第119話 山道に響く合図と、王国軍の新たな狙い
山道で確認された魔力信号について、クロウから続報が届いたのは、その日の夕方だった。クロウは洞窟へ戻るなり、会議室の地図の前まで歩いていき、前足で山道の分岐点を指し示した。ルゥもその隣で鼻を鳴らし、同じ方向へ視線を向けている。どうやら、信号が一度だけ発生したのではなく、一定の間隔を置いて繰り返されているらしい。
「何かを呼び出すための合図、ということかな」
私が尋ねると、ミレアが地図に記録された信号の時刻を並べた。
「現時点では、その可能性が高いです。信号は約三十分間隔で発生しています。ただし、単純な通信なのか、何らかの装置を起動させるためのものなのかは、まだ判断できません」
「王国軍が古代の交易路を探していることと関係しているのかな」
「無関係とは考えにくいでしょう。信号の発信地点は、旧交易路へ続く経路と近い位置にあります」
私は地図を覗き込んだ。敵は以前から観測装置を設置し、魔力の流れを調べていた。そのうえ、魔力を封じる兵器まで運び込もうとしていたのだ。今回の信号も、その延長線上にある可能性が高い。
「まずは発信地点を確認しよう。ただし、敵がいるなら無理に近づかないこと。装置の種類と人数、それから信号が何を意味しているのかを調べて戻ってきてほしい」
クロウが短く唸った。
同行するのはクロウとルゥ、そしてチクタだ。チクタは最初、明らかに嫌そうな顔をした。
「ええっ、僕もですか? あそこ、王国軍がいるかもしれないんですよね?」
「だからこそ、地形と逃げ道に詳しいチクタにお願いしたいんだよ」
「そう言われると断りにくいじゃないですか……。分かりました。ただし、危険だと判断したら即座に撤退します。敵の装置を壊すとか、兵士を捕まえるとか、そういう余計な仕事はしませんからね」
「うん。情報を持ち帰ることが最優先だよ」
「その約束、忘れないでくださいよ!」
チクタは何度も念を押してから、クロウたちとともに出発した。
彼らが戻るまでの間、私はルナとシエルを交えて防衛計画の確認を進めた。王国軍が古代の交易路を狙っているのなら、今後は洞窟への正面攻撃だけでなく、外部の経路を封鎖したり、魔力の供給源を奪ったりする作戦も考えられる。これまでの戦いで敵の兵器を一つ破壊したとはいえ、同じ仕組みの兵器がほかにも存在する可能性は残っていた。
「山道を使えなくされた場合、物資の運搬に支障が出るな」
ルナが地図を見つめる。
「洞窟内の資源だけで当面は持ちこたえられるが、長期戦になれば不足するものも出てくる。食料や薬草、それに補修用の資材は継続して確保したい」
「そうだね。だから、敵がどこを狙っているのか早めに知りたいんだ」
シエルが静かに口を開いた。
「物資を運ぶ道と、敵が侵入する道を同じものとして考えないほうがよいと思います。敵が主要な経路を封鎖しても、私たちがすべての活動を止める必要はありません。運搬経路を分散させ、各経路の役割を決めておけば、一つが使えなくなっても全体が止まることはありません」
「なるほど。採掘した魔石や鉱石を運ぶ道と、住民が避難する道も分けたほうがよさそうだね」
「はい。特に避難経路は、物資を置かず、いつでも通れる状態にしておくべきです。王国軍が接近した際、荷物を運ぶ者と逃げる者が同じ場所に集中すれば、混乱が起きます」
ルナはシエルの提案を聞き、地図に新たな印をつけた。
「よし。トウガに運搬経路と避難経路を分けた配置図を作らせよう。チクタが戻ったら、今回見つけた地形も反映させる」
王として指示を出すルナの姿は、以前よりも落ち着いて見えた。シエルはただ隣にいるのではなく、ルナが見落としやすい部分を補い、判断を具体的な計画へつなげている。二体のやり取りを見ていると、王とその補佐役という関係が、少しずつ形になっているように感じた。
それからしばらくして、クロウたちが戻ってきた。
チクタは息を切らしながら会議室へ入り、持ち帰った小さな金属片を机に置いた。
「見つけました。信号の正体は、通信装置に近いものだと思います。ただ、普通の通信装置とは少し違います」
