第113話 魔力を封じる兵器と、先制攻撃の夜
クロノアの地下会議室には、山道でクロウとルゥが目撃した魔導兵器の情報が集められていた。トウガが描いた地図には、王国軍の仮設野営地、周囲に設置された魔力杭、物資を運び込む道、そして兵器を組み立てている場所が細かく記されている。布で覆われた本体はまだ完成していない。しかし、周囲に配置された魔導兵の動きから見ても、作業が最終段階へ近づいているのは間違いなかった。
「問題は、あの兵器が完成してからでは遅いということです」
セラが地図の一点を指した。
「魔力の流れを妨害する装置なら、私たちのダンジョンだけでなく、周辺に暮らす魔物たちにも影響が出る可能性があります。魔力貯蔵核の循環が乱れれば、配合炉や防衛設備の稼働にも支障が出るでしょう」
「つまり、こっちの力を削ってから本隊をぶつけてくるわけか」
ガルドが腕を組み、苛立たしげに鼻を鳴らした。
「正面から来るなら叩き潰せばいい。だが、戦う前から弱らせようってのは気に入らねえな」
「気に入るかどうかは作戦の判断材料になりません」
ネレウスが冷たく言い放った。
「兵器の性能も、実際にどこまでの範囲へ影響するかも、まだ推測の段階です。正体を確かめずに突っ込めば、こちらの戦力を無駄に失うだけでしょう。あなたのように、敵が見えたら殴れば済むという話ではありません」
「おい、今のは俺に言ったのか?」
「ほかに誰がいるのです?」
「上等だ。だったら俺があの布ごと兵器をぶっ壊して、てめえの分析が必要なかったって証明してやる」
「破壊した後に爆発して、あなたが吹き飛ばされる未来まで分析しておきましょうか?」
「ネレウス、ガルド。そこまでだ」
私が声を挟むと、二人は不満そうに口を閉じた。以前なら、こうした言い合いを止めるだけで疲れていたかもしれない。でも今は、全員がそれぞれの役割を持っている。衝突すること自体は問題ではない。互いの意見を聞かずに動くことが問題なのだ。
「ネレウス、兵器を動かすために必要なものは分かる?」
「観測した範囲では、本体と魔力杭を接続し、複数の杭から魔力を送り込む構造です。おそらく、杭が周囲の魔力を測定し、本体がその流れを乱すのでしょう。ですが、どの杭が制御を担当し、どれが出力を補助しているのかは不明です」
「全部壊せば止まる?」
「止まる可能性はあります。しかし、制御を担う杭を誤った手順で破壊すると、蓄積された魔力が一気に放出される危険もあります。敵がそこまで考えているかは分かりませんが、無視できる可能性ではありません」
私は地図を見つめた。
完成前に壊せばいい。言葉にするだけなら簡単だ。でも、相手は兵器を守るために兵士を配置している。正面から攻めれば、こちらの存在を知られるだけでなく、兵器を予定より早く起動させるかもしれない。
「敵の数は?」
私が尋ねると、クロウが低く唸った。ルゥが地図の周囲を前足で示し、チクタがそれを読み取るように補足する。
「見張りを含めて二十人前後です。交代要員がいる可能性もあります。あと、山道側の物資置き場と、兵器の組み立て場所は少し離れているみたいです。だから、全員が同じ場所に集まっているわけじゃありません」
チクタは地図を覗き込み、耳をぴくぴく動かした。
「それと、あの兵器を運ぶための荷車が何台かあります。部品を積んだ荷車と、食料や予備の魔石を積んだ荷車です。たぶん、兵器が完成したら一緒に移動するつもりでしょう」
「荷車を止めれば、完成しても運べなくなる?」
「はい。でも、兵器そのものを壊さない限り、別の場所で修理したり、護衛を増やしたりする可能性があります。それに、荷車を襲ったと分かれば、王国軍は警戒を強めます。正面からの侵攻が早まるかもしれません」
チクタは自分の言葉に少し怯えたように肩をすくめた。
「僕としては、見つからずに帰れる作戦が一番です。作戦が成功して、全員無事で帰れたら最高です。ええ、僕は本当にそれがいいと思います」
「分かった。じゃあ、帰る道も含めて作戦を考えて」
「はい! 帰り道は三つ用意しましょう。いや、四つでもいいです。多い分には困りませんから!」
トウガが地図の上に石片を置き、野営地へ続く道を区切った。
「正面の山道は兵士が多い。だが、北側には崩れかけた斜面があり、東側には古い水路がある。水路は狭いが、兵器の組み立て場所の裏手へ通じている可能性が高い。クロウとルゥが確認できれば、そこから接近できる」
「狭い場所なら、レグルが先頭に立つのは難しいね」
私が言うと、レグルが静かに頷いた。
「俺は退路の確保と、敵が追ってきた場合の足止めに回ろう。狭い場所で無理に戦うより、そのほうが確実だ」
「俺とバランは?」
ガルドが尋ねる。
「兵器の破壊役。ただし、ネレウスが制御部分を特定してから動く。勝手に突っ込むのは禁止」
「……分かったよ」
