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04 絶望戦域/楽園幻想:Ⅳ

 敵。敵。敵。


 DeFAめ。サソリやザリガニのようだったり、ノミやダニのようだったり、気色悪いことこの上もない。複数個の目を黄色く光らせて殺到してくるから。


「八四六番、FOX1」


 短距離ミサイルを撒き散らす。照準はいい具合にいい加減で。戦闘補助AIによる自動誘導選択の、痒い所に手が届くようで届かない、その絶妙なラインを巧妙に利用して―――俺は幾つもの瞬きに照らされるわけだ。


 アラート。進路上にまだ敵。ガトリング砲発砲。打ち砕いても敵また敵。トリガーを引いたまま薙ぎ払う。敵の破片を散らかして、その隙間を縫っていく。


 敵群の内側へ。


 減速なんてしない。増速あるのみだ。直進もしない。悪意の潮流に逆らって跳ね回る。スラスターを乱れ吹かし、この虚空を稲妻めいて。


 高速ザリガニは速い。それでも俺を捉えきれやしない。機動で翻弄すればいい。


 宇宙サソリは硬い。砲火を集中してやればいい。黄目を潰してもいい。


 航宙ノミだの船喰ダニだのは相手にしない。切りがない。


「八四六番、FOX2」


 群れの濃いところへ中距離ミサイル。そら、それで突き抜けられる。置き土産にFOX1もコール。有象無象を蹴散らして追手を煙に巻く……ん?


 これは……殺意を飛沫と散らせて……何かが来る?


<注意。攻撃照準波を検知。自動捜索中……発見しました。観測します>


 は? 攻撃照準波? しかも速い。高速ザリガニよりも速いぞ。


<データ照合中……該当ありません。新型です。データ収集義務が生じました>


 見えた。何だあれは。魚のような流線型。青々として凄惨な眼光。


 歯ぎしりが聞こえそうなほどの、激しい、憎悪。


<警報。ミサイルロック>


 バカな。何でそんなことをやってくる。どうしてそれを感知できる。照準照射の概念が、技術が、化物と人類総軍とで共通したとでもいうのか。


<警報。不明敵、ミサイル発射>


 この角度と速度。効果的な攻撃だ。振り返る。見る。多少の違いはあるものの、あれは俺のよく知るミサイルに似ている。中距離高速指向性弾頭弾。


 楽に死ねるやつだけれど、そうもいかない。見極めないでは済まされないぞ。


 タイミングを計って……ここだ、ブレイク。急旋回。


<ミサイル回避。対象の光学撮影に成功しました。次は現物を回収してください>


 この敵……振りきれないが、追い付かれもしない。旋回性能も似たり寄ったりとは、どういう敵だ。それにこの機動……こっちの機動をわかっている風でもある。


 何の冗談だ。まるで強襲索敵艇に襲われているようじゃないか。


 またミサイルロック。やられ放題だぞ。戦闘補助AIめ、どうしてECM(電子対抗手段)を作動しない……クソ、情報収集の邪魔になるからか。撃墜されてでもデータ送信をする気だな。斥候兵としての正しさが俺を殺そうとしている。


<警報。不明敵、ミサイル発射。二発>


 壁際のここいらに……左手を這わせて……あった。テープカバーを引きはがす。自爆スイッチのような物理ボタン。押す。


<オーバーブーストが選択されました。出力リミッターを十秒間解除します>


 噴射力に任せて高速スライド移動。上下左右に振って、引きつけてから……あと二秒……急旋回。血流が阻害される音と船体が軋む音。


「ぐ……う……」


 切り―――抜けた。危ういところだった。


 まだ来る。噛みついてくるような追尾だ。ドッグファイトをやろうというのか。その射線の取り方、ガトリング砲まで積んでいるとでも?


「……ぐ、ふ……」


 それならそれで、やりようはあるぞ。


 直進。ついてこい。脇目もふらず俺を殺しに来い。そら、俺は増速したぞ。お前も増速しないといけないな。そうだ、いい子だぞ……俺を殺そうと一生懸命な飛び方は、おかしな話だが誠実さを感じるくらいさ。


「ふふ……ふ」


 誠心誠意、殺し返してやるよ。


 さらに加速。加速するなり急減速。減速しつつバレルロール。渦を巻く二周回。血流がメチャクチャになって視界が暗転しても、思い描いた通りに飛べる。俺は。


「ふっは!」


 どうだ。後ろをとったぞ。もはやまな板の上の鯉というやつだ。


<不明敵を観測中……データ収集率、上昇中……>


 おいおい、スラスターの噴射光まで似ているとは。ならば弱点も同じだろうか。


<注意。データ収集が優先されます。火器の使用を制限します>


 クソAIが。もとよりミサイルを使うつもりはないが、イライラさせる。


 ガトリング砲、照準。発砲。連射二秒でメインスラスターに命中。破壊。次は兵装だが、さて、ウェポンラックも共通するのかどうか。


<警告。敵群に包囲されつつあります。速やかに戦術機動をとりましょう>


 どうしようもないな。信号装置を射出。救命のためのそいつが目印代わりだ。


 スラスターを吹かせて再飛翔。小刻みに動く。クレハ少尉の言うところのウサギの機動。俺へ敵意を集中させる。それが今回の役割で、突破は他の誰かの役割だ。


 シグナル。よし、誰かが巨大甲殻イソギンチャクを発見してくれた。


 赤い烈光……イソギンチャクが触手から発射する高出力レーザー……宇宙空母すら容易に切断するその威力。発見者は近づきすぎたのかもしれない。落とされたのかもしれない。


 いいさ。座標データさえ送信されたのならば、いい。


 俺たちの命を対価に取得される、それ。


 地球を照らす太陽を中心に据えた、人類総軍の宇宙座標……この数値を見るのは嫌いなんだ。見ないわけにもいかないが不愉快だ。X軸もY軸もZ軸も、正にしろ負にしろ数字の桁が多過ぎる。


