第107話 副団長候補の実力試験と、臆病者の作戦
四人目の副団長候補チクタが加わった翌朝、私は洞窟の中央広間に四軍団長と候補者たちを集めていた。バランは早くも訓練を始めたそうに身体を揺らし、トウガは床に広げた地図へ目を落としている。ネレウスは集まった面々を一通り眺めたあと、露骨にため息をついた。チクタだけは出入口のすぐ横に陣取り、いつでも逃げられる位置を確保していた。
「みんなに集まってもらったのは、候補者たちの実力を確かめるためだよ。王国軍が次に攻めてくる前に、四軍団がどこまで連携できるか確認しておきたいんだ」
「要するに、俺たちがどれだけ強くなったか試すんだな!」
ガルドが拳を鳴らす。
「違うよ。今回は候補者たちが軍団長を支えられるかどうかも見るの。個人の強さだけじゃなくて、状況を判断して仲間と協力できるかが大事だからね」
「分かってるって。俺はちゃんと教えるぞ!」
ガルドは自信満々だったが、その隣に立つバランは、すでに勝負のことしか考えていないようだった。
「試験でも何でもいい。俺の力を見せてやる!」
「あなたの場合、まず話を最後まで聞くところから始めたほうがいいと思いますが」
ネレウスが冷たく言い放つ。
「なんだと!?」
「ほら、今も説明の途中で声を上げたでしょう。自分の行動すら制御できない者が、部下の行動を制御できると思いますか?」
「てめえ……!」
「反論するなら、具体的な根拠を示してください。怒鳴るだけなら、訓練場の壁にでも向かってどうぞ」
バランが一歩踏み出した。
ガルドが肩をつかんで止める。
「落ち着け、バラン。こいつの口の悪さにいちいち反応してたら、一日中喧嘩することになるぞ」
「……チッ!」
「その判断は正しいですね。珍しく学習能力を発揮したようです」
「ネレウス、お前も少しは黙れ!」
私は頭を抱えた。試験を始める前からこれでは、先が思いやられる。
「はい、そこまで! 今日の試験は模擬防衛戦。敵役が洞窟へ侵入し、中央広間にある物資を奪おうとする状況を想定するよ。候補者たちは、それぞれの得意分野を使って軍団長を支えてね」
トウガが地図を広げた。
「防衛側は三つの区画を守ります。第一は入口付近の通路、第二は資材置き場、第三は中央広間です。敵役には複数の経路を用意し、どの経路から侵入するかは開始後に決めます」
「敵役は誰が担当するの?」
「俺たちだ!」
ガルドが即答した。
「攻撃軍の一部と、機動力のある魔物たちで敵役を担当する。バラン、お前もこっちに来い!」
「えっ、俺が敵役?」
「攻撃軍の候補者なんだから、攻める側も経験しておけ。敵が何を考えて動くのか知らずに、攻撃軍をまとめられるわけがないだろ」
バランは一瞬不満そうな顔をしたが、すぐに口元を上げた。
「なるほどな。なら、全力で突破してやる!」
「ただし、仲間と連携することを忘れるなよ」
「分かってる!」
「本当に分かっているのか、少々疑問ですが」
「ネレウス!」
私は再び声を張り上げた。
こうして模擬防衛戦が始まった。防衛側はレグルを中心に、トウガが配置を考え、セラとネレウスが魔法による支援を担当する。ポヨンとチクタは、戦場の変化を観察しながら、敵の動きを見極める役目だ。
私はミレアとともに、少し離れた場所から全体を見守ることにした。
「開始!」
合図と同時に、ガルドたちが動き出した。
最初に突入したのは、バランが率いる小隊だった。バランは入口付近の通路を一気に駆け抜け、正面から防衛線へ突っ込んでいく。
「正面突破だ! 俺についてこい!」
その勢いは凄まじかった。だが、トウガが事前に設置していた障害物によって進路が狭められ、バランたちは予定よりも早く足を止めることになった。左右に分かれて突破しようにも、片側は資材で塞がれ、もう片側はレグルが守っている。
「くそっ、邪魔なものばかり置きやがって!」
「防衛戦で障害物を置くのは当然でしょう。まさか、敵が親切に道を空けてくれるとでも思っていたのですか?」
ネレウスの声が、後方から飛んできた。
「お前は黙ってろ!」
バランは強引に障害物を押しのけようとした。しかし、その隙にレグルが前へ出て、進路を完全に塞いだ。
「ここから先へは通さない」
「なら、押し通る!」
バランが突進する。レグルは真正面から受け止め、衝撃を全身へ分散させた。バランの力は強いが、レグルの足元は揺れただけで、位置はほとんど変わらない。
「くそっ、硬すぎる!」
「力だけでは突破できないと分かったか?」
レグルが押し返すと、バランは後方へ下がった。以前なら、そのまま何度も正面から突っ込んでいただろう。だが今回は、少し離れた場所で周囲を見回した。
「……なら、別の道を使う!」
バランが小隊へ指示を出し、別経路へ向かう。その動きを見て、ガルドが満足そうに頷いた。
「よし、少しは考えるようになったな」
