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化けの皮

「嫌……嫌よ! 離しなさい! 汚い手で私に触らないで!! 私はこの国の王太子妃なのよ! 聖女エルザ様よ!?」

王宮のきらびやかな廊下。

そこを、私は二人の大柄な帝国兵によって、泥人形のように引きずり回されていた。

新調したばかりの最高級のシルクドレスは、前庭の泥と兵士たちの手垢で汚れ、見る影もなく引き裂かれている。自慢のふんわりとした癖毛も乱れ狂い、まるで狂女のようだった。

「静かにしろ、売女が」

帝国兵の一人が、ゴミでも見るような目で私を一喝し、背中を乱暴に小突いた。

「ひゃっ!? 痛い、痛いですぅ……。そんなに乱暴にされたら、私、死んじゃう……っ。ねえ、優しくして? お願い……」

私は痛みに涙を浮かべ、反射的に、いつもの「守ってあげたいウサギさん」のあざとい表情を作り、濡れた瞳で兵士を見上げた。

どんな男も一撃で骨抜きにしてきた、私の必勝の表情。

けれど――兵士の顔は、ピクリとも動かなかった。

「おい、見ろよ。この期に及んで、男を誘惑するような目つきをしてやがるぞ」

「本当に下品な女だな。こんな浅ましいメス狐に引っかかって国を滅ぼしたのだから、あの王太子とやらも相当な間抜けだ」

彼らはあからさまな嫌悪感を露わにし、私をさらに強く引きずり倒した。

私の心臓は、屈辱と恐怖で激しくの打ち振るった。

(な、何よ……! なんで効かないのよ!? 私、こんなに可愛いのに! どんな男だって、私のこのお顔と、上目遣いを見れば、デレデレして言うことを聞いてくれたのに!!)

男という獣を飼い慣らすための私の「あざとさ」が、完全に壊れてしまっていた。

それもそのはずだ。帝国の兵士たちにとって、私は「自国を救ってくれた神聖な聖女コレット様を陥れ、国ごと滅ぼしかけた大罪人」に過ぎない。

そんな不潔で邪悪な女に色目を使われて、興奮するまともな男など、この世にいるはずがなかった。

「うっ、うう……っ。ジュリアン様、助けて、助けてください……っ」

私はすがるように、少し先を引きずられている男の名を呼んだ。

「黙れ! 私に話しかけるな、この疫病神め!!」

前を歩くジュリアン様が、狂ったように私を怒鳴りつけた。

彼の姿も、見るに耐えないほど悲惨だった。

王太子の象徴であった金色の髪は泥で固まり、仕立ての良いタキシードは破れ、背中には昨夜私がつけた爪痕が血を滲ませて虚しく晒されている。

その端正だった顔は、自己保身と、コレット様への未練、そして私への憎悪で、化け物のように醜く歪んでいた。

「すべてはお前のせいだ、エルザ! お前がその淫らな体で私をたぶらかし、薬でも盛るように狂わせたからだ! 私の輝かしい未来を、王座を、コレットを……! すべてお前が奪ったんだ!!」

「はあ!? 何言ってるのよ、この腑抜け! ベッドの上で『エルザのそこ、最高だ』って、よだれを垂らしながら私の腰にしがみついていたのはどこの誰よ!? おねだりしたら、一発で法律まで変えてくれたくせに、今さら被害者ぶるんじゃないわよ!!」

「お、おのれぇ……っ! この、淫乱な牝狐がぁっ!!」

「そっちこそ、国一つ守れない無能な去勢犬のくせに!!」

かつて「神聖なシーツ」の上で、朝まで淫らな愛を囁き合っていた二人が、今は泥水を掛け合うように罵り合っている。

帝国兵たちは、そんな私たちの醜悪なキャットファイトを、ただ冷笑しながら見物していた。

やがて、私たちは王宮の最下層、日光すら届かない、じめじめとした地下の「円形法廷」へと連行された。

そこは、罪人を裁くための神聖な場所。

高い傍聴席には、かつて私に媚びへつらい、ドレスや宝石を贈ってきた我が国の貴族たちが、一転して私を呪うような冷たい目を向けて座っていた。

そして、裁判官の席に座っていたのは――。

帝国の皇帝名代である将軍、そして、その隣に、白銀の光を放つコレット様が、神々しい法衣をまとって静かに座っていた。

「罪人、ジュリアン、並びにエルザ。これより、汝らの罪に対する『神判』を執り行う」

将軍の重々しい声が、地下の石壁に反響した。

「王太子ジュリアン。汝は、聖女コレットとの誓約を不当に破棄し、国費を愛欲のために乱用し、国境の維持を怠って数万の民を死に至らしめた。――これらは、国家反逆罪、並びに大逆罪に相当する」

