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本物の凱旋、大逆襲

――キィィィィィィン……ッ!

鼓膜を突き刺すような、清澄な高音が王宮の空に響き渡った。

それは、数か月間この国が失っていた、優しくも絶対的な「神聖魔力」が世界に満ちていく音だった。

「な、何だ……? この光は、一体……」

私を殴り飛ばそうと振り上げていたジュリアン様の腕が、空中でピタリと止まる。

彼だけではない。王宮のバルコニーにいた神官たちも、死を覚悟して地面を這いずり回っていた満身創痍の兵士たちも、そして獲物を目の前にして狂暴に咆哮していたはずのベヒモスすらも、その動きを完全に止めて天空を見上げていた。

重苦しく王都を覆っていた紫色の暗雲が、まるで鋭い刃で裂かれたように左右へと割れていく。

その裂け目から差し込んだのは、かつてこの国を温かく包み込んでいた、あの神々しい黄金の光輝だった。

そして、その光の道を通ってゆっくりと降臨してきたのは、一艘の巨大な魔導飛行船だった。

船体に刻まれているのは、この国の隣にある超大国「帝国」の、眩いばかりの金色の紋章。

「嘘……嘘よ……なんで、帝国の軍旗が……っ」

私は泥まみれの床にへたり込んだまま、ガタガタと歯を鳴らしてその光景を見つめていた。

帝国の飛行船の甲板、その最先端に立っている人影。

純白の、けれど以前使っていたものとは比べ物にならないほど贅沢な、神糸で織られた神聖衣を身にまとった女性。

陽光を浴びてキラキラと輝く美しい白銀の髪、そして、一切の穢れを寄せ付けない冷徹なまでに澄み切った瞳。

「コ……コレット……!?」

ジュリアン様が、掠れた、信じられないといった声を漏らした。

そう、そこに立っていたのは、私たちが「冷酷で可愛げのない偽聖女」と罵り、この国から惨めにお払い箱にしたはずの、本物の聖女――コレット様だった。

彼女の背後には、帝国が誇る最強の竜騎士団と、数千の魔導兵たちが整然と並んでいる。

コレット様は、かつて私を神殿の物置部屋に左遷した時と同じように、いや、それ以上に冷ややかな、虫ケラを見るような目で、バルコニーで醜く泥にまみれている私とジュリアン様を見下ろした。

「コレット、コレットなのか……! おお、やはり戻ってきてくれたのだな! 早く、早くこの化け物を退治してくれ! そして私を救うのだ!」

ジュリアン様は手のひらを返し、狂ったようにバルコニーの手すりにすがりついて叫んだ。

先ほどまで私を「売女」と罵り、暴力で解決しようとしていた男とはとても思えない、情けない変わり身の早さだった。

コレット様は、そんな王太子の命乞いに一切応えることなく、静かに右手を天へと掲げた。

「――神の御名において、この地に満ちる不浄を薙ぎ払わん」

その凛とした声が響いた瞬間、彼女の全身から、文字通り「天を衝くほどの黄金の魔力」が爆発的に解き放たれた。

私のように、魔石を使って小賢しく発動させる魔力とは次元が違う。世界そのものを書き換えるような、圧倒的な「奇跡」の光。

「光の聖域ルクス・セクレタ

彼女が小さく呟くと、王宮の前庭全体を覆い尽くすほどの、巨大で強固な魔法陣が何重にも展開された。

その光がベヒモスに触れた瞬間――。

「グガァァァァァァッ!?」

山のように巨大だった魔獣が、悲鳴をあげる暇すらなく、光の粒子となって霧散していった。

それだけではない。王都の至る所に侵入していた数万の魔獣の群れが、コレット様が展開した黄金の結界に触れた瞬間、紙クズのように一瞬で焼き尽くされていく。

あんなに苦しんでいた瘴気が一瞬で浄化され、王都の空には、かつてないほどに澄み切った美しい青空が戻ってきた。

「おおおおおっ……!」

「聖女様……! 本物の聖女様が戻ってこられたぞ!!」

「帝国軍を率いて、私たちを救ってくださったのだ!!」

生き残った騎士たちや神官たちが、涙を流して地面にひれ伏し、天空のコレット様に向かって祈りを捧げ始めた。

その光景を見て、私の全身に、これまでにないドロドロとした嫉妬と焦燥が駆け巡った。

(なんで……なんであんな鉄仮面が、あんなに神々しく輝いているのよ!?)

(帝国軍を率いるですって!? 追放されたはずなのに、なんであんな贅沢な服を着て、皆に崇められているのよ!!)

飛行船がゆっくりと王宮の前庭に着陸し、コレット様が帝国の精鋭騎士たちに護衛されながら、優雅にタラップを降りてくる。

彼女を迎えるために、私はジュリアン様に腕を引っ張られ、這うようにして前庭へと引きずり出された。

「コレット! よくぞ戻った! 信じていたぞ、お前が私の元に帰ってきてくれると!」

ジュリアン様は泥だらけの服のまま、コレット様の前に跪き、その靴にすがりつこうとした。

「やはり、あのエルザとかいう平民の売女は偽物だったのだ! あいつが私を誘惑し、薬を盛るかのように私を狂わせたのだ! 私は騙されていたのだ、コレット! お前との婚約を破棄したのも、すべてあいつの差し金だ! 頼む、私を許してくれ! お前を再び私の第一妃として迎え、終身聖女の地位を約束しよう!」

「ジュリアン様、な、何を言っているの……!?」

私は驚愕してジュリアン様を見つめた。

ベッドの上であれほど「お前だけが私の天使だ」「エルザなしでは生きられない」と喘ぎ、私の胸に顔を埋めて涙を流していた男が、今、私のすべての罪をなすりつけ、保身のために尻尾を振っている。

(この、クズ男が……!!)

