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『運だけで生き抜くダンジョンマスター』 ~召喚も配合も全部ラッキーでした~  作者: もかどら


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第11話 幸運の正体

 古代配合炉が低い唸り声を上げていた。


 何百年もの間、一度も動かなかったはずの装置が、今はまるで生き物のように魔力を循環させている。床に刻まれた魔法陣は淡い光を放ち、その中心にいるレインを取り囲むように複数の光輪が浮かんでいた。


 ノアはその光景を呆然と見つめていた。


「……幸運値って、何?」


 誰に尋ねるでもなく呟く。


 ミレアはすぐに答えなかった。配合炉から浮かび上がった文字を何度も確認し、表示を読み直している。


「私にも分かりません」


「ミレアにも?」


「はい。少なくとも、一般的なダンジョンマスターの能力値に『幸運値』という項目はありません。古代配合炉が独自に設定した数値なのか、それともノア様だけが持っている特殊な能力なのか……現段階では判断できません」


 ノアは自分の手を見る。


「私だけ?」


「可能性はあります」


「じゃあ、確認できる?」


「やってみます」


 ミレアがダンジョンコアへ手を伸ばす。


 いつものように能力情報が表示される。


【ダンジョンマスター:ノア】


【魔力:低】


【体力:低】


【戦闘能力:低】


【知識:普通】


【配合適性:未判定】


【幸運:測定不能】


 ノアは固まった。


「……測定不能?」


「はい」


「普通に数字を出してくれればいいのに」


「測定できないほど低い可能性もあります」


「それは嫌な言い方だね」


 ノアが頬を膨らませる。


 ミレアは珍しく笑った。


「ですが、これまでの結果を考えると、その可能性は低いでしょう」


「じゃあ、やっぱり高いの?」


「高いという表現も正確ではないかもしれません」


「どういうこと?」


 ミレアは少し考えてから言った。


「幸運というものを、単純な数値だと考えないほうがいいと思います」


「数値じゃない?」


「はい。例えば、普通の人が百回に一回しか成功しないことを、ノア様が一回で成功したとします。それだけなら、単純に運が良かったと言えるでしょう。しかしノア様の場合、必要なものが必要なタイミングで現れることが多すぎます」


