第10話 運命を変える一体
古代配合炉を見つけてから、三日が過ぎた。
ノアは朝からダンジョンの中を歩き回っていた。といっても、剣を振っているわけではない。新しく仲間になったクロウの食事を用意し、モラが掘った場所を確認し、ポムとルゥの様子を見て、ガルドには簡単な見回りを頼む。その合間に配合炉の調査を進めるという、慌ただしい毎日だった。
ダンジョンはまだ小さい。
けれど、以前とは明らかに違っていた。
クロウがいることで、入口付近の警戒能力が大きく上がった。危険な魔物や人間が近づけば、誰より早く気づいてくれる。モラは地中を掘りながら魔石や鉱石を見つけ、少しずつ資源を増やしてくれていた。ポムは以前よりも魔力操作が上達し、ガルドは剣の扱いを練習している。ルゥはその周囲を走り回りながら、どういうわけか時々モラの掘った穴へ勝手に入り込んでいた。
「……なんか、だいぶ賑やかになったね」
ノアはその様子を眺めながら呟いた。
「三日前まで、まともに戦える魔物が一体しかいなかったとは思えませんね」
ミレアが答える。
「クロウが来てくれたのが大きいよ」
ノアがクロウを見る。
黒い毛並みの大型魔物は、入口近くで静かに伏せていた。目を閉じているように見えるが、ノアが少しでも近づけば片目を開ける。最近ではノアの気配を感じると尻尾を振るようになっていた。
「それにモラも」
「ぷ?」
名前を呼ばれたモラが、地面から顔を出した。
鼻先には泥がついている。
「また何か掘ってたの?」
「ぷるっ!」
「何が出た?」
「ぷ」
モラが小さな石を転がした。
「……これ、何?」
「魔石ですね」
ミレアが拾い上げる。
「小さいですが、品質は悪くありません」
「また見つけたんだ」
ノアは笑った。
「モラが来てから、魔石がどんどん増えてる」
「幸運もありますが、モラ自身の能力が優秀なのでしょう」
「そうだね」
ノアは魔石を袋へ入れた。
これで配合炉を動かすための資源も少しずつ貯まってきた。
問題は――魔物だった。
配合炉の最初のレシピは、スライム系とゴブリン系。
だが、ポムとガルドを素材にするつもりはない。
仲間を一体失ってまで配合を試す必要はない。
「ミレア」
「はい」
「今、召喚石は買える?」
「確認します」
ダンジョンコアを操作する。
「……残念ながら、まだ足りません」
「そっか」
「ですが、あと少しです」
「あと少し?」
「昨日モラが見つけた魔石を換金できれば、通常の召喚石一個分には届くでしょう」
ノアの顔が明るくなる。
「じゃあ、召喚石を買おう!」
「ただし、召喚石から出てくる魔物は完全にランダムです」
「うん」
「スライムが出る保証もありません」
「うん」
「ゴブリンも出ません」
「それも分かってる」
「……それでも?」
「うん」
ノアは笑った。
「今の私たちには、仲間が必要だから」
その日の午後。
ノアは必要な魔石をダンジョンコアへ納めた。
【魔石換算】
【ダンジョンポイントを獲得】
【現在ポイント――】
数字が増える。
「よし」
ノアは迷わず召喚石を購入した。
青白い光を放つ石が、手の中に現れる。
「これで三個目だね」
「はい」
「今度はどんな子が来るかな」
「前回のモラのように、戦闘能力が低い可能性もあります」
「それでもいいよ」
「そう言うと思いました」
ミレアが微笑む。
「では、召喚しますか?」
「うん」
ノアは召喚石を握りしめた。
そして、配合炉のある地下施設へ向かった。
ここなら、もし召喚された魔物が危険な個体でも、入口付近へ逃げ出す心配が少ない。
クロウ、ガルド、ポム、ルゥ、モラも集まった。
「みんな、ちょっと離れてね」
ノアが召喚陣を展開する。
召喚石を中央へ置く。
光が広がった。
空気が震える。
そして――。
パキン。
召喚石が砕けた。
大量の魔力が吹き上がる。
「今度は何が出るんだろう……」
ノアは期待しながら見つめる。
光が強くなる。
強い。
前回の召喚とは比べものにならない。
「……ちょっと待って」
ミレアの声が低くなる。
「何?」
「魔力反応がおかしいです」
「おかしい?」
「召喚される個体の魔力が、通常の召喚魔物の数倍あります」
ノアが目を見開く。
「強いってこと?」
「まだ分かりません」
光がさらに膨れ上がる。
クロウが立ち上がった。
ガルドが剣を構える。
ポムが身体を震わせる。
ルゥがノアの足元へ隠れた。
そして――。
ドンッ!