しかし、防衛側にも課題はあった。
バランたちが正面で足止めされている間、ガルドの別働隊が資材置き場へ回り込んでいたのだ。トウガはすぐに気づいたが、全員へ指示を伝えるまでにわずかな遅れが生じた。
「左側から別働隊が接近しています! レグル様、そちらの通路を塞いでください!」
「分かった!」
レグルが移動する。だが、その間に資材置き場の手前まで敵役が迫っていた。
「まずいですね。連絡が遅れています」
ネレウスが翼を広げた。
「セラ、通路上の魔力標識を使います。あなたは防衛線の魔力を維持してください」
「指示されなくても分かっています。標識の制御は任せます」
「その自信が結果に見合うことを期待しています」
「あなたこそ、口だけで終わらないでくださいね」
二人は言い合いながらも、同時に魔力を流した。通路の壁に設置された標識が青白く光り、各区画の状況が中央広間の小さな魔法陣へ映し出される。これにより、トウガは敵役の位置を一目で把握できるようになった。
「これなら、伝達の遅れを減らせます!」
トウガがすぐに指示を出す。レグルが進路を塞ぎ、資材置き場の守備を担当していた魔物たちが連携して敵役を押し戻した。
「……なるほど。魔法による情報共有は有効ですね」
トウガがネレウスへ視線を向ける。
「この仕組みを常設できれば、防衛軍の連絡体制を改善できます」
「当然です。ただし、標識の配置が悪いと情報の伝達範囲に偏りが生じます。設置場所を決める際は、私に確認してください」
「分かりました。まずは地図を作り直します」
「また地図かよ……」
バランが遠くからぼやいた。
「地図を軽視する者ほど、戦場で迷子になるものです」
「誰が迷子になるか!」
「あなたです」
「まだ何もしてねえだろ!」
私は思わず笑った。ネレウスの毒舌は相変わらずだが、魔法軍の仕事は着実に進んでいる。セラも不満そうな顔をしながら、ネレウスが提案した標識の配置を検討していた。
そして、最後に残った問題がチクタだった。
彼は開始直後から、ポヨンと一緒に中央広間の端へ隠れていた。敵役が接近すると物陰へ移動し、別の通路から足音が聞こえると、さらに奥へ下がる。戦場を観察するという役割は理解しているらしいが、見ている限りでは、ただ逃げ回っているようにしか見えなかった。
「……チクタ、何をしているの?」
私が声をかけると、チクタはびくりと肩を震わせた。
「ひゃっ! ノア様! いえ、これは作戦です! 立派な作戦なんです!」
「どんな作戦?」
「敵の位置を把握しながら、私自身の安全を確保しています! 情報を集める者が倒れたら、誰も状況を判断できませんから!」
「それは分かるけど、何か気づいたことはある?」
チクタは周囲を見回した。
しばらく考え込んだあと、彼は地図を取り出し、中央広間から資材置き場へ続く通路を指さした。
「……敵役の動きが、少し変です」
「変?」
「はい。正面から来たバランさんたちは、障害物を突破しようとして時間を使いました。別働隊は資材置き場を狙いましたが、途中で進路を変えています。これは防衛側の配置を確認するための動きだと思います」
私はミレアと顔を見合わせた。
「どうしてそう思うの?」
「本当に資材を奪うつもりなら、あそこまで何度も進路を変えません。敵役は防衛側がどこまで対応できるか試しているんです。つまり、今の攻撃は囮で、次は守りが薄くなった場所を狙う可能性があります」
チクタは震える指で、地図の一か所を示した。
「ここです。レグル様が資材置き場へ向かったので、中央広間へ続く通路が一時的に空いています。敵役がそこへ回り込めば、物資を奪うことができるかもしれません」
私はすぐに全体を見渡した。
確かに、レグルは資材置き場の防衛に向かっており、中央広間の守りは薄くなっていた。ガルドの別働隊も、ちょうどその方向へ移動を始めている。
「ミレア、チクタの指摘は正しい?」
「はい。現在の配置では、中央広間への侵入を許す可能性があります」
「チクタ、よく気づいたね!」
「そ、そうでしょう! 私は危険を避けることに関しては、なかなか優秀なのです!」
チクタは得意げに胸を張った。
ところが、その直後、彼の足元に転がっていた小さな木片が靴に引っかかった。
「うわっ!」
チクタがよろめき、壁へ手をつく。
その拍子に、壁に掛けられていた古い金属板が揺れた。金属板は落ちなかったが、固定具がずれ、背後に隠されていた小さな連絡用の魔石が姿を現した。
「……あれ?」
チクタは目を瞬かせた。
魔石には、通路の標識と同じ魔力反応がある。だが、こちらは現在の連絡網には接続されていないようだった。
ミレアが確認する。
「旧式の連絡装置です。現在の標識とは別系統ですが、短距離なら信号を送れる可能性があります」
「それ、使えるの?」