 遠いよなあ……三百光年とか、本当に本当に遥か遠い。


 俺、日本人だったのに。


 俺、真面目に、一生懸命に働いていたのに。


 ここはどこもかしこも暗くて、汚らわしくて、乾いていて―――。


「ヤシロ准尉!!」

「っ!?」


 驚いた。


 驚いて身をひねった。操舵した。意図しない機動。しかしそれが幸いした。敵弾が艇をかすめていった。危うく機関部へ命中弾をもらうところだった。


 高速ザリガニか。体当たり強襲。ヤバい。避け……る必要もなし。


 グッドキル、ナナイ。鮮やかな偏差射撃だ。


「イエア! よくやったヤシロお! いい跳ねっぷりだったぜい!」


 おう、クレハ少尉は通信も気配も派手だな。


「まったく、とんだ突き抜けウサギもいたもんだね! アッハッハ!」


 そんな彼女の率いる『白兎』小隊は……俺も含めて残存十四機。落ちた六機の中に俺の分隊機はない。それがこのところは珍しくもない。


「そうら、ラビッツ! しばらくこの辺でまったりするよ! 遊撃隊形、タイプ『ホーランドロップ』! ここで死んだら評価下がるよ! 死にっぱなしかも!」


 死にっぱなしか。中々に皮肉のきいた激励だ。誰もが望むところだろうから。


「准尉殿。第二分隊四機、集結しております」

「ん、トニー兵長」


 軍籍番号下三桁一○二番から、通称トニー。無理矢理感が素敵だ。


「分隊の指揮権をお返しします。いやはや、遠目にも凄まじい戦振りでしたな」

「観察する余裕があってこその分隊生存率か。やっぱり俺よりも向いているよ」

「お戯れを。此度の中隊の戦果も、准尉の働きあってこそのものです」

「そうありたいもんだ。遊撃する。状況を見て突出するからカバーしてくれ」

「了解であります。ご武運を」

「ああ、お互いにな」


 個人回線の着信。まあ、ナナイだよなあ。


「ヤシロ准尉には僚機が必要だと申し上げます」

「今は何をどう言ったところで、俺の言葉に説得力はないよな」

「……あなたの機動を追えるのは、私だけです」

「追った先でいい目をみられるわけじゃないぞ」

「そんなことないです。あなたはエース。私たちの希望なんですから」


 咄嗟に言葉を返せなかった。


 マルレ乗りに救いはない。だって誰もまともに兵役を終えられやしない。


 それが証拠に、兵役の残り期間を示す数字は非公開だ。解放された奴なんて聞いたこともない。サービス残業どころじゃないブラック仕様で、雇い止めどころじゃない悪法悪運用。抗議なんてした日には解剖されて生体パーツにされそうだ。


 主力艦隊の老人たちからすれば、俺たちは人ですらない。


 ただの、消耗品なんだ。


「……なら、エースらしいところを見せなきゃだな」


 軽口を叩いた。それで回線を切った。どうしようもなさを長く吐息する。その、砂が零れるような音を、奥歯を噛んで途切れさせて。


 突出。敵群のいまだ濃いところへ。 


 跳ねる。回避するというよりは、敵の射撃を誤らせるように。こっちから敵の懐へ跳び込むように。敵弾の密集したところを弾幕ゲーよろしく跳び回る。


 振動。何かが装甲をかすめた。戦闘補助AIの悲鳴のような警告。


 黙れ。働け。被弾したなら硬化ベークライトで塞げ。取りつかれたなら放電しろ。やれ。第二小隊は真っ先に突入した分、兵装の消費が激しい。攪乱しないと。


 まだか? 艦砲射撃はまだなのか?


 中隊の残機は揃い踏みしたけれど、このままじゃ全滅する。戦力比は考えるのも馬鹿馬鹿しいレベルで、各々が十全じゃない。また一機、味方が落ちた。高速ザリガニめ。もう一機。さらに一機、二機。ああクソ、トニー兵長が。


「中隊各機、散開! 射線から離れろ! 着弾観測用意!」


 来た。よし。残弾の全てを撃ち放って離脱だ。


<三、二、一……今>


 暗黒を横断して。敵群を貫通して。


 幾千条もの輝ける荷電粒子が巨大甲殻イソギンチャクへと突き刺さる。


 こればかりは何度目撃しても壮観だ。焼かれた時の痛みも知っているけれど……決着はつくし退路も開く。嫌えるものじゃない。


 クレハ少尉のはしゃぐ声を聞く。ナナイのホッとしたような挨拶に応える。


 以後の残敵掃討戦は艦隊の的当て遊びに過ぎない。俺たちは精々が猟犬やら勢子やらでしかない。それにしたところでミサイルの一発も残っていない。


 帰ろう。


 きっとまだ青いのだろう地球とはまるで違う、灰色の人工天体へ。パラゼンナ宇宙要塞へ。そして眠るんだ。栄養剤を呑み、睡眠カプセルに入って。


 ライトノベルのような夢を見るために。


 俺たちの精神を長持ちさせるべく設計された……兵卒慰安用の仮想現実をさ。

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