03 絶望戦域/楽園幻想:Ⅲ
後ろに並ばれていると思ったから、急いで自販機のボタンを押したのに。
「君と七井さんが付き合っているって、本当のことかい?」
何だ、このイケメンは。
えらくセンスのいいジャケット。爽やかなスマイル。高身長。行く手を遮るような姿勢……ふうむ……これもいわゆる壁ドンなのだろうか。
「本当じゃない。あいつはフリーだよ、俺の知る限り」
「あいつ、ね……彼女を囲って陰気なサークル活動をしているのだろう?」
「STG研究会は……言われてみると確かに陰気かもしれない。楽しくないし」
何故だ。腕のアーチを丁重にくぐったというのに、イケメンがついてくる。
俺はラウンジの隅っこへ行くんだぞ。君のようなタイプはテラスでキャッキャウフフとサンドイッチを食べるべきではなかろうか。キャラ的に考えて。
「楽しくない? サークルで特別扱いを受けているという、君が?」
「遊びでやっていないし……それに俺、飛鳥無限の全一だからなあ」
「全一?」
「全国一位。ヘタレシューターが崇め奉るのは普通というか義務と常識というか」
「フウン? 何かしら特権があるということかな? それで、コーチするなどという名目で、七井さんを家へ連れ込んだりもしているわけだ」
「隙あらば入り込んでくるんだよな、あいつ……あ、ひとついる?」
「……いただくが、君、どうして十本も缶コーヒーを買ったんだい?」
「味比べしようかと思って」
カシュッと開けてグビッと飲む。なるほど、こういうブルーマウンテンか。こっちのものはどうだろう。ふむふむ。そういうブルーマウンテンなのか。ふうむ?
「……とても楽しそうに飲むね、君」
「飲料メーカー各社の最精鋭を舌の上で競わせるんだ。ワクワクせざるをえない」
「グルメ……とは少し違うのかな。ソムリエというのも変な話だけれども」
「そういう分類で言うなら、俺はファンかなあ」
「ファン。なるほど。僕は紫呉という」
紫呉……シグレ……ふむ。
「矢城だ。よろしく」
「よろしくするつもりなんてなかったのだけれどね。君は面白いよ」
またいずれ、などと言って去るのか。何とも爽やかなイケメンだ。後ろ手にシーユーアゲインのハンドサインとかドラマみたいにカッコイイじゃないか。
「アハハ、見ーちゃった。宣戦布告を受けたって感じ?」
おや。入れ替わりで今度はあなたか。
クリクリとよく動く碧眼。ゴージャスな金髪。メリハリの利いたスタイル。アメカジの派手な服装がよく似合っている。
「何のことやら。やあ、紅羽」
「矢城、ウィッスウィッス。コーヒー飲みすぎじゃね?」
紅羽。クレハ。グラビアアイドルみたいな美女だけれど。
「あんたにひっつきまくりの子、狙われてるねえ。めちゃ綺麗だし、なんか神秘的なとこあるし? 男どもにはたまらないのかも。自分色に汚しちゃいたい的な?」
「マジか。そりゃワクワクするな。さっきのイケメンとかお似合いだと思う」
「……そういうこと、嬉しそうに言っちゃうからなあ。この万年ブレザー男は」
「俺としては、皆にも学園指定ブレザーの良さをわかってもらいたい」
「あたしとしては後悔なんだ。元カレの童貞臭いファッションセンスを矯正できなかったことって」
「どどど童貞ちゃうわー」
「知ってるし。ってか、あたしがいただいたし。バッカじゃないの?」
ため息なんて吐いて、呆れたような顔をするけれど。
「……まだ、変な夢見るの? 宇宙戦争でゲームみたく死にまくるやつ」
「全然まったく。寝る間も惜しんでダラダラしまくり」
「はい嘘。表情作りすぎ。そういうの、わっかんだかんね?」
鼻をつまむなねじるな。これだからあなたって人は。
「……実害はないよ。夢だし。むしろ最高のリラクゼーションだと思う」
「悪夢でしょ、泣き叫んで飛び起きるんだし……あの子はギュってしてくれる?」
「子どもか」
「子どもじゃん、あんた。無責任なマゾヒスティック悟り系。お酒も飲めないし」
「酒に飲まれて暴れる人よりは大人だと思いたい」
「うっせうっせ。あたしの方が年上なんだから、あんたの方が子どもなのっ」
理屈をすっ飛ばしてでも甘えさせてくれようとする……そんなあなたを、俺は尊敬してやまない。あなたと出会えたことは、俺の数少ない幸運のうちのひとつだ。
心からの感謝を言葉にしたところで、半分しか伝わらないけれど。
「ねえ、彼女作んないの?」
「元カノが最高すぎたなあ」
「ンッフッフ。わかってるじゃん。でも残念。今のあんたは魅力ないからなー」
「童貞喰い乙」
「おい」
「嘘ですゴメンナサイ。自分、身の程を知っているだけでございます」
「ほら、そういうとこ。子どもなら子どもらしく、もっと元気出せばいいのに」
「元気とは」