「接続を確認する必要がありますが、利用できれば中央広間と資材置き場の連絡を補助できるでしょう」
チクタは自分の足元と魔石を交互に見た。
「……私は何もしていませんよ? ただ転びかけただけですからね?」
「うん、分かってる」
「本当にですか? あとで私の責任にされませんか?」
「されないよ!」
ポヨンが隣で嬉しそうに揺れた。
私はチクタの報告を受け、すぐにトウガへ中央広間の防衛を補強するよう指示した。トウガは地図を確認し、レグルの移動経路を変更する。ネレウスとセラは連絡用魔石の接続を調べ、ガルドたちは敵役の進路を変更して試験を続けた。
結果、敵役は中央広間へ到達する前に進路を塞がれ、物資を奪うことはできなかった。
「試験終了!」
私が宣言すると、訓練場に集まっていた魔物たちが動きを止めた。
ガルドは満足そうに笑い、レグルは防衛線の状況を確認している。トウガはすでに改善点を書き出しており、セラとネレウスは連絡装置の接続について議論を始めていた。
そしてチクタは、真っ先に私のところへやってきた。
「ノア様! 私、戦わずに役に立てましたよね!?」
「うん。敵の狙いを見抜いたのはチクタだよ。あなたがいなかったら、中央広間を突破されていたかもしれない」
「そ、そうでしょう! やはり、無理に戦う必要などないのです! 頭を使えば、危険なことをせずとも勝利に貢献できるのです!」
チクタは嬉しそうに胸を張った。
しかし、ガルドが近づいてくると、すぐに私の背後へ隠れた。
「おい、チクタ。今度は俺たちの訓練にも付き合えよ!」
「ひぃっ! な、なぜですか!? 私は戦闘担当ではありません!」
「敵の動きを読むのが得意なんだろ? だったら、俺たちがどう攻めればいいかも考えられるはずだ!」
「それとこれとは話が違いますぅ!」
ネレウスが冷たく言った。
「逃げることばかり考えているから、いつまで経っても自分の能力を活かしきれないのです。敵の動きを読む力があるなら、それを攻撃側の視点でも使えばいいでしょう」
「あなたに言われると腹が立ちますが……内容だけなら正しいのが、さらに腹立たしいです!」
「感情と事実を分けて考えられるなら、成長の余地はありますね」
「だから、その言い方ぁ!」
私は笑いながら、チクタの肩を軽く叩いた。
「無理に前へ出なくていいよ。でも、仲間が困っているときには、あなたの知恵を貸してあげてね」
チクタは少しだけ黙り込んだ。
それから、ポヨンを見て、小さく息を吐いた。
「……分かりました。危険が少ない範囲で、できるだけ協力します。ただし、退路の確保は必須ですからね!」
「うん。それは大事だね」
今日の試験で分かったことは多かった。バランには戦況を見ながら動く訓練が必要で、トウガの防衛計画は連絡手段を整えることでさらに強くなる。ネレウスとセラは反発しながらも、協力すれば互いの能力を補える。そしてチクタは、戦う力こそ乏しいものの、敵の意図を読み、危険を避けるための判断力を持っていた。
四軍団長だけで戦うのではなく、それぞれを支える副団長が育てば、クロノアの軍はもっと強くなる。
ただし、正式な任命はまだ先だ。実戦での判断、仲間との連携、そして大きな危機に直面したときに何ができるのか。それを確かめてから決めるつもりだった。
その日の夕方、クロウが偵察から戻ってきた。
彼は入口付近で立ち止まり、いつもより低い唸り声を上げた。
「グルル……」
ミレアがすぐに表情を引き締める。
「ノア様。クロウが人間の部隊を確認したようです。数は前回の軍勢ほど多くありませんが、こちらへ向かっている可能性があります」
私は笑みを消した。
「王国軍?」
クロウは一度だけ頷くように頭を下げた。
まだ小規模な部隊なのか、それとも大軍の前触れなのかは分からない。しかし、王国がクロノアを放っておくつもりがないことだけは確かだった。
私は四軍団長と副団長候補たちを見渡した。
「みんな、今日の試験はここまで。ここからは本当の備えを始めよう。敵の規模と目的を確認するまでは、こちらから不用意に動かない。だけど、仲間を守る準備はしておいて」
ガルドが斧を握り、レグルは静かに頷いた。セラとネレウスは連絡装置の整備を急ぎ、トウガは地図を持って防衛線の確認へ向かう。
チクタはというと、青ざめた顔で私を見ていた。
「……ノア様。確認なのですが、偵察だけですよね? いきなり戦争が始まるわけではありませんよね?」
「今のところは分からないよ」
「分からないって……!」
チクタは頭を抱えた。
「やっぱり、私は安全な場所で地図を作っているほうが向いている気がしますぅ……!」
それでも、彼は逃げ出さなかった。ポヨンの隣で震えながら、クロウが示した方角を地図へ書き留めている。
臆病でも、怖くても、できることを探している。
それは、クロノアにとって大切な力の一つだった。




