第105話 口の悪い魔導鳥と、最悪の初対面
トウガが訓練場の測量を始めてから、半日が経過した。
その間に、訓練場の隅に積まれていた資材は種類ごとに整理され、通路を塞いでいた木材は移動され、壁の補強が必要な場所には目印まで付けられていた。作業を手伝ったゴブリンたちは、最初こそ細かすぎる指示に戸惑っていたが、必要な資材をすぐに取り出せるようになると、少しずつトウガのやり方に納得し始めていた。
一方、バランは相変わらずガルドに勝負を挑んでいた。
「もう一回だ! 今度こそ、お前を吹っ飛ばしてやる!」
「その前に、突っ込む癖を直せ! 敵が一人だと思って戦うな!」
「うるせえ! 敵が何人いようと、まとめてぶっ飛ばせばいいだろ!」
「そういう考え方をしてるから、さっきから同じところを狙われるんだ!」
再び二人が激突する。ガルドはバランの突進をわずかに横へ流し、その勢いを利用して地面へ転がした。バランは悔しそうに歯をむき出しにしたが、今度はすぐに立ち上がらず、ガルドの足の動きをじっと見つめた。
「……今の、わざと力を逃がしたのか?」
「やっと気づいたか。真正面からぶつかるだけが攻撃じゃねえんだよ」
「次はそれも破ってやる!」
「その意気だ!」
どうやら、少しずつではあるが訓練の成果は出ているらしい。
私は二人を見届けてから、地下施設へ向かった。残る二人の副団長候補を迎える準備を進めるためだ。
バランは攻撃軍、トウガは防衛軍。それぞれの得意分野ははっきりしている。次はセラが率いる魔法軍を支える人材が欲しかった。敵の魔法を解析し、味方の魔力を効率よく配分し、必要ならば相手の術式そのものを崩す。セラ一人でも多くのことができるようになったが、王国軍が大規模な魔法部隊を投入してくるなら、こちらにも専門家が必要になる。
「ミレア、次の召喚石をお願い」
「承知しました。前回の候補選定では、魔法解析能力と術式干渉能力を重視しました。今回の召喚対象は、その条件に適合する可能性があります」
「性格もいい子だといいなあ」
「性格については保証できません」
「……そこは少しくらい期待させてよ」
私は苦笑しながら、召喚石を魔法陣の中央へ置いた。淡い青色の光が広がり、床に複雑な紋様が浮かび上がる。魔力が一点へ集まり、風もないのに周囲の空気が揺れた。
やがて、光の中から一羽の鳥が現れた。
大きさは大型の鷹ほど。紺碧の羽毛は光の角度によって銀色にも見え、翼の先端には細かな魔法文字のような模様が浮かんでいる。鋭い嘴と金色の瞳は知性を感じさせ、尾羽は細長く、先端が青白く輝いていた。
魔導鳥はゆっくりと翼を畳み、まず周囲を見回した。
そして、私を見た。
「あなたが召喚主ですか?」
「うん。私はノア。ここのダンジョンマスターだよ」
「そうですか」
魔導鳥は短く答えたあと、セラへ視線を移した。
「……なるほど」
「何がなるほどなの?」
「いえ。魔力の流れがずいぶん騒がしい場所だと思っただけです」
セラの眉がわずかに動いた。
「騒がしい、ですか?」
「ええ。複数の魔力経路が互いに干渉しています。循環そのものは成立しているようですが、配分の優先順位が曖昧ですね。これでよく大規模な術式を維持できるものです」
召喚されてから、まだ一分も経っていない。
なのに、いきなりセラの魔力制御へ文句をつけ始めた。
「……あなた、今の状態を見ただけで判断したのですか?」
「当然です。魔力の流れは隠せませんから。もっとも、見る側に知識があれば、という条件がつきますが」
「つまり、私に知識がないと言いたいのですね?」
「そこまでは言っていません。あなたが自分でそう感じたのなら、改善の余地があるということでしょう」
私は思わず額に手を当てた。
早い。想像していたよりも、ずっと早い。
「ちょっと待って。二人とも、初対面なんだから――」
「ノア様」
セラが私を見る。
「この鳥は、私の魔力制御に問題があると主張しています。具体的な根拠を確認したいと思います」