地下室全体が揺れた。
「きゃっ!」
ノアが尻餅をつく。
光が消える。
そこに立っていたのは――。
一匹の小さなスライムだった。
「……え?」
ノアは固まった。
透明な身体。
丸い形。
大きさはポムより少し小さい。
「……スライム?」
「はい」
ミレアが答える。
「スライムです」
「普通の?」
「……鑑定します」
ミレアの瞳が光る。
数秒後。
「これは……」
「どうしたの?」
「表示が安定しません」
「え?」
ミレアがもう一度確認する。
そして、驚いた顔をした。
「ノア様。もう一度言います。これは、普通のスライムではありません」
ダンジョンコアが光る。
【種族判定開始】
【解析不能】
【再解析】
【解析不能】
【特殊個体の可能性を確認】
ノアはスライムを見る。
スライムは何も知らないように、ぷるぷると身体を揺らしている。
「……名前、どうしよう」
「ノア様、まずは解析を――」
「でも、名前がないと呼びにくいよ」
「……では、仮称だけでも」
ノアは少し考えた。
透明な身体。
光を反射して、淡い虹色に輝いている。
「レイン」
「レイン?」
「うん。雨みたいだから」
スライムがぷるんと揺れた。
「気に入った?」
「ぷるっ」
「じゃあ、レインね」
その瞬間だった。
【個体名登録】
【レイン】
【種族:???】
【称号:???】
【固有能力:???】
【能力解析に失敗しました】
ミレアが息を呑む。
「……やはり、おかしい」
「何が?」
「通常のスライムなら、ここまで解析不能になることはありません」
「じゃあ、すごい子なの?」
「可能性はあります」
ノアはレインを持ち上げた。
柔らかい。
ぷるぷるしている。
とても強そうには見えない。
「でも、かわいい」
「そこですか」
「大事だよ」
ノアが笑う。
そのとき。
レインの身体の中で、何かが光った。
虹色の光。
ほんの一瞬だった。
ミレアが目を見開く。
「……ノア様」
「今、光ったよね?」
「はい」
「何だったの?」
「分かりません」
ミレアが慎重に解析する。
すると、ダンジョンコアに一つの表示が浮かび上がった。
【特殊個体】
【発生確率――極低】
【確認】
ノアは首を傾げる。
「極低って、どれくらい?」
ミレアは答えなかった。
「ミレア?」
「……通常の召喚記録では、確認されていない確率です」
「え?」
「正確な数値は出ません。ただ、私の知識にある限りでは――一万回召喚して一度出るかどうか、という領域でしょう」
ノアの口が開く。
「……一万回?」
「はい」
「それを、一回で?」
「はい」
ノアはレインを見る。
レインは何も知らずに、ぷるぷるしている。
「……私、また運が良かった?」
ミレアはしばらく黙った。
やがて、ゆっくり頷く。
「はい」
「やった」
「ただし、まだ能力が分かりません」
「でも、一万分の一なんでしょ?」
「そうですが」
「じゃあ、すごい子なんだよ」
「それは……そうかもしれません」
ミレアはレインを見つめた。
その直後だった。
レインが突然、ノアの腕から跳ねた。
「わっ!」
ぷるん。
レインの身体が配合炉へ向かって飛んでいく。
「レイン!」
ノアが追いかける。
レインは配合炉の中央へ着地した。
すると――。
古代配合炉が反応した。
【特殊個体を確認】
【古代配合炉との適合率――極めて高】
【隠蔽されていた配合記録を解放します】
部屋中に魔法陣が広がった。
壁に文字が浮かび上がる。
【特殊配合候補】
【スライム系統――特殊個体】
【ゴブリン系統――特殊個体】
【必要条件――幸運値】
ノアは目を丸くした。
「……幸運値?」
ミレアも絶句している。
そして、最後に表示された一文を見て、初めて顔色を変えた。
【条件達成】
【特殊配合が可能です】
ノアはレインを見る。
そしてガルドを見る。
「……え?」
ミレアが小さく呟いた。
「まさか……」
ノアはまだ知らない。
自分が今まで「運がいい」と思っていた出来事の中に、すでに一つだけ、普通なら絶対に起こらない奇跡が混ざっていたことを。
一万分の一。
いや、それ以上。
その一体のスライムを引き当てたことが、ノアのダンジョンの未来そのものを変えることになる。
そして今、古代配合炉が――新たな扉を開こうとしていた。




