第112話 山道を進む魔導兵器と、王国軍の死角
クロノアに緊張が広がるなか、ノアは中央広間に集まった仲間たちと、王国軍の進軍経路について検討していた。チクタが持ち帰った情報によれば、人間側では通常の街道だけでなく、山沿いの道にも軍需物資が運び込まれている。前回のように正面から攻めてくるだけなら、防衛線を固めて迎え撃てばいい。しかし、複数の経路から同時に攻められれば、戦力の配置を誤っただけで大きな被害が出る。
「山道を使う理由は、やっぱり魔導兵器かな?」
ノアが尋ねると、トウガは地図を広げたまま頷いた。
「可能性は高いです。通常の街道は幅が広く、兵士や荷車を移動させるには適しています。しかし、こちらも警戒していることは王国側も理解しているはずです。山道なら時間はかかりますが、別方向から接近できます。大型兵器を運んでいるなら、途中の道を補修している可能性もあります」
「でも、山道って狭いんでしょう? そんな場所を通れる兵器なのかな」
「それを確認する必要があります。兵器そのものを運んでいるのか、現地で組み立てるための部品を運んでいるのかでも、対応は変わります」
ミレアが補足した。
「また、山道を使っている部隊が主力とは限りません。正面から攻撃する部隊とは別に、後方へ回り込む部隊や、こちらの輸送路を断つ部隊を準備している可能性もあります」
「つまり、敵の目的を決めつけないほうがいいんだね」
「はい。現段階では複数の可能性を残しておくべきです」
ノアは地図を見つめた。敵が何を考えているのか、すべてを見通すことはできない。それでも、分からないからといって何もせずに待つわけにはいかなかった。
「クロウとルゥに、山道の様子を調べてもらおう。ただし、敵に見つからないことを優先して。人数や荷車の数、兵器らしいものがあるかを確認できれば十分だよ」
ミレアが連絡用の魔力結晶を準備する。クロウはすでに出発するつもりらしく、入口の近くで静かに待っていた。ルゥもその隣で鼻を動かし、外の匂いを確かめている。
「それから、バランとガルドは正面防衛の訓練を続けて。敵が来ると分かったからって、焦って突っ込まないこと」
「分かっている!」
バランが即答した。
「本当に?」
「……分かっていると言っているだろう!」
ガルドが隣で豪快に笑う。
「まあ、見ていてやるさ。勢いだけで勝てる相手じゃないってことは、前より分かってきただろう?」
「俺は最初から分かっている!」
「なら、訓練で証明してみろ」
バランは不満そうに鼻を鳴らしたが、斧を持つガルドの後についていった。以前なら言い返すだけで終わっていた場面でも、今は実際に動いて自分の力を示そうとしている。その変化を見て、ノアは少しだけ安心した。
レグルは防衛隊の再配置を進め、トウガは山道から侵入された場合の対策を考える。セラとネレウスは回収した観測標を解析し、敵に魔力の動きを悟らせないための偽装術式を試作していた。チクタは地図を抱え、物資の運搬路と避難経路を何度も確認している。
そして午後、クロウたちから最初の報告が届いた。
山道の途中に、王国軍のものと思われる荷車が複数確認されたという。荷車を護衛する兵士は二十人ほど。さらに、道の脇には新しく切り開かれた場所があり、大型の荷物を一時的に置くための仮設陣地が作られていた。
「やっぱり、何か運んでいるんだね」
ノアが報告を確認すると、ミレアが頷いた。
「荷車の形状からすると、通常の物資だけではない可能性があります。特に、荷台の上に木枠を組んで大きな部品を固定しているものがあるようです」
「魔導兵器の部品かな?」
「その可能性はあります。ただし、遠距離からの観察だけでは断定できません」
チクタは地図を引き寄せ、仮設陣地の位置を確かめた。