「この鳥とは失礼ですね。私は紺碧魔導鳥のネレウスです。名前くらい覚えてください。もっとも、今の会話を忘れるほど記憶力が悪いとは思いませんが」
「……いいでしょう。ではネレウス。あなたの理論が正しいか、実際に確認しましょう」
「構いません。あなたの魔力制御が私の指摘に耐えられるなら、訂正して差し上げます」
セラの周囲に魔力が集まり、ネレウスの翼が青白く輝いた。
「待って待って! ここで戦わないで!」
私は慌てて二人の間に入った。
セラは不満そうに魔力を収め、ネレウスは何事もなかったかのように尾羽を整えた。
「私は戦うとは言っていません。検証すると言っただけです」
「その検証方法が問題なの!」
ミレアが小さく息を吐いた。
「ノア様。ネレウスの鑑定が完了しました。魔法解析、術式干渉、魔力配分の最適化に高い適性があります。特に、敵が構築した魔法陣の弱点を短時間で見抜く能力に優れているようです」
「それはすごいね!」
「ええ。能力だけを見れば、魔法軍の副団長候補として非常に有望です」
「能力だけ、という言い方が気になりますね」
ネレウスが即座に反応した。
「性格面の評価は、これからの行動で判断する予定です」
「つまり、まだ評価するほどの価値もないと?」
「そうは言っていません」
「では、もっと正確な言葉を選んでください。分析を担当する方が言葉の扱いを間違えるのは、なかなか愉快なことですね」
ミレアの表情がわずかに固まった。
私は初めて、ミレアが言葉に詰まるところを見た気がした。
「……ネレウス、あなたは誰に対してもその調子なの?」
「無能な相手には特にそうなります。優秀な相手にまで丁寧に説明していたら、時間がいくらあっても足りませんから」
「自分で自分を優秀だと言うんだね……」
「事実ですので」
悪びれる様子は一切ない。
しかし、ただ口が悪いだけの魔物なら、ここまでの魔法解析能力は持っていないだろう。私はセラを見た。彼女は怒りを抑えているようだったが、その目にはネレウスの能力を確かめたいという気持ちも浮かんでいた。
「セラ。実際に試してみよう。ネレウスが本当に役に立つなら、今後の戦いで助けになるから」
「承知しました、ノア様」
セラは魔法陣を一つ展開した。複数の魔力経路を組み合わせた、簡単な防御術式だ。魔法軍が敵の攻撃を防ぎながら反撃する場面を想定している。
「この術式の問題点を指摘してください」
ネレウスは一瞬だけ魔法陣を見た。
「三つあります」
「三つ?」
「一つ目。右側の魔力経路が過剰です。防御力を上げるために流量を増やしていますが、消費に見合う効果がありません。二つ目。反撃用の経路と防御用の経路が近すぎます。強い衝撃を受けた際、反撃側まで乱れる可能性があります。三つ目――」
ネレウスは翼を広げ、魔法陣の一部を嘴で示した。
「この接続部です。あなたは術式を安定させるために魔力を循環させていますが、循環の向きが一部で逆転しています。今は問題なく動いていても、長時間維持すれば余計な負荷が蓄積するでしょう」
セラはすぐに魔法陣を調べ直した。
数秒後、彼女の目が見開かれる。
「……確かに。三つ目は、私も気づいていませんでした」
「でしょうね」
「ですが、一つ目の経路は、敵の攻撃が想定以上に強い場合に備えたものです。単純な消費効率だけでは評価できません」
「その場合でも、経路を分ければ同じ魔力で対応できます。あなたの設計では、想定外の攻撃に備えるために、平時から余計な魔力を使っています。防御を担当するレグル殿に聞いてみてはいかがですか。必要なのは常に最大の防御力なのか、それとも必要な瞬間に必要な防御力を発揮することなのか」
セラは黙って魔法陣を見つめた。
それから、ゆっくりと頷く。
「……なるほど。あなたの指摘には一理あります」
「一理どころか、理論上は正しいのですが」
「そこまで言う必要はありません」
「正確さを求めたのはあなたでしょう?」
「あなたの性格についても、少しは正確に評価したほうがよさそうですね」
セラが微笑んだ。