「どう違うの?」
「信号を受け取る側が、近くにいるとは限らないんです。装置の周囲には魔力を集める杭が何本も打ち込まれていました。その杭が一定の周期で光り、地面の下へ魔力を流しているようでした」
ミレアが金属片を手に取った。
「これは装置の外装部品ですね。表面にある刻印は、以前回収した観測装置のものと似ています。ただし、こちらには信号を中継するための回路が追加されています」
「中継?」
「この場所で集めた情報を、別の場所へ送る仕組みです。信号そのものを遠くへ届けるだけでなく、複数の装置を連携させている可能性があります」
私は眉を寄せた。
「じゃあ、あの場所だけ見ていても、全体は分からないってこと?」
「そのとおりです。山道に設置された装置が一つの中継点なら、ほかにも同じ仕組みの装置が存在する可能性があります」
チクタが大きく頷いた。
「しかも、装置のそばにいた兵士たちは、荷車を護衛していた集団とは別でした。人数は十二人。交代で周囲を見張りながら、杭の状態を確認していました。荷車はさらに山道の奥へ進んでいて、布をかぶせた大きな荷物も運ばれていました」
「魔導兵器の可能性は?」
セラが尋ねる。
「あります。ただ、遠くから見ただけなので断定はできません。近づいて確認しようとしたら、装置の光が強くなったので、すぐに離れました。あのまま残っていたら、見つかっていたかもしれません」
「それで正解だよ。無事に戻ってきてくれてよかった」
私がそう言うと、チクタはようやく肩の力を抜いた。
「いやあ、本当に危なかったです。僕としては、ああいう場所には二度と近づきたくありませんね」
「でも、重要な情報を持ち帰ってくれた。ありがとう」
「……まあ、役に立ったのならよかったです」
チクタは照れ隠しのように視線をそらした。
その間に、ミレアとセラは金属片の分析を進めていた。ネレウスも呼ばれ、回路の構造を調べる。三人がそれぞれ違う角度から装置を解析していくと、少しずつ共通点が見えてきた。
「この装置は、単独で大きな魔力を生み出すものではありません」
セラが説明する。
「周囲の魔力を集め、一定の周期で信号へ変換しています。さらに、中継回路を通じて、その情報を別の装置へ送る構造です」
「つまり、王国軍は複数の地点で魔力の流れを監視しているわけか」
私が言うと、ネレウスが鋭い目を向けた。
「監視だけとは限らない。複数の装置から集めた情報を使えば、魔力の流れがどこへ向かっているかを推定できる。十分な数の装置がそろえば、古代施設の位置を絞り込むことも可能だろう」
「古代の交易路を探すために?」
「その可能性が高い。王国が欲しがっているのは、魔石だけではない。古代施設の技術を手に入れれば、魔力を封じる兵器を改良することもできる。今の装置は、そのための調査網なのかもしれない」
私は息を呑んだ。
敵は単に洞窟を攻める準備をしているのではない。周囲の魔力を調べ、古代の施設を探し、私たちが利用している技術を奪おうとしている。そのために複数の装置を配置し、少しずつ情報を集めているのだ。
「だったら、装置を全部壊せばいいんじゃない?」
ガルドが言った。
「中継点を失えば、敵の調査も止まるだろう」
「単純に破壊するのは危険だ」
ネレウスが即座に返した。
「装置が停止したこと自体が、王国軍に異常を知らせる可能性がある。破壊すれば、その地点が敵に見つかったと判断され、別の調査班を送り込んでくるかもしれない」
「じゃあ、放っておくのか?」
「そうは言っていない。まずは信号の流れを調べ、どこへ情報が送られているのかを把握する。必要なら、敵が何を見ているのかを逆に利用することも考えられる」
ネレウスは金属片を机に置いた。
「ただし、偽の情報を流すには装置の構造と通信方式を理解する必要がある。今すぐ実行できる段階ではない」
セラも頷いた。
「それでも、解析する価値はあります。王国軍が魔力の流れを監視しているなら、こちらが魔力を大きく動かした際に気づかれる可能性があります。配合炉や魔力貯蔵核を使用するときも、これまで以上に注意が必要です」