「振り向かないことさ!」
「……それは若さでは?」
「同じじゃん。どっちもあんたから欠けちゃった感じするし」
「はて、若くない子どもって何さ?」
「可愛げがないってことさ!」
バシバシと背中を叩かれた。懐かしい痛みだ。お前はそこにいるぞと教えてくれるような痛み。肌が熱を帯びていく。
「どうしても寂しくなったら、連絡して。紅羽の添い寝サービスをデリバるよん」
「高そう……っていうか、添い寝流行っているの? ナウなヤングにバカ受け?」
学園物ライトノベルにしては、少しアダルトな会話を適当に遊んで。
ひとりになった後も、ずっと背中を意識していた。ジンジンとする俺の輪郭を。
◆◆◆
無限に広がる大宇宙。
そんな言葉から始まる物語には、見果てぬ夢への憧憬や浪漫が溢れていたように思うけれど。
日本から離れに離れること三百光年と少し。ここには何もありはしない。
「中隊各機」
おっと、中隊長からの部隊通信だ。溜息なんて漏らせば雷が落ちる。
「小規模の敵群が感知されている。我らは当該宙域へと先行突入し、これを突破、後背に潜んでいると思しき『敵巣体』の位置を特定する」
宇宙サソリやら高速ザリガニやらに落とされず、巨大甲殻イソギンチャクを見つけろというミッション―――つまりはいつも通りの戦術だけれど。
敵味方共に規模が小さく、支援砲撃がない。
いいね。この戦闘状況は好きだ。主力艦隊司令部の老人どもが出しゃばって来ないから自由に戦える。部隊連携を活かせる。生存可能性も高まる。
モニターで明滅を確認。熱核融合ミサイルの無慈悲な破壊光。
「よし、敵群は混乱した。攻勢を掛ける。第二、第三、第四小隊、突入せよ。第一、第五小隊はそれを援護だ。全機、火器使用自由」
了解を唱和して、マスターアーム、オン。
<二十ミリ六砲身ガトリング砲、二門、状態良し>
<短距離多連装炸裂弾頭ミサイル、六倉、状態良し>
<中距離高速指向性弾頭ミサイル、四発、状態良し>
<長距離純粋熱核融合弾頭ミサイル、なし>
機体の状態も悪くないな。マルレな棺桶は中身も含めて葬式要らずの消耗品で、弾丸よろしく大量に備蓄されてはいるものの、ウォームアップとパイロット適合調整に百五十時間はかかる代物だ。整備、ギリギリだったろうな。
俺が眠っている間に、次の死が整えられている……そう思えば業腹だけれど。
「イエイ! ボスウサギより、第二小隊『白兎隊』のラビッツ!」
それがどうしたと言わんばかりに、威勢のいい通信が来た。
「突っ込み方はいつも通り! 速度と機動で攪乱するよ! 跳ね回って、かき乱して、撃ち尽くす! ミサイル一発でもお残しして帰ったら、ウサ耳付きで『睡眠カプセル』入りさすかんね!」
それ、あなたは本当にやるからな……クレハ少尉。
俺たちが学園では元カレ元カノの間柄だなんて記憶を、今のあなたは欠片も思い出せやしないけれど。
「こら、ヤシロ! 相変わらずテンション低いね! まーた夢見が悪かった?」
「はいいいえ違います、少尉殿。クソッタレな現実を戦い続ける覚悟であります」
寂しくはないさ。あなたの人柄は、あっちでもこっちでも美しく輝いている。
「その意気やよーし! んじゃ、切り込みウサギ、行ってみようか!」
「単機で、でありますか?」
「ハッハア! 元気に突き刺さってこうぜい?」
ハイテンションの裏側に戦術が透けて見えるな。
敵群にはまだ厚みがあって、突入コースは限られている。もう少し散らさないと苦しい。鋭く入って、大いに動いて、しかも長持ちするやつがほしい局面だ。
つまりは俺の出番ということ。僚機もいない身だし。
「八四六番、了解。第二分隊の指揮は一○二番へ」
「小隊長! 七七一番、突入志願します!」
「志願は却下。ナナイ、あんたは大人しく自分の分隊と踊りな」
ナナイは相変わらずか。今回の情緒不安定は随分と長引くなあ。
「準備完了。十秒後に突貫します」
「ラビッツ! ヤシロが行くよ! 突撃隊形、タイプ『ジャックウサギ』! ノロマウサギは後続の小隊に拾ってもらいな! タイミング合わせ!」
両脚を伸ばす。メインスラスターを吹かす。リミッター内での最大出力だ。
揺れる。揺れる。俺の震えなんてわからなくなるくらいに揺れながら、宇宙を落ちていく。どうしようもない深みへと自らはまっていくんだ。
戦うしかないから。
そう、強いられているから。
真空を切り裂いて。暗黒を滑り落ちて。
前方から吹きつけてくる瘴気―――実際には何があるわけでもないが、俺にはどうもそうとしか思えない―――悪意の奔流とでも言うべきものへ飛び込む。
さあ、躍ろう。得るものなど何もありはしないけれど。
せめて、少しでもマシな死に方をするために。
接敵……今。