ただし、その笑顔は少しも優しくなかった。
私は二人の間に再び嫌な空気が流れ始めたのを感じ、慌てて手を叩いた。
「はい、そこまで! 能力があることは分かったから、次は実際の仕事について話そう!」
ネレウスは翼を畳み、セラも魔法陣を消した。
「私は構いません。無駄な言い争いに時間を使うつもりはありませんので」
「その言葉、そっくりお返しします」
「では、これ以上は何も申し上げません。あなたが自分の課題を理解したようですから」
「……本当に、一言余計ですね」
私は深く息を吐いた。
それでも、収穫はあった。ネレウスはセラの魔法制御を否定するだけではなく、具体的な問題点と改善案を示した。セラもそれを感情だけで拒絶せず、自分に足りない部分を認めている。
この二人なら、意見が衝突することは多いだろう。けれど、互いの実力を認められるようになれば、魔法軍は大きく成長するかもしれない。
「ネレウス。魔法軍の副団長候補として、しばらくセラと一緒に働いてみてくれる?」
「候補、ですか」
「うん。実際に働いてもらって、仲間との連携や判断力も見たいからね」
「合理的な判断です。肩書だけ先に与えて、実務能力を確認しないよりは賢明でしょう」
「……ありがとう?」
「礼を言われるようなことはしていません。事実を述べただけです」
どうやら、褒めても素直に受け取ってくれないらしい。
そのとき、訓練場の外から大きな足音が近づいてきた。ガルドとレグル、それにバランとトウガが顔を出す。
「新しい仲間が来たって聞いたぞ!」
ガルドがネレウスを見て、豪快に笑った。
「お前が魔法軍の候補か。俺はガルドだ。よろしくな!」
「あなたが攻撃軍の軍団長ですか。なるほど、魔力より筋力を重視する典型的な戦闘型ですね」
「おう! よく分かったな!」
「褒めてはいません」
「そうか! まあ、よろしく頼む!」
ガルドはまったく気にしていなかった。
ネレウスが一瞬だけ言葉を失う。
「……なるほど。こういう相手には、説明するだけ無駄ということですか」
「なんだと?」
「いえ。あなたの長所は、細かい言葉を気にしないところだと評価しただけです」
「そうか! ならいい!」
私は思わず吹き出した。
ネレウスの毒舌が通用しない相手もいるらしい。
セラは呆れたように首を振り、レグルは静かにネレウスの能力を見極めようとしている。トウガはというと、ネレウスの魔力経路を観察しながら、何かを考え込んでいた。
「ネレウス殿。その魔法陣の構造を記録してもよろしいでしょうか。防衛設備へ魔力を供給する際、参考になるかもしれません」
「構いません。ただし、構造を理解せずに模倣するのはやめてください。間違った理解で設備を作られると、修正する側が迷惑です」
「……分かりました。まずは仕組みを確認します」
トウガは真面目に頷いた。
こうして、新しい仲間ネレウスがクロノアに加わった。彼が副団長として認められるかどうかは、まだ分からない。しかし、王国軍との戦いが近づく中で、魔法軍に新しい知識と能力が加わったことは大きい。
残る副団長候補は、幸運軍を支える一体だけだ。
ポヨンの能力は、これまで何度もクロノアを救ってきた。だが、予測できない偶然に頼るだけでは、大規模な戦争を乗り越えられるとは限らない。ポヨンが引き起こした小さな変化を見つけ、それを仲間たちの利益につなげられる存在が必要だった。
「次はポヨンを支える仲間だね」
「はい。ただし、幸運に関する能力は鑑定だけでは判断しにくい部分があります。慎重に見極める必要があるでしょう」
「そうだね。どんな子が来るのかな……」
私は残った召喚石を見つめた。
攻撃、防御、魔法。それぞれの軍団に個性の異なる仲間が集まり始めている。次の一体も、きっと一筋縄ではいかないだろう。
それでも、クロノアを守るために必要なら、私は仲間を増やし、力を合わせる方法を探していく。
王国軍が次に動くまで、時間は限られている。
そして、最後の召喚石に手を伸ばした瞬間、その表面に小さな光が灯った。