ガルドは不満そうだったが、今回は素直に引き下がった。隣のバランは尾を地面に打ちつけ、早く戦いたいという気持ちを隠そうともしていない。
「敵が襲ってくるまで待つ必要はないということだな?」
「そう。あの兵器が完成すれば、私たちだけじゃなく、クロノアで暮らす魔物たち全体が危険になる。だから、今回はこっちから止めに行く」
その言葉に、会議室の空気が変わった。
これまでは、侵入してきた敵を迎え撃つ戦いが中心だった。けれど、相手はもう偵察だけをしているわけではない。私たちの国を弱らせ、資源と古代施設を奪うための準備を進めている。完成を待ってから動く理由はなかった。
ルナが椅子から飛び降り、私の隣へやって来た。
「ノア。今回は、敵の兵器を壊すだけでは足りないと思う」
「どういうこと?」
「兵器を壊しても、作った者たちが帰れば、また別の兵器を持ってくる。王国がクロノアを滅ぼすと決めているなら、目の前の一隊だけを追い払っても終わらない」
ルナの声は落ち着いていた。幼い姿とは裏腹に、王として何を守らなければならないのかを、以前より深く理解し始めている。
「なら、どうする?」
「兵器を止める。同時に、王国軍がここまで簡単に侵入できると思わないようにする。私たちは、奪われるのを待つだけの国ではないと示すべきだ」
私はルナの頭をそっと撫でた。
「うん。私もそう思う」
ただし、敵を皆殺しにすること自体を目的にするつもりはなかった。兵器を止め、侵攻の足掛かりを潰し、これ以上こちらの仲間が危険にさらされないようにする。そのために敵が立ちはだかるなら、容赦はしない。
作戦は夜に実行することになった。
日が沈むと、クロノアの洞窟はいつもより静かになった。ゴブリンたちは採掘道具を片づけ、弱い魔物たちは水場や巣穴へ戻っていく。セラは魔力貯蔵核の状態を確認し、敵の兵器が起動した場合に備えて、重要な設備への魔力供給を一時的に切り離せるよう準備した。トウガは退路の目印を設置し、チクタは何度も地図を確認しながら、逃走経路が塞がれていないかを確かめていた。
「本当に行くんですね……」
チクタが小さく呟く。
「行くよ」
「ですよね。聞いた僕が間違っていました。では、僕は後方で連絡と経路の確認を担当します。前に出る必要はありませんよね?」
「危険を見つけたら、すぐ知らせて。無理に戦う必要はない」
「それを聞いて安心しました!」
チクタは大きく頷いた。臆病なのは変わらない。それでも、逃げ道を確保し、味方が危険に陥る前に異変を見つけることが、彼にしかできない仕事だと分かっている。
やがて、私たちは出発した。
先頭はクロウとルゥ。二体は足音を殺し、夜の山道を進んでいく。その後ろに私、ミレア、ネレウス、セラが続き、ガルドとバランは兵器の破壊に備えて待機した。レグルは水路の出口近くで退路を守り、チクタは少し離れた安全な場所から、敵の動きと連絡を確認する。
水路は予想以上に狭かった。ところどころに崩れた石があり、足元には浅い水が流れている。だが、トウガの見立てどおり、奥へ進むと組み立て場所の裏手へ出られる小さな開口部が見つかった。
クロウが耳を立てる。
向こうから、兵士たちの声が聞こえた。
「夜明けまでには調整を終えろ。明日の試験で出力が安定すれば、予定どおり前線へ運べる」
「魔力杭の配置は?」
「変更なしだ。北側の二本を先に起動し、周囲の魔力を測定する。その後、中央装置へ出力を集める」
ネレウスが私の耳元で囁いた。
「聞いたとおりです。北側の杭が測定を担い、中央装置が主出力。あの二本を先に止めれば、起動時の制御が乱れる可能性があります」
「安全に止められる?」
「断言はできません。ですが、中央装置を直接破壊するよりは、制御を切り離してから破壊するほうが危険は少ないでしょう」
私は頷いた。
開口部の隙間から覗くと、布をかぶせられた巨大な兵器が見えた。周囲では兵士が作業を続け、魔導兵が杭の魔力反応を確認している。野営地の外側には見張りが立ち、山道へ続く通路にも警戒が敷かれていた。
そのとき、足元で小さな音がした。
ころん。
ポヨンが、私の後ろから転がってきた。
「……ポヨン?」
どうしてここにいるのかと問い詰める暇もなかった。ポヨンは狭い水路の石にぶつかり、身体を弾ませる。その拍子に、壁の隙間へ挟まっていた小さな金属片が外れ、浅い水の流れへ落ちた。
金属片は水に押されて転がり、開口部の向こうへ流れていく。
そして、兵器のそばに置かれていた魔力計測器の足元にぶつかった。
カチン。
計測器の針が大きく振れた。
「何だ? 測定値がおかしいぞ!」
作業員の一人が声を上げた。別の兵士が計測器を確認しようと近づき、足元の配線を踏みかけて慌てて身を引く。その動きで隣の作業台が揺れ、置かれていた工具箱が傾いた。工具が床へ散らばり、兵器の脇に立てかけられていた補助支柱に当たる。
ガタンッ!
