第111話 王国の作戦会議と、クロノア殲滅計画
クロノアで侵入者の排除が行われた頃、王都では八人の兵士が帰還しないという報告が、軍務庁の会議室に届けられていた。長い机を囲むのは、王国軍の上層部と宮廷魔術師、そして国王から直接命令を受けた作戦担当者たちだった。机の中央には、クロノア周辺の地図と、これまでの戦闘で得られた記録が並べられている。
「偵察隊が全滅したというのか?」
軍務卿が低い声で尋ねた。
「はい。予定時刻を過ぎても連絡がなく、最後に確認された地点へ別の斥候を送ったところ、現場には戦闘の痕跡が残っていました。装備の一部も発見されましたが、八人の姿はありません」
「捕虜になった可能性は?」
「否定できません。ただ、現場の状況から判断する限り、全員が戦闘で倒された可能性が高いと考えられます」
会議室に不快な沈黙が広がった。
前回の討伐軍は、数百人規模の兵力を投入しながら敗北した。それだけでも王国にとっては大きな失態だった。さらに、魔物側が単なる防衛ではなく、侵入した兵士を容赦なく殺す姿勢を明確にしたことで、事態は新たな段階へ進んでいた。
「魔物どもめ……。人間の領域を脅かすだけでなく、王国の兵士を殺したことを後悔させてやる」
将軍の一人が机を叩く。
その隣に座る宮廷魔術師長は、冷静な声で言った。
「感情的になるべきではありません。今回の偵察隊は、古代式の魔力観測装置を使用していました。装置の反応が途中で途絶えたことから、相手がこちらの技術を解析できる能力を持っている可能性があります」
「魔物が古代魔法を理解しているというのか?」
「少なくとも、装置を発見し、無力化する程度の知識はあるのでしょう。前回の戦闘でも、こちらの魔導兵器が予想外の形で攻略されています。敵の指揮系統には、戦況を分析する知能の高い個体がいると考えるべきです」
軍務卿は眉間に深い皺を刻んだ。
「ならば、なおさら放置できんな。あの洞窟には魔石鉱床があり、古代施設も存在する。魔力貯蔵核まで稼働しているとなれば、時間を与えるほど厄介になる」
「同意します。ただし、次の攻撃は前回と同じ方法では通用しないでしょう。敵は防衛線を整え、物資を分散させ始めている可能性があります」
「なら、守りを固める前に叩き潰す」
将軍が地図上の洞窟を指で強く押さえた。
「次は偵察ではなく、本隊を送るべきです。魔導兵器を増やし、包囲して逃げ道を断つ。魔物の王と指揮官を先に殺し、残りを掃討する。抵抗するものは一匹も残さない」
その言葉に、軍務卿はすぐには答えなかった。
彼もまた、前回の敗北を軽く考えてはいない。数百人の兵士を失い、指揮官を捕らえられ、さらに偵察隊まで戻らなかった。ここで再び失敗すれば、王国軍の威信は大きく損なわれる。
「国王陛下には、すでに報告してある。返答も届いている」
軍務卿が一枚の命令書を取り出した。
「クロノアを独立勢力として認めない。魔物の王を排除し、領域内の魔力資源と古代施設を王国の管理下へ置く。そのために必要な兵力を投入せよ、とのことだ」
「兵力は?」
「前回を上回る規模になる。重装歩兵、弓兵、魔術師、工兵に加え、魔導兵器を複数配備する。兵站も増強する。今回は一度の戦闘で終わらせるつもりだ」
宮廷魔術師長の目が細くなった。
「古代施設の破壊は避けてください。あれだけの魔力を扱う装置を破壊すれば、周辺の魔力循環にどのような影響が出るか分かりません」
「魔物を排除したあとで調べればいい。装置が多少壊れようと、王国が管理できるなら問題はない」
「それでは、研究に支障が出ます」
「魔術師殿。ここは研究所ではない。戦争をする場所だ」
将軍の言葉に、魔術師長は不満そうに口を閉じた。
軍務卿は命令書を机へ置き、全員を見渡した。
「出発までに準備を整えろ。敵は人間の兵士を殺した。もはや討伐ではない。王国に逆らった勢力への懲罰だ。次は必ず勝つ」
会議室にいた者たちは一斉に立ち上がった。
その日、王都の軍需施設では武器の増産が始まり、倉庫から大量の矢と魔石が運び出された。工兵たちは魔導兵器の部品を検査し、魔術師たちは新たな対魔物用術式の準備に入る。前回の敗北を分析した結果、王国軍はクロノアの四人の指揮官をそれぞれ異なる脅威として分類していた。
攻撃を担うガルド。
防御を担うレグル。
魔法を操るセラ。
そして、戦場に予測不能な偶然を引き起こすポヨン。
ただし、王国側はポヨンの能力を正確には理解していなかった。報告書には「偶発的な戦場混乱を誘発する個体」とだけ記されている。何が起きるのか予測できない。それこそが、王国の参謀たちにとって最も厄介な問題だった。
同じ頃、クロノアではネレウスとセラが回収した観測標の解析を進めていた。
「この回路、かなり面倒ですね」
ネレウスが金属板を見つめながら吐き捨てた。
「魔力の強さだけではなく、周期や揺らぎまで記録する仕組みです。こちらが何度も同じ魔法を使えば、その特徴を分析される可能性があります」
「だからこそ、魔力の使い方を変える必要があるのですね」
セラが答えた。
「当然です。あなたの魔力制御は優秀ですが、安定性を重視しすぎています。同じ状況で同じ出力を繰り返すのは、観測する側にとって都合がいい。戦闘時の出力に意図的な変化をつけ、余分な魔力を流さず、必要な瞬間だけ出力を上げるべきです」
