第12話 星喰い草と、増え始めた仲間
朝から、ダンジョンの中が妙に騒がしかった。
原因は一つ。
モラが掘り当てた銀色の植物だった。
ノアは床に置かれたそれを、何度も角度を変えながら眺めていた。細長い銀色の葉。その中心には、夜空の星を閉じ込めたような青い実が一つだけついている。植物だというのに、近づくと微かな魔力の流れまで感じられた。
「これが、本当に星喰い草?」
「はい」
ミレアは珍しく即答した。
「古代文献に記載されている特徴と完全に一致しています。銀色の葉、青い実、そして周囲の魔力を吸収する性質。間違いありません」
「でも、これ……どれくらい珍しいの?」
「文献上では『幻草』に分類されています」
「幻草?」
「存在そのものが確認できない植物です。古代の研究者が記録を残しているものの、実物を採取したという記録はほとんどありません」
ノアは星喰い草を見る。
「じゃあ、すごく珍しいんだ」
「すごく、という言葉では足りません。現在の冒険者ギルドや魔術師協会でこの植物を売りに出せば、普通の魔石では到底払えない金額になるでしょう」
「……売らないよ」
「そう言うと思いました」
ミレアが苦笑する。
ノアは植物を大切そうに眺めた。
「だって、配合に必要なんでしょ?」
「古代配合炉の記録では、特殊配合の素材として指定されています」
「じゃあ、使うために取っておこう」
「問題があります」
「何?」
「星喰い草は非常に繊細な植物です。採取後に根から切り離すと、数時間で魔力を失って枯れる可能性があります」
「えっ」
ノアが慌てる。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「土に植え直す必要があります。ただし、この植物がどのような環境を好むのかは分かりません」
「……また難しい問題が出た」
ノアが頭を抱える。
すると、モラが星喰い草へ近づいた。
「ぷ?」
小さな鼻を葉へ近づける。
そして――。
モラが地面を掘り始めた。
「モラ?」
「ぷるっ!」
あっという間に小さな穴ができる。
モラはそこへ星喰い草を運び込むと、器用に土をかぶせた。
「……植えた?」
「そのようですね」
「でも、大丈夫かな」
ノアが心配そうに見守る。
すると、植えられた星喰い草の葉が淡く光った。
銀色の葉が一枚、二枚と開いていく。
そして――。
地面から、細い根が伸びた。
「え?」
根が地面へ潜っていく。
さらに一本。
また一本。
周囲の魔力を吸収するように、植物が少しずつ成長していく。
「ミレア、これ……」
「……驚きました」
「何が?」
「星喰い草が、この洞窟の魔力環境に適応しています」
「それっていいこと?」
「非常に良いことです」
ミレアが植物を観察する。
「通常、星喰い草は濃密な魔力を必要とします。ですが、この個体は地下の魔力脈を吸収して成長しているようです」
「つまり、ここなら育てられる?」
「可能性は高いでしょう」
ノアは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、配合に使ったあとも育てられるかもしれないね」
「その可能性もあります」
モラが胸を張る。
「ぷるっ!」
「モラのおかげだね」
ノアが頭を撫でると、モラは嬉しそうに目を細めた。
しかし、ノアはふと疑問を覚えた。
「……でも、どうしてモラはこれを見つけられたの?」
「魔力感知でしょう」
「星喰い草って、そんなに魔力が強いの?」
「いいえ」
ミレアが首を横に振る。
「むしろ逆です。周囲の魔力を吸収するため、普通の魔力感知では見つけにくい植物です」
「じゃあ……」
「モラの感知能力が特別に優れているか、あるいは――」
「あるいは?」
「ノア様の幸運でしょう」
ノアは黙った。
「……また幸運?」
「はい」
「便利だね」
「だからこそ、少し怖いのです」
ミレアの言葉に、ノアは首を傾げた。
「怖い?」
「幸運というのは、必ずしも本人が望んだ形で発生するとは限りません」
「……」
「今は良い結果ばかりですが、もしノア様にとって必要なものが『良いもの』とは限らなかったら?」
ノアは少し考えた。
確かに、その可能性はある。
幸運というのなら、何かが起こる。
それが自分にとって本当に幸運なのかは、起きるまで分からない。
「じゃあ、気をつける」
「具体的には?」
「……何でも運任せにしない」
「それが一番です」
ノアは頷いた。
幸運がある。
でも、それだけに頼るつもりはない。
自分で考えて、自分で選ぶ。
そのうえで運が助けてくれるなら、それを利用する。
それがノアの考える「幸運との付き合い方」だった。
その日の午後。
ノアたちは、配合炉の前に集まっていた。
古代配合炉には、新しい表示が出ている。
【特殊配合条件】
【特殊個体:二体】
【高品質魔力結晶:十個】
【特殊素材:星喰い草】
【条件達成率:三分の一】
「やっぱり、特殊個体が二体必要なんだ」
ノアが呟く。
「現在、レインが一体目です」
「じゃあ、もう一体必要だね」
「はい」
「魔力結晶は?」
「高品質のものが一個しかありません」
「まだまだ足りないか」
「十個必要です」
ノアは配合炉を見る。
あと必要なのは、特殊個体一体と高品質魔力結晶九個。
どちらも簡単には手に入らない。
「……召喚石かな」
「可能性はあります」
「でも、特殊個体なんて簡単に出ないよね」
「レインが極低確率だったことを考えれば、同じことが起きる可能性は低いでしょう」
「そっか」
ノアは少し悩んだ。
そこで、ふとあることを思い出す。
「ねえ、ミレア」
「はい」
「魔物って、召喚石から出る以外にもいるよね?」
「もちろんです。野生の魔物は各地に生息しています」
「じゃあ、特殊個体も野生にいる?」
「存在します。ただし、通常個体よりもはるかに数が少なく、見つけるのは困難でしょう」
「……だったら、探しに行こう」
「え?」
ミレアが驚いた。
「外へ出るのですか?」
「うん」
ノアはクロウを見る。
「クロウは森の中を知ってるし、危険な魔物も見つけられる」
次にモラを見る。
「モラは地下を探せる」
そしてレインを見る。
「レインは魔力を見つけられるかもしれない」
「ノア様」
「みんながいれば、少しくらいなら探索できると思う」
ミレアは少し考えた。
「危険はあります」
「うん」
「冒険者に遭遇する可能性もあります」
「うん」
「それでも行きますか?」
ノアは頷いた。
「行く」
ダンジョンの中で待っているだけでは、仲間は増えない。
必要なものも集まらない。
幸運がいつも向こうから来るとは限らない。
なら、自分から探しに行く。
「ただし、無理はしない」
「それなら賛成です」
ミレアが笑った。
「では、探索の準備をしましょう」
その夜。
ノアはダンジョンの入口に立っていた。
外は暗い。
森の奥から、知らない魔物の鳴き声が聞こえる。
今までなら、こんな場所へ出るなんて考えられなかった。
けれど今は違う。
隣にはクロウがいる。
後ろにはガルドたちがいる。
そして――。
「ぷるっ!」
レインが元気よく跳ねた。
「うん。行こう」
ノアは小さく笑った。
翌朝。
ノアたちは初めて、ダンジョンの外へ向けて本格的な探索に出発する。
目的は一つ。
二体目の特殊個体を見つけること。
だが、ノアはまだ知らない。
その探索で待っているのは、特殊個体だけではない。
そして、森の奥ではすでに――人間たちも、ノアのダンジョンへ続く痕跡を見つけ始めていた。