「ここなら山道を進む荷車を一度止めて、荷物を確認できます。道幅が狭いので、何台も連続して進むことはできない。つまり、輸送そのものに時間がかかっています」
「そこを襲えば、敵の進軍を遅らせられる?」
ノアが尋ねると、チクタはすぐには答えなかった。
「遅らせることはできるでしょう。でも、今すぐ襲うのはおすすめしません。荷車の数が分かっても、護衛部隊の実力や、近くに別の部隊がいるかどうかは不明です。こちらが攻撃した瞬間に、山道の両側から挟み撃ちにされる可能性もあります」
「じゃあ、どうするのがいい?」
「まず、輸送の周期を調べます。何台が来て、何台が去るのか。兵士が交代する時間はいつか。そこが分かれば、敵が何を運んでいるのかを推測できます。攻撃するかどうかは、そのあとで決めればいいんです」
ノアは頷いた。
「分かった。今は観察を続けよう」
チクタはほっと息を吐いた。
「よかった……。いきなり『今夜襲撃だ!』と言われるかと思いました。私の心臓にも、少しは休暇が必要なんです」
その日の夕方、クロウたちは再び山道へ向かった。今度はルゥが荷車の通過した場所を重点的に調べ、クロウが周囲の見張りの位置を確認する。二体は敵の視界に入らないよう、岩場と木々の陰を利用して移動した。
日が沈み始めた頃、クロウは一つの異変を見つけた。
仮設陣地の奥に、布で覆われた巨大な物体が置かれていたのだ。周囲には複数の兵士が配置され、魔術師らしい人間が装置の一部を確認している。荷車から運び込まれた部品が次々とその周囲へ集められ、工兵たちが組み立て作業を進めていた。
クロウは低く唸り、ルゥへ視線を向けた。
ルゥは鼻を動かし、地面に残った金属の匂いを確かめる。それから、布で覆われた物体の周囲に埋め込まれた小さな杭を見つけた。杭の先端には、魔力を帯びた金属片が取り付けられている。
ただの兵器ではない。
何か特殊な仕組みが組み込まれているようだった。
二体は無理に近づかず、見たものを記憶して洞窟へ戻った。
報告を聞いたノアは、すぐにセラとネレウスを呼んだ。
「布で覆われた大型の装置と、周囲の杭か……。どんな兵器だと思う?」
セラは慎重に考え込んだ。
「周囲に魔力を帯びた杭を設置しているのであれば、単純な攻撃兵器ではない可能性があります。魔力を集める装置か、広い範囲へ効果を及ぼす術式の補助装置かもしれません」
「補助装置なら、中央にあるのが本体?」
「その可能性はあります。ただし、実物を確認しない限り断定できません」
ネレウスが羽を広げた。
「王国が前回の戦闘から何も学んでいないと思いますか? 敵は、こちらの魔力を利用する魔物がいることも、魔力を吸収する能力が戦場で脅威になることも理解しているはずです。ならば、今回は魔力そのものを封じるか、あるいは魔力の流れを乱す装置を持ち込んだ可能性があります」
「もし、魔法が使えなくなる装置だったら?」
「その場合、セラの魔法だけでなく、洞窟の魔力循環にも影響するかもしれません。魔力貯蔵核まで影響を受ければ、施設の稼働や魔物たちの生活にも支障が出るでしょう」
ノアは顔をしかめた。
「それは困るね……」
「だからこそ、正体を確かめる必要があります。ただし、敵の陣地へ無策で近づくのは愚かです。観測標の解析を進めれば、装置が発する魔力の特徴を照合できるかもしれません」
セラも頷いた。
「敵が使っている魔力の波形を、こちらで再現できるか試します。もし装置の反応を遠くから確認できれば、危険を冒さずに仕組みを推測できるはずです」
「お願い。今は敵にこちらの存在を気づかせたくない」
ノアはそう言いながら、ルナへ視線を向けた。ルナは静かに地図を眺めていたが、ノアの視線に気づくと顔を上げた。
「王国は、我々の力を封じる手段を探しているのだろう」
「そうかもしれない。前回は正面から攻めてきたけど、今度は違うみたい」