「分かった。今は無理に仕掛けを変えず、まず敵の調査網を把握しよう」
私は地図に信号の発信地点を書き込んだ。そこから、旧交易路へ続く経路に沿って線を引く。王国軍の装置がこの線上に集中しているなら、敵の狙いはかなり絞られるはずだ。
シエルが地図を覗き込んだ。
「王国軍が古代施設を探しているのなら、こちらが施設を使うたびに、相手へ手がかりを与えてしまう可能性があります。しかし、施設を使わなければ、こちらの成長も止まってしまいます」
「そうだね。使わないわけにはいかないし、使い方を考えないといけない」
「はい。大きな魔力を一度に流すのではなく、必要な機能だけを小さく動かす方法があれば、敵に気づかれにくくなるかもしれません。また、装置の稼働時間を分散させることも検討できます」
ルナはシエルの提案を聞き、少し考えたあとに頷いた。
「セラとネレウスに、魔力の使用量と信号の関係を調べてもらおう。古代施設を使う場合は、事前に周辺の監視状況を確認する。クロノアの力を伸ばすことと、敵に情報を渡さないこと。その両方を考える必要がある」
「分かった。私からも二人にお願いしておくよ」
私はルナの判断に賛成した。シエルの助言を受けて、ルナは具体的な指示へ落とし込んでいる。王がすべてを一人で考える必要はない。必要な情報を集め、信頼できる仲間の意見を聞き、そのうえで決断する。それが、クロノアを国として成長させるために必要なのだろう。
会議が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。クロウとルゥは再び周辺の監視へ戻り、チクタは今回の発信地点と退避経路を地図にまとめることになった。ガルドとバランは訓練場へ向かい、レグルとトウガは防衛設備の確認を始める。セラとネレウスは、回収した金属片の解析を続けるため、地下施設へ移動していった。
私は会議室に残り、地図を見つめていた。
王国軍の調査網が広がっている以上、こちらも行動を変えなければならない。敵の目を避けるだけではなく、敵が何を見ているのかを知り、その情報を逆に利用する方法を探る必要がある。
「ノア」
ルナが声をかけてきた。
「これからも、古代の記録を調べるつもりか?」
「うん。王国が何を知っているのか分からないままでは、先手を取られるかもしれないから。ただし、防衛をおろそかにするつもりはないよ」
「なら、私も協力する。シエルとともに、クロノア全体の状況を見ておく」
シエルも静かに頷いた。
「王が判断を下せるよう、必要な情報を整理します。敵の動きだけでなく、住民の暮らしや物資の状況も確認しておきます」
「ありがとう。二人がいてくれると心強いよ」
私は笑って答えた。
そのとき、遠くから微かな音が響いた。
カチッ。
会議室の壁に設置された小さな魔力計が、一瞬だけ光ったのだ。
「……今のは?」
ミレアがすぐに戻ってきて、魔力計を確認する。
「外部から弱い信号を受信しました。先ほど山道で確認したものと、波形が似ています」
「ここまで届いたの?」
「正確には、信号の一部が魔力循環に干渉した可能性があります。発信地点が増えたのか、既存の装置の出力が上がったのかは、まだ分かりません」
私は地図を見た。
山道の発信地点。古代交易路。私たちの洞窟。
それらを結ぶ線が、少しずつ一本の形を作り始めている。
「王国軍は、もうすぐ何かを始めるつもりなのかもしれないね」
ルナは窓の外を見つめた。
「なら、こちらも準備を急ごう。敵が何を狙っていようと、クロノアを奪わせるわけにはいかない」
シエルがルナの隣に立つ。
「はい。王が守ると決めたものを守るために、私もできる限りのことをします」
私は地図を畳み、立ち上がった。
王国軍の調査網は、確実に広がっている。敵が古代の交易路を見つける前に、こちらもその全貌を把握しなければならない。そして、もし王国が魔力を封じる兵器を再び持ち込むのなら、今度は準備が整う前に対処する必要がある。
戦争は、まだ終わっていない。
むしろ、敵が本当に狙っているものが見え始めたことで、これからの戦いはさらに厳しくなるのかもしれなかった。