支柱がずれ、布の端が大きくめくれた。
その下から、中央装置と北側の魔力杭をつなぐ太い導線が露わになった。
「……見えました」
ネレウスの目が細くなる。
「中央装置への主導線です。北側の杭を切り離すだけではなく、あの接続部を破壊すれば、兵器は出力を受け取れなくなる可能性が高い」
「ポヨン……また、とんでもないところを見つけたね」
「ぽよ?」
ポヨンは自分が何をしたのか分からない様子で、私の足元に収まった。
けれど、偶然が作った隙は長く続かなかった。
「おい、誰かいるのか!」
見張りの兵士が水路の開口部へ顔を向けた。こちらの姿が見えたわけではない。それでも、金属片が流れ込んだ方向を不審に思ったらしい。
私は即座に合図を送った。
クロウとルゥが左右へ散る。ネレウスが魔力を集中させ、セラが敵の魔力信号を遮断する。敵の連絡用魔石が一斉に暗くなった。
「通信が切れた? 何が起きている!」
兵士たちが騒ぎ始める。
私は開口部から飛び出した。
「クロノアへの侵攻準備は、ここで終わりにしてもらうよ」
兵士たちが振り向く。驚きが広がるより早く、ガルドとバランが側面から突入した。
「邪魔だ、どけぇっ!」
ガルドの斧が兵器の周囲に積まれていた防護柵を叩き割る。バランはその隙間を駆け抜け、兵器の主導線へ向かう兵士を体当たりで吹き飛ばした。レグルも水路の出口から進み、敵の増援が通路へ入り込まないよう、巨体で道を塞いだ。
「兵器を守れ! 侵入者を排除しろ!」
王国の指揮官が叫ぶ。
兵士たちは剣を抜き、魔導兵は杖を掲げた。だが、セラが展開した魔力干渉によって、敵の魔法は狙いどおりに発動しない。火球は形を保てずに散り、拘束術式は途中で崩れた。
ネレウスが鋭く告げる。
「主導線は露出しています。今なら破壊できます!」
「ガルド、バラン!」
「任せろ!」
二体が同時に踏み込む。ガルドの斧が主導線の固定具を叩き壊し、バランの尾が接続部を横から打ち払った。
火花が散った。
兵器の内部で魔力が不規則に脈動する。
「まずい、出力が逆流している!」
作業員が叫んだ。
「全員、装置から離れろ!」
私は叫び、仲間たちへ退避の合図を送った。セラが魔力を遮断し、ネレウスが残った出力の流れを外へ逃がすための術式を展開する。レグルは倒れた支柱を押し返し、味方が退くための空間を作った。
次の瞬間、中央装置が青白い光を放った。
ドォンッ!