「当然だ。敗北した者は、同じ方法では勝てないと学ぶ。問題は、我々もそれに応じて変われるかどうかだ」
ルナの言葉に、ノアは頷いた。
「だから、こっちも準備する。敵の兵器を調べて、対策を考える。必要なら、先に壊すことも考えないと」
「ただし、敵の正体が分からぬまま動くな。勝つことだけを考え、民を危険にさらすのは本末転倒だ」
「分かってるよ」
ノアは地図を畳んだ。
その夜、クロノアでは防衛準備がさらに進められた。トウガは山道から侵入された場合に備えて、通路の封鎖方法と物資の移動手順を整理する。レグルは防衛隊を二つに分け、一方が入口を守り、もう一方が内部の避難と護衛を担当できるよう訓練を始めた。ガルドとバランは、敵の兵器が現れた場合でも隊列を崩さずに戦えるよう、連携を確認している。
チクタは相変わらず退路を確保することにこだわっていたが、今回はその地図が重要な意味を持っていた。山道から侵入する敵が現れた場合、どの道を使えば住民を安全に移動させられるのか。どの場所なら敵の進行を遅らせられるのか。チクタは細かな地形まで確認し、逃げ道と防衛線を両立させる計画を作り上げていた。
「これなら、敵が山道から来ても、すぐに全員が巻き込まれることはありません」
チクタが説明する。
「ただし、敵の兵器がどんなものか分からない以上、絶対に安全とは言えません。だから、危険が大きいと判断したら、予定どおりに避難してください。私の計画は、誰かが無理をすることを前提にしていませんからね」
「ありがとう、チクタ。すごく助かるよ」
「……そういうことを言われると、もっと頑張らなければいけなくなるじゃないですか」
チクタは困ったように耳を伏せたが、地図を抱える手には力が入っていた。
そして翌朝、ネレウスから新たな報告が届いた。
「ノア様。敵の装置について、ひとつ分かったことがあります」
「何?」
「回収した観測標の回路を解析したところ、山道の装置と同じ系統の魔力反応が記録されていました。つまり、あの大型装置は観測標と連動している可能性が高い」
「じゃあ、私たちの魔力を調べるためのもの?」
「それだけではないでしょう。記録の一部には、魔力反応を一定範囲で弱めるための制御式が含まれていました。まだ完全には解析できていませんが、装置が稼働すれば、周辺の魔力循環を乱す可能性があります」
ノアは息を呑んだ。
「魔法を弱くするだけじゃなくて、洞窟全体にも影響が出るかもしれないんだね」
「はい。敵がこれを実戦投入するつもりなら、正面から戦う前にこちらの魔力を削ぐ狙いがあるのでしょう」
ノアは地図を見つめた。
王国軍は、次の戦いでクロノアの魔力を封じるつもりなのかもしれない。もし装置が完成し、山道から運び込まれれば、前回の戦いとはまったく違う状況になる。
「……完成する前に、止めたほうがいいのかな」
ノアの呟きに、ルナが静かに答えた。
「判断するには、もう少し情報が必要だ。だが、敵がこちらの力を封じる兵器を準備しているなら、完成をただ待つ理由もない」
ノアは仲間たちを見渡した。
次に戦う相手は、ただ兵士の数を増やしてくるだけではない。こちらの強みを分析し、それを封じるための兵器を用意している。戦場での力比べだけでは、勝てない可能性がある。
「よし。装置の正体を調べよう。そして、止める方法を考える。敵が動き出す前に、できることを全部やっておきたい」
ノアの言葉に、仲間たちはそれぞれ頷いた。
山道の仮設陣地では、布に覆われた大型装置の組み立てが続いている。金属の骨組みが形を整え、周囲の杭へ魔力が流れ始めていた。
王国軍は、クロノアの魔力を封じるための準備を進めている。
そしてクロノアもまた、その企みを止めるために動き始めていた。
次の戦いが始まる前から、すでに両者の戦争は動き出していたのだ。