「ふふ、あはははは!」

私はこらえきれず、泥まみれの顔で高笑いした。

もう、あざといウサギの仮面なんて、どこにも残っていなかった。

「何が『騙されていた』よ、ジュリアン様! あなた、私の夜のテクニックに骨抜きにされて、ベッドの上でよだれを垂らしながら『エルザ、お前の中は最高だ、コレットなんてマグロの冷たい女はいらない』って言ったじゃない! 結界の予算を私のドレス代に変えろって言ったのは、あなたじゃないの!!」

「だ、黙れ! 黙れ不浄な売女め! 私はお前の呪術にかけられていたのだ! コレット、あいつの言うことは嘘だ、信じないでくれ!」

「嘘なわけないでしょ、この腑抜け! あなたの背中にある、私が昨夜つけた爪痕を見せてあげましょうか!? 泥棒猫にそそのかされた被害者のフリをするなんて、本当に醜いわね、この馬鹿王子!」

「お前こそ、ただの見習いの分際で、私を騙して国を滅ぼしかけた大罪人だろうが!!」

血相を変えて、互いの髪を掴み合わんばかりに怒鳴り合う、私とジュリアン様。

かつて「神聖なベッド」の上で、淫らな愛を誓い合っていた二人の、これが成れの果てだった。

その醜い罵り合いを、コレット様は、ただ冷たく、退屈そうに見下ろしていた。

「――醜悪ですね」

その一言で、周囲の空気が凍りついた。

コレット様は、すがりつこうとするジュリアン様を一歩下がって避け、汚い泥を見るような目を向けた。

「ジュリアン殿下。勘違いしないでいただきたい。私は、あなたやこの国を『救う』ために戻ってきたのではありません」

「え……? コレット、何を言っているのだ……? お前は今、結界を張り直して、我が国を救ってくれたではないか……」

「これは、我が新たなるあるじ、帝国の皇帝陛下の領土となる地を、一時的に保護したに過ぎません」

コレット様の背後から、一人の筋骨逞しい、威厳に満ちた帝国の将軍が進み出た。

将軍は冷酷な笑みを浮かべ、ジュリアン様にスクロールを突きつけた。

「我が国は、帝国に『聖女コレット』を無償で引き渡す代わりに、莫大な支援金を受け取るという秘密条約を結んでいましたね。しかし、あなたがたは彼女を『追放』という形で条約を一方的に破棄した」

「あ、それは……」

「我が帝国は、不当に扱われた聖女コレット様を正式に『国賓』としてお迎えした。そして同時に、あなたがたの条約違反、並びに国境の維持義務放棄による魔獣被害の拡大を理由に、この国への『宣戦布告』を決定した。……この国は本日を以て、帝国の属領となります」

「な……な、何だと……っ!?」

ジュリアン様が、絶望に目を見開いて地面に崩れ落ちた。

コレット様は、そんな彼を一瞥もせず、私の方へとゆっくりと歩み寄ってきた。

彼女の靴音が、私の心臓の鼓動のように冷たく響く。

私は泥にまみれたまま、コレット様を見上げた。

彼女の纏う圧倒的な神聖魔力、そして本物だけが持つ、侵しがたい美しさに、私は息をすることすら忘れていた。

「エルザ」

コレット様は、私の目の前で立ち止まり、静かに私を見下ろした。

怒りも、憎しみも、嫉妬もない。

ただ、最初から最後まで、私という存在を「取るに足らないゴミ」としてしか認識していない、絶対的な強者の目がそこにあった。

「あなたが肉体と嘘で築き上げた『偽りの玉座』はいかがでしたか? 楽しかったですか?」

「う……ぅ、うあ……っ」

私は声が出なかった。

あざとく首を傾げて「ごめんなさいですぅ」と甘えてみせようとしても、喉が引き攣って声にならない。私の自慢だった「女の武器」が、彼女の放つ神聖な威圧感の前に、完全に無効化されていた。

「人は、自らの価値に見合わぬ席に座るべきではありません。……あなたが犯した罪の重さ、これからその身を以て、たっぷりと味わいなさい」

コレット様は二度と私を見ることなく、優雅に身を翻し、帝国の将軍と共に王宮の奥へと歩き去っていった。

「嫌……嫌よ! 待って、コレット! 助けて! 私はただ、可愛くお上品に生きたかっただけなのに……! なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよぉお!!」

私の絶叫は、凱旋を称える民衆の歓声にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

私の手から、きらびやかなドレスも、宝石も、王太子妃の未来も、すべてが砂のようにこぼれ落ちていく。

ただ、底知れない「破滅」の予感だけが、冷たく私の全身を支配していた。

第8話へ続く。

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