでにこちらの魔力循環の一部を捉えているのかもしれない。あるいは、古代施設そのものが、外部の信号に反応している可能性もある」
「古代施設が?」
「断定はできない。だが、信号が現代の王国軍だけの技術で作られたとは限らないということだ」
私は回収した金属片を見つめた。
王国軍は古代技術を調べている。けれど、古代施設のすべてを理解しているわけではないはずだ。もし敵の装置が古代の仕組みを一部だけ再現したものなら、私たちが知らない反応が起きてもおかしくない。
ルナとシエルにも、すぐにこの情報を共有した。
「王国軍が古代施設を探しているだけでなく、施設側が外部の信号に反応している可能性もあるのか」
ルナは慎重に言葉を選んだ。
「ならば、古代施設を動かす際には、今まで以上に注意が必要だね。敵の調査網を避けるだけではなく、こちらが何かを起動したことで、予想外の反応が起きる可能性も考えなければならない」
シエルも頷く。
「王が管理する領域の外で起きた反応であっても、いずれクロノアに影響する可能性があります。調査と防衛を別々に考えず、情報を共有しながら進めるべきです」
「そうしよう」
私は地図を見下ろした。
敵の狙いは、まだ完全には分からない。魔力封鎖兵器を再び持ち込もうとしていることも、調査網を広げていることも確かだ。しかし、古代施設が何に反応しているのかまでは分からない。
だからこそ、今は焦って動くべきではない。
こちらの準備を進めながら、敵が何を起動しようとしているのかを見極める。必要なら、その計画を止める。
クロノアを守るために、私たちはもう一歩先へ進まなければならない。
その頃、山道の奥では、四台の荷車を囲む兵士たちが動き始めていた。地面に打ち込まれた魔力杭が順番に点灯し、中央の金属装置へ淡い光が集まっていく。
兵士の一人が、装置の脇にある小さな盤面を確認した。
「中継地点、接続を確認」
別の兵士が頷く。
「では、第二段階へ移行する。王都の指示どおり、古代の魔力循環に反応が出るか確認しろ」
装置が低く唸った。
地面の奥へ、目に見えない魔力の波が広がっていく。
それは洞窟へ向かっているのか。それとも、古代施設のさらに奥に眠る何かを探しているのか。
まだ誰にも分からなかった。
ただ一つ確かなのは、王国軍が次の段階へ進もうとしているということだった。