「ま、待ってくれ! 私は騙されていたのだ! 聖女コレット、頼む、君からも言ってくれ! 私はただ、このエルザの呪術に……っ!」

ジュリアン様が必死にコレット様に手を伸ばし、涙ながらに訴えた。

コレット様は、その哀れな元婚約者を、感情の失せた目で見つめ、静かに口を開いた。

「ジュリアン殿下。あなたに呪術などかかっていなかったことは、私の魔力測定で証明されています。あなたはただ……その女の差し出す、安易な快楽と、自分を全肯定してくれる甘い嘘に、自ら喜んで溺れただけです」

「あ、あう……っ」

「そして、エルザ」

コレット様の冷徹な視線が、私に突き刺さる。

私は思わず、びくりと身体を震わせた。

「あなたは神聖なる聖女の地位を騙り、魔力もない身でありながら国を欺き、聖遺物を意図的に破壊した。その罪、神の加護を冒涜する万死に値するものです」

「ち、違う! 私はただ、ジュリアン様に愛されたかっただけで……っ! コレット様、お優しいあなたなら、私のような哀れな平民の過ちを許してくださいますよねぇ……っ?」

私は泥だらけの顔で、最後の、最後のあざとい演技を試みた。

涙をぽろぽろとこぼし、上目遣いで、か弱く、震える声で縋り付く。

けれど、コレット様は、フッと小さく、冷たい鼻笑いを漏らしただけだった。

「エルザ。まだそんな、男をたぶらかすための安い演技が通用すると思っているのですか。……あなたたちの罪は、ただの死罪では生ぬるい」

コレット様が立ち上がり、その美しい手に、かつて私が踏みにじって壊したはずの、あの「金色のロザリオ」を握りしめた。

ロザリオは、コレット様の強大な魔力によって、壊れる前よりも何倍も美しく、神聖な輝きを放って修復されていた。

「神に背き、神の加護を愛欲のために貪った不浄の者たちよ。その身に刻まれた『若さ』と『美貌』、そして『生命力』を、神への贖罪として返上しなさい」

「え……?」

私が目を見開いたその瞬間、コレット様のロザリオから、目も開けられないほどの凄まじい「純白の光」が放たれ、私とジュリアン様を包み込んだ。

「あ、熱い!? 何これ、熱いぃぃぃいいっ!!」

身体の奥底から、自分の「何か」が、無理やり引き剥がされていくような、筆舌に尽くしがたい激痛が走った。

それは、細胞の一つ一つが、急速に枯れ果てていくような恐怖。

「ひ、ひぃっ! 身体が、私の、腕が……っ!?」

私は自分の両手を見て、絶叫した。

白く、柔らかく、男たちを虜にしてきた私の皮膚が、一瞬にして、カサカサとした、茶色い「老人」のような深いシワだらけの皮膚へと変貌していく。

指先は細く、お化けのように曲がり、爪は黄ばんで割れていく。

「鏡……! 鏡を見せて! 私のお顔は!? 私の可愛いお顔はどうなっちゃったのぉぉぉおおっ!!」

私は狂ったように自分の顔を触った。ふっくらとしていた頬は削げ落ち、張りのあった肌はタルタルに弛み、目の周りには無数のシワが刻まれているのが、触るだけで分かった。

頭頂部からは、自慢だったふんわりとした髪がボロボロと抜け落ち、残った毛髪は一瞬にして、薄汚い灰色(白髪)へと変わっていった。

「う、うあぁぁぁっ! 私は、私は王太子だ! なぜ、なぜこんな姿に……っ!」

隣を見ると、ジュリアン様もまた、腰の曲がった、シワだらけの醜い老いぼれへと変貌していた。かつての金色の髪はハゲ散らかし、見る影もない。

神聖魔力の乱用、並びに神罰による「強制老化の呪い」。

私たちから、若さも、美貌も、そして「人を騙すための武器」も、すべてが根こそぎ奪い取られたのだ。

「あああああ! 嫌あああああ! 私の、私の可愛いお顔がぁぁっ!!」

私は自分の顔を掻きむしりながら、冷たい石畳の上でのたうち回った。

傍聴席の貴族たちからは、同情の声など一つもなく、「ざまあみろ」「化け物め」「お似合いの姿だ」という、冷酷な嘲笑と罵声だけが浴びせかけられた。

コレット様は、そんな醜く老いさらばえた私たちを、一度も見返すことなく、光り輝く未来へと歩み去っていった。

その背中は、あまりにも遠く、神々しかった。

「罪人エルザ、ジュリアン。汝らを、終身、最下層の地下牢へと監禁する。一生、光の届かぬ泥濘の中で、自らの大罪を悔いるがいい」

将軍の無慈悲な宣告と共に、私たちは、引きずるようにして、さらに暗い、暗い地下の底へと連行されていった。

第9話(最終話)へ続く。

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