爆発というより、圧縮された魔力が一気に弾けたような衝撃だった。兵器を覆っていた布が吹き飛び、外装の一部が砕けて地面へ落ちる。周囲に設置された魔力杭も順番に光を失い、最後の一本が暗くなったところで、装置の唸りが止まった。
山道に静寂が戻る。
しかし、戦いはまだ終わっていなかった。
兵器を守っていた兵士たちが、武器を構え直していたからだ。
「全員、武器を捨てろ!」
指揮官が叫ぶ。
「王国軍に逆らった罪は重い。ここでお前たちを殺し、魔物どもの巣を焼き払ってやる!」
その言葉を聞いた瞬間、私は迷いを捨てた。
「全員、排除して。武器を持ってクロノアへ向かう者は、ここから帰さない」
ガルドが笑みを浮かべ、斧を構える。バランも牙を見せ、敵陣へ踏み込んだ。レグルは逃げ道を塞ぐのではなく、増援が来られないよう通路を押さえ、クロウとルゥは暗がりから指揮官と魔導兵を狙う。
王国兵たちは最後まで抵抗した。だが、魔導兵器を失い、連絡手段も断たれ、魔法まで不安定になった部隊に、クロノアの精鋭たちを止める力はなかった。
やがて、野営地から武器の音が消えた。
敵兵は全員、戦闘不能となった。抵抗を続けた者たちは命を落とし、武器を捨てて降伏した者も、王国軍の侵攻部隊として戦闘に参加していた以上、ただ解放するわけにはいかなかった。私たちは彼らを拘束し、負傷者の状態と装備を確認したうえで、今後の扱いを判断することにした。
「兵器は?」
私が尋ねると、ネレウスが破損した装置を見下ろした。
「主導線は破断。中央装置も外装が損傷しています。現状では起動できません。ですが、完全に破壊されたわけではありません。残った部品を回収すれば、敵が再利用する可能性はあります」
「なら、使える部品と危険な部品を分けよう。危険なものはセラとネレウスに確認してもらって、再利用できるものはトウガの管理下へ。敵に持ち帰らせるわけにはいかない」
「承知しました、ノア様」
セラが頷いた。
トウガはすでに部品の寸法を測り始めていた。
「外装は一部再利用できる。魔力杭の構造も調べる価値がある。だが、内部の制御部品は慎重に扱う必要があるな」
チクタが遠くから駆け寄ってきた。彼は安全な場所で連絡を確認していたが、戦闘が終わったのを見て、ようやく息をついたらしい。
「み、皆さん無事ですか? 帰り道は確保しています。敵の増援が来る前に移動しましょう。あと、荷車に積まれていた物資も確認しました。食料、魔石、工具、それから……王国軍の作戦書らしきものがあります」
「作戦書?」
私はそれを受け取った。
紙には、山道の野営地で兵器の試験を終えた後、さらに大きな部隊と合流する予定が記されていた。兵器は本隊の先頭へ配置され、クロノア周辺の魔力循環を乱してから、主力部隊が洞窟へ進軍する計画らしい。
「やっぱり、これは前準備だったんだね」
私は紙を握りしめた。
今回の作戦で、王国軍の侵攻を止めたわけではない。彼らはまだ大きな軍を動かせるし、別の兵器を作ることもできるだろう。けれど、少なくともクロノアを弱らせるための切り札を、一つ潰すことはできた。
ルナが私の隣へやってきた。
「ノア。次は本隊が来るね」
「うん。たぶん、今度は偵察や小さな部隊じゃ済まない」
「なら、国全体で備えよう。戦う者だけではなく、弱い魔物たちが避難できる場所も必要だ」
私は頷いた。
「帰ったらすぐに準備を始める。トウガには防衛線の見直しを、チクタには避難経路と物資の配分をお願いする。セラとネレウスは回収した兵器の分析。ガルドとバランは次の戦いに備えて訓練を続けて。レグルは防衛線の補強を頼むね」
「了解!」
ガルドが力強く返事をする。
バランも負けじと胸を張った。
「次は本隊か。今度こそ、俺の力を見せてやる!」
「その前に、味方の合図を待つ訓練を続けてください」
ネレウスが冷ややかに言うと、バランは不満そうに唸った。
「分かってる!」
そのやり取りに、私は少しだけ笑った。
戦いは始まったばかりだ。敵の兵器を止めたからといって、安心できるわけではない。それでも、私たちはただ襲撃を待つだけの存在ではなくなった。敵の計画を読み、必要なら先に動き、守るべきもののために戦うことができる。
帰路につく直前、私はポヨンを抱き上げた。
「ポヨン、今回は本当に助かったよ」
「ぽよっ!」
ポヨンは嬉しそうに跳ねようとしたが、私の腕の中ではうまく動けず、身体をぷるぷる震わせた。
「でも、次からは出発前にちゃんと教えてね」
「ぽよ?」
「……分かってないよね」
ミレアが小さく笑った。
「ノア様。ポヨンに事前報告を期待するのは、少々難しいかと」
「だよね……」
私は苦笑し、ポヨンを地面へ下ろした。
夜の山道の向こうには、王国の領土が広がっている。あの国がクロノアを滅ぼすと決めた以上、今回の勝利だけで戦いが終わることはない。
それでも、私たちは戻る。
仲間たちが暮らす洞窟へ。弱い魔物たちが安心して眠れる場所へ。そして、次に来る大軍を迎え撃つための国へ。
クロノアはもう、ただの洞窟ではない。
守るべき国であり、奪おうとする者には立ち向かう国なのだ。