「クロウとか、モラとか?」


「はい。そして今回のレインです」


 ミレアはレインを見る。


 透明な身体をぷるぷる揺らしながら、レインは配合炉の上で不思議そうに周囲を見回している。


「さらに、古代配合炉まで見つけました。そのうえ、制御核まで偶然発見し、起動に必要な魔力まで補填された。そして最後には、極低確率の特殊個体が召喚された」


「……確かに、並べてみると変だね」


「ええ」


 ノアはしばらく黙っていた。


 自分が幸運なのは知っている。


 でも、それがここまで大きなものだとは思っていなかった。


「じゃあ、私の幸運って……欲しいものを引き寄せるの?」


「まだ断定はできません」


「でも、今までそうなってるよね」


「その通りです」


 ミレアは一度、目を閉じる。


「だからこそ、私は注意したいのです」


「何に?」


「幸運があるからといって、何でも上手くいくとは限りません」


 ノアがミレアを見る。


「幸運で冒険者を全部倒せるわけじゃない。強い魔物が必ず来るわけでもない。危険な場所へ行けば、普通に死ぬ可能性もあるでしょう」


「……うん」


「ですが、幸運によって『生き残るために必要な一手』が、偶然こちらへ転がってくる可能性はある」


「それなら……」


 ノアはレインを見た。


「私には十分だよ」


 その言葉に、ミレアは少しだけ目を細めた。


「はい。ノア様らしいと思います」


 そのときだった。


 レインが突然、ぷるんと大きく跳ねた。


「わっ!」


 ノアが慌てて受け止める。


「どうしたの?」


 レインはノアの腕の中で何度も身体を揺らしている。


「ぷる! ぷるる!」


「何か言いたいのかな?」


「魔力反応があります」


 ミレアがレインを確認する。


「レインの体内に、何かが蓄積され始めています」


「危険なの?」


「いいえ。むしろ逆です。配合炉の魔力を吸収しているようです」


「吸収?」


「はい」


 レインの身体が少しずつ膨らんでいく。


 最初は小さな水滴ほどだった身体が、拳ほどになり、やがてポムと同じくらいの大きさになった。


「ポムと同じくらいになった……」


 ノアが驚く。


 ポムが隣へやってきて、レインをじっと見る。


「ぷる?」


「ぷるっ!」


 二体のスライムが向かい合う。


 ポムが身体を揺らす。


 レインも揺らす。


「仲良くできそうだね」


「ぷるる!」


 ノアが笑った、その瞬間。


【特殊個体・レイン】


【固有能力の一部を確認】


【魔力吸収】


【接触した魔力を自身の魔力へ変換可能】


「魔力吸収……」


 ミレアが驚く。


「かなり強力な能力です」


「そんなに?」


「はい。通常のスライムは魔力を吸収するだけでなく、体内に保存できる量にも限界があります。しかし、この個体は吸収した魔力を変換し、自身の能力へ転用できるようです」


「じゃあ、強くなるの?」


「おそらく」


 ノアはレインを抱き上げる。


「すごいね、レイン」


「ぷるっ!」


 レインが嬉しそうに揺れる。


 しかし、そこでノアはふと気づいた。


「……ねえ、ミレア」


「はい」


「さっきの配合の表示」


「特殊配合のことですか?」


「うん。『スライム系統――特殊個体』『ゴブリン系統――特殊個体』『必要条件――幸運値』って出てたよね」


「はい」


「これって、レインとガルドを配合するってこと?」


 ミレアの表情が固まった。


「……現時点では、そう読めます」


「でも、それは無理」


 ノアは即答した。


「ガルドも大事な仲間だから」


 ガルドが少し驚いたようにノアを見る。


「そもそも、配合したらどうなるか分からないんでしょ?」


「はい」


「だったら、絶対にやらない」


「承知しました」


 ノアは配合炉を見上げた。


「配合って、仲間を犠牲にするものじゃないと思う」


「……その考え方は重要かもしれません」


 ミレアが静かに言った。


「古代配合炉が提示した条件が『特殊個体』と『幸運値』だけなら、まだ別の方法がある可能性があります」


「別の方法?」


「配合に使える素材を増やす。あるいは、特殊個体を複数用意する。もしくは、配合炉そのものが条件を再設定する可能性もあります」


「じゃあ、急いで配合しなくてもいいんだね」


「はい」


 ノアは安心したように息を吐いた。


 すると、ガルドがノアの前まで歩いてきた。


「ガルド?」


 ガルドは短剣を鞘へ戻し、ノアの前に片膝をついた。


「……どうしたの?」


 ガルドは胸を張る。


 そして、自分を指差した。


「ガルド!」


 ノアは少し考えた。


「もしかして、『俺は大丈夫』って言ってる?」


 ガルドが頷く。


「でも……」


 ガルドは首を横に振る。


 そして、レインを見る。


 次に配合炉を見る。


「ガルド……」


 ミレアが静かに言った。


「彼は、ノア様が必要とするなら協力すると伝えているのではないでしょうか」


「……駄目だよ」


 ノアは首を振った。


「ガルドは仲間だもん。強くなるために失うなんて、私は嫌」


 ガルドはしばらくノアを見つめていた。


 そして、ゆっくり笑った。


「ガルド!」


「うん」


 ノアも笑った。


「ありがとう」


 配合炉は静かに光っていた。


 今すぐ使うことはできない。


 けれど、ノアは焦っていなかった。


 幸運がある。


 仲間もいる。


 だったら、必要なものはいつか見つかる。


 そう信じられるようになっていた。


 その夜。


 ノアたちが地上へ戻ったあと、誰もいなくなった配合室で、古代配合炉がひとりでに作動した。


【特殊配合条件を再検索】


【現状――条件未達】


【代替条件を探索】


【検索開始】


 数秒後。


【条件候補を発見】


【特殊個体二体】


【高品質魔力結晶十個】


【特殊素材一個】


【幸運補正――不要】


 古代配合炉の光が消える。


 そして、床の下に眠っていた小さな収納箱が、カチリと音を立てて開いた。


 中には一枚の紙が入っていた。


【特殊素材――星喰い草】


 しかし、その文字を読む者はまだいない。


 星喰い草。


 数百年に一度しか実をつけない、幻とも呼ばれる植物。


 通常なら、どれだけ探しても見つからない。


 だが――。


 翌朝。


「……モラ?」


 ノアが目を覚ますと、ベッドの横にモラが立っていた。


「どうしたの?」


「ぷ」


 モラが何かを咥えている。


「それ……草?」


 モラは嬉しそうにノアの前へ置いた。


 淡い銀色の葉。


 そして、その中央には小さな青い実が一つ。


 ミレアが鑑定した瞬間、絶句した。


「……星喰い草です」


「え?」


「古代文献にしか存在しないとされていた、特殊配合素材です」


 ノアは草を見る。


 モラを見る。


 そして、ミレアを見る。


「……また?」


「はい」


「私、そんなに運がいいの?」


 ミレアは答えなかった。


 ただ、深々とため息をついた。


 ノアのダンジョンでは今、普通なら数百年待たなければ手に入らない素材が、たった一匹のモグラによって掘り出されていた。

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