05 絶望戦域/楽園幻想:Ⅴ
仮想現実。適当で都合のいい虚構。平和で豊かで夢のような……幻。
軍が製造したこいつは、どういうわけか三百年前の日本をモチーフにしているんだよな。ライトノベル全盛の時代……よりは少しずれている感じか。平成から令和にかけてのイメージだから。
まあ、どうでもいいことだ。
たとえ江戸時代をモチーフにしていたって、地球上である限りは十分に贅沢な環境なんだ。何しろ水も空気も好き放題に消費できるんだから。
それに、仮初でも人権がある。軍と無関係という気分でいられる。
どう過ごそうが自由なんだから、さ。
学園をサボるわけだ。
ゴージャスなパレードのような喧騒を避けて、お慰みのグルメもうっちゃって、暇つぶしの文化コレクションなんざ見向きもせずに、矢城なんていう適当な苗字で呼ばれることのない孤独を楽しもう。
よおし、俺、ロフトからも降りないぞう。ここの狭さはいい具合なんだ。コクピットと違って心地良く落ち着ける狭さ。毛布もある。ライトノベルも何冊も。
さて、どれを読むかな? どれもこれも傑作アーカイブだぜ。
ラブコメは気分じゃない。SFは冗談じゃないし、バトルだの戦記だのもお腹一杯だ。ミステリやホラーはライトじゃないからここにない。ファンタジーかな。ストレスフリーなやつがいいけれど、でも、転生系は……楽しめる身の上じゃない。
あーあ。魔法があればいいのにな。チンカラホイでもビームでも。
チートとかスキルとかレベルとかも、わかりやすくていい。モンスターになるやつでもいい。神様なんてのがいるやつもたまらなく素敵だ。
別に、救われる物語でなくてもいいんだ。
そこまでは望まないから。
せめて、誰かのせいにできたなら……それだけで少しは救われたのに。誰かを憎むことで誤魔化せる色々があったろうにな……チクショウ。
本、邪魔だ。
クソが。クソッタレが。
ポータブル動画プレイヤー、起動。
オープニングは飛ばして……ここだ。大学病院の一室から。インタビューを受けている少年。何度見ても貧相なやつめ。オドオドとしやがって。
「に、日本国が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久不変の権利として、現在及び将来の国民に与へられるものである。私『ピ―――』はそれを承知すると共に、この掛け替えのない権利は私の保有する唯一無二のものであることを、ここに宣言する―――えと、これで……いいんですか? あ、はい、あの……ありがとうございます。頑張ります……いや、その、全身麻酔ですから、僕、寝るだけですけど――――」
照れて笑うんだからな。コノヤロウ。
何をしているかもわからないで。何かを成し遂げたかのような顔をして。
「そうですね……何だかフワフワしてます。夢でも借金に苦しんでいましたから。もう心配しなくていいんだって実感が……うん……すごく幸せです。これで母を入院させられますし、妹を高校へ通わせられるようにだってなるんですから」
キラキラした目だ。反射板のまぶしさばかりじゃない。思いがけない幸福に目がくらんでいるんだ。これから素敵な日々が始まると期待して……馬鹿め。
「はい。本当に感謝していますよ。『特別支援幸福追求奨励制度』っていうチャンスがあってくれて」
確かに、あれはチャンスと言えばチャンスだった。
持って生まれた『遺伝子情報』と、その日まで生きてきた『記憶』……それらの複製を譲渡するだけで数千万円からの補助が受けられる。失うものは何もないし、義務も制約もほとんどない。
マネーイズパワー。人生の可能性が広がる。幸福を求められる。
けれど、うまい話には裏があるものさ。
「はい。わかってます。僕の複製人間が造られるかもしれないんですよね? 正直、ちょっと怖いような気もします……もしも自分に成り代わられたら、とか……」
馬鹿な発言だ。世間の道理ってやつがわかっていない。
人権は、至宝だ。
この上ないものなんだ。
その尊さと、それを死守せんとする社会の徹底ぶりを教えてやりたい。凄いぞ。日本人であることは……先進国の国民として生まれたことは、先天的にして大いなる既得権益。持つ者が持たざる者の無法など許すはずもない。
「もちろん、信じてます。僕にも、僕を知る他の誰にも、僕のクローン人間が接触することはない……そもそも国内に置かれることはないんですよね?」
クローン人間に人権なんて素敵極まるものはない。宣言の通りに、唯一無二のそれは有権者が専有するものだから。
「……大丈夫です。全部承知で、制度の申請をしたんですから」
クローン人間にあるものといえば、強制労働だけ。