「無駄を減らすだけでなく、敵にこちらの実力を誤認させるということですね」
「ようやく話が通じましたか。説明にこれほど時間がかかるとは思いませんでした」
「あなたの説明が最初から整理されていれば、もっと早く終わっていたと思いますが」
セラが穏やかな声で返す。
ネレウスの羽毛がわずかに逆立った。
「……言いますね」
「事実を述べただけです」
「結構。なら、実験で証明しましょう。あなたの制御と私の干渉を組み合わせれば、観測標を欺く程度の偽装はできるはずです」
「成功すれば、敵の偵察を妨害できます」
二人は再び装置へ向き直った。言い合いは絶えないが、作業は確実に進んでいる。敵の技術を理解し、それを逆に利用することができれば、次の戦闘で大きな差を生み出せるだろう。
その報告を聞いたノアは、中央広間でルナたちと防衛計画を確認していた。
「王国は次の軍を準備していると思う。今回の兵士たちが戻らなかった以上、もう偵察だけでは終わらないはず」
「そうだな」
ルナが静かに答えた。
「彼らは我々を国として認めるつもりがない。こちらが戦わなければ、勝手に支配できると思っているのだろう」
「じゃあ、次はもっと大きな戦いになるね」
「避けられない可能性が高い」
ノアは地図へ視線を落とした。
トウガは資源の保管場所を分散させ、レグルは防衛線を整え、ガルドとバランは実戦を想定した訓練を続けている。セラとネレウスは魔力観測への対策を進め、チクタは物資輸送路と退路の再確認を行っていた。クロウとルゥも、外部の動きを監視している。
国としてできる準備は、少しずつ整ってきていた。
「私たちは、ここに暮らしているだけなのにね」
ノアが呟くと、ルナは彼女を見上げた。
「それでも、守るために戦わなければならないときがある。守る意思がなければ、国は国でいられない」
「うん。もう、侵入してきた敵を見逃すつもりはないよ」
ノアの声には、前よりも強い意志が宿っていた。
八人の侵入者を排除したことに後悔はない。彼らはクロノアの民を殺し、資源を奪い、国の中枢へ入り込もうとしていた。もしあの場で止めなければ、被害を受けていたのは戦える指揮官たちではなく、洞窟で暮らす弱い魔物たちだったかもしれない。
「ただし、相手の情報はできるだけ集めたい。次の軍がどこから来て、何を使うのか分かれば、守れる命も増えるから」
「その考えは正しい」
ルナが頷いた。
「だが、情報を得るために危険を増やす必要はない。敵を捕らえること自体を目的にしてはならない。こちらの民を危険にさらしてまで、敵の情報を集める必要はないのだ」
「分かってる。危険を冒してまで捕虜を取るつもりはないよ。侵入してきた敵は、状況に応じて確実に排除する」
ルナは満足そうに目を細めた。
「ならばよい」
そのとき、広間の入口からチクタが駆け込んできた。
「ノア様! ちょっと、まずい情報が入りました!」
「どうしたの?」
「人間側の街道で、軍需物資の輸送が増えています。クロウが確認した荷車の数も、ここ数日で急に増えました。しかも、通常の街道だけではなく、山沿いの道にも荷物が運ばれているそうです」
ミレアがすぐに地図を広げた。
「山沿いの道は、クロノアへ向かう場合、通常の街道より遠回りになります」
「そうです。だからこそ気になります。わざわざ遠回りしているということは、別の進軍経路を準備しているか、重い兵器を運ぶための道を確保している可能性があります」
ノアの表情が険しくなった。
「魔導兵器を増やしているのかな」
「その可能性は高いでしょう」
ミレアが答える。
トウガは地図上の山道を確認し、慎重に言った。
「大型の兵器を運ぶなら、通行できる道は限られます。道幅や傾斜を考えれば、候補となる経路は絞り込めるはずです。クロウたちの情報をもとに、こちらでも予測を立てます」
「お願い。もし本隊が来るなら、どこから来るのかを知っておきたい」
チクタは耳を伏せた。
「……正直に言います。次はかなり危険です。前回のように正面から来るだけなら、こちらも対応できます。でも、複数の道から同時に攻められたら、守る場所が増えます。魔導兵器まで増えていたら、正面だけに戦力を集中させるわけにもいきません」
「うん。だから、今のうちに準備しよう」
ノアは地図を見つめた。
王国は、前回の敗北から学んでいる。こちらの防御を破るために、武器も戦術も変えてくるだろう。次の戦いでは、ただ強い魔物が敵を倒すだけでは足りない。国全体が連携し、資源を守り、弱い民を安全な場所へ移し、敵の狙いを先回りして潰さなければならない。
ノアは仲間たちを見渡した。
「次の戦いに備えて、全員で準備を進めよう。クロノアを守るためなら、私はもう迷わない」
その言葉に、ガルドが力強く頷き、レグルは静かに拳を握った。セラとネレウスは解析を続け、トウガは防衛計画を更新し、チクタは地図を抱えて再び動き出す。
ポヨンだけは、いつものようにノアの足元で身体を揺らしていた。
だが、その偶然を引き寄せる力もまた、次の戦いでは重要な意味を持つことになるだろう。
王国の軍備は増強されている。
クロノアの防衛も、着実に整いつつある。
次に両者がぶつかるとき、それは単なる討伐戦では終わらない。
互いの国の存亡を懸けた、本当の戦争が始まろうとしていた。