人間として運用されないんだから、ひどいものさ。過労死と再製造とを費用対効果の秤にかけるような、危険で過酷で陰惨な仕事ばかり。他方、高度かつ長期の育成を必要とする専門職にも需要が高い。消耗が激しい現場ならば尚更となる。
つまるところ、最も必要とされる場所は、最新の戦争の最前線。
例えば強襲索敵艇のパイロット……マルレ乗りなんていう特攻兵だ。
「そうですね。もしもクローン人間が造られたとしたら―――」
特別支援幸福追求奨励制度など、もうとっくの昔になくなった。
今やクローン人間の製造は刑罰にも使われる始末だ。
えげつないぜ。死刑は廃止され、懲役二百年なんて判決が文字通りのものとなっている。身売りも「全体的」だ。性サービスを売るよりも内臓を売るよりも、「自分の分身」を売った方がまとまった金になる。
うちの中隊にも色々といるよな。どいつもこいつも追い詰められた阿呆さ。重犯罪者やら重債務者やら、とにかくも社会の負け犬ばかり。
クレハ少尉は情状酌量の余地があるとはいえ父親殺しだし、中隊長はお子さんの手術費用のために身売りをしたと聞く。トニー兵長は何だったかな。ああそうだ、事業に失敗して宇宙船を買える金額の債務を負ったんだっけ。
ナナイはその辺を話したがらないけれど、恐らくは碌でもない……不幸自慢もできないような不幸なんだろ? むご過ぎるのか、それとも下らないのかでさ。
俺は後者になるのかな。遊ぶ金欲しさでってことにしてあるけれど。
「―――僕にできることって、ちゃんと幸せになることくらいなんですね」
そうだな。ちゃんと幸せになっていてほしいよ。本当に。
それで精々妬ませてくれ。せめて。
「はい、頑張ります。きっと夢を叶えてみせます」
夢……ねえ。
ライトノベルのような学園生活を送りたいとは口にできなかった。それでも大検はとるつもりだったんだよな。勉強なんていう贅沢な時間の使い方をしてさ。
ふにゃりととろけるような笑顔でもって、はい、恐るべきバカヤロウのインタビュー終わり。なあにが「夢を叶えてみせます」だ。助走をつけてぶん殴りたいぜ。目覚めた時の写真を貰っておけばよかったかな。間抜け面をダーツの的にできた。
俺め。
俺というクソバカヤロウめ。
ああ、ああ、人の黒歴史に対して提供クレジットの多いこと。
まずは古めかしく奥ゆかしく日本国政府と国連のものが表示されて、その後に真新しく仰々しく環太陽系連邦のものが現れ、最後には人類総軍と六分儀座方面軍のものがモニターを埋める仕様。消音モードにもできない。強制的な恒星間行軍歌。
映像を冒頭へ。再生。眺め続けてやる。そういう風に仮想の時間を過ごすんだ。
これは儀式だ。
他の誰のせいでもなく、俺は『俺』のせいで俺であるという……このクソッタレな現実を受け入れるための。後悔と絶望を思い知るための。
だって、憤りが必要なんだ。自分をブチ殺したくなるような、この激情が。
それがなきゃ、さもなきゃ、情けなくって……怖くって……涙が出てきやがる。何なんだよ、DeFAってのは。おぞましい化物ども。死んでも死んでも、戦い続けなきゃならないとか……いい加減、もう、勘弁してくれよ。
「うう……チクショウ……」
こんな世界、滅んじまえ。
さもなきゃ、俺、消えちまえ。
「クソ……クソッタレ……!」
エースじゃねえよ、俺なんて。なあナナイ。どこが希望なんだよ。
ないって、明るい未来なんてものは。救われないんだって。もう何十年と戦争していて、迎撃するばかりで、敵の正体すらろくにわかっちゃいない……終わりのない戦いなんだよ、これは。
だって、DeFA、無限に湧いてくるじゃないか。
それで、俺たちも、無限に再製されるじゃないか。
地獄だろ、こんなのは。
死に慣れたってダメなんだ。ナナイ、お前、俺のそばでばっかり死ぬから……きついんだよ。懐いてくるなよ。いちいち悲しいんだよ。誰かの死の方が痛いんだ。
救われない……俺たちは本当に救いようがない。
延々と続く死のシューティングゲーム……やめる方法なんて、ないから。
パソコンを立ち上げる。飛鳥無限を起動する。難易度は最も頻繁に遭遇する戦闘状況。隠しコマンドを入力。ゲームスピードを高速化。
敵をDeFAだと思え。
自機がやられるたびに、誰かも死ぬと思え。
戦場を俯瞰するこいつは戦闘シミュレーションとして最適なんだ。敵がどのように襲ってきているのかを知れる。どうして危機的状況が生じ、どうすればそれを脱する可能性が高いかを理解できる。空間戦闘では認識できない間隙を埋められる。
磨き上げるんだ。憩う暇なんて、ないんだ。




