10 夢想交友/無双戦機:Ⅳ
強襲索敵艇の新機体? 俺の機動データを……何だって?
「ヒヒヒ、こんなこともあろうかとってやつだ。開発途中で頓挫しちまった試作機があってな? そいつを三年前からてめえに合わせて調整させといたんだ。んで、このたびようやくのお披露目ってわけよ」
流し見ただけでわかるハイスペック。どういう訳だ。こいつ、何が狙いだ。
「こないだの小規模戦でよ、艦砲射撃が遅かったことあったろ? 憶えてるか?」
「……思い当たる戦いはあります」
中隊長に率いられ、クレハ少尉の指示で単機突出をした。ナナイに助けられた。
別小隊の誰かが突破に成功して……その後がひどかった。艦砲射撃が通常通りに来てさえいれば、トニー兵長が戦死することはなかったのに。
「あん時な、実は別宙域へ出した戦力が壊滅したんだ」
「壊滅……別方向へ出撃した斥候大隊が、ですか?」
「五分の一くらいは当たりだな。斥候大隊だけじゃねえ。その輸送艦やら護衛艦やらを含む連隊丸ごとが、だよ」
息を呑んだ。
作戦の全体像を知る立場にはいないし、戦略など知ったことではないけれど、万を超える死の迫力というものがある。
「巣体はてめえらの担当宙域に隠れてた。つまりはその連隊がぶつかった敵は囮なわけだが……強力でな。押されに押されて混戦状態になっちまったんだわ」
「……新型DeFA」
「そのとーり。アレが何十匹も出やがった。斥候は攪乱されるわ護衛艦は翻弄されるわ、こりゃもう危ういってんで……やむなく、主力艦隊は砲撃を実施した」
冷えた。心がだ。その宙域の絶望が目に見えるようじゃないか。
不明敵に翻弄されつつも必死で甲殻イソギンチャクを探して、見つからないで、撃ち減らされていくのに退くことを許されない。敵味方が入り乱れる。
そこへと降り注ぐ荷電粒子の烈光……その寒々しいまでのまばゆさ。
いいように利用されて終わる、悔しさと虚しさ。
「そんなこんなでオメエらの方へぶっ放すのが遅れたわけだがよ、勝ったところで艦隊司令部は大騒ぎよ。リメンバー戦艦大和。戦艦の天敵は艦載機ってやつさ。機動アオナギは主力艦隊の脅威となりうる。アレらを近づかせるわけにはいかねえ」
だからか。
この前の戦い……敵群突破作戦、失敗直後の再攻撃……ああも執拗に砲撃していた理由はそれか。自分たちに危険が及ぶ可能性を恐れて、機動アオナギが現れるや通告なしに撃ってきたのか。
ナナイも、クレハ少尉も、ピーポもハヤシもコミヤもゴトウも、死んだやつも生き残っていたやつも誰も彼も、皆必死になって戦っていたのに。
ふざけるな。
そう、唇だけを動かした。声には出さなかった。なのに金閣寺が俺を見ている。そのにやついた顔へ殴り掛からないために、尻の後ろで両手を握りしめた。
「次元震動爆弾は言うに及ばず、荷電粒子砲ってやつも威力相応に金がかかる。連射すりゃ砲身もいかれるしな」
素知らぬ素振りの話し方。こいつ。
「もっとスマートに迎撃できる兵器が必要だってんで、新型開発の優先度が高まった。畢竟、初遭遇にして唯一スマートな鹵獲を成功させたオメエの価値もな」
なるほど、そういうことかよ。それで俺を呼びつけたのか。
「……小官がテストパイロットを」
「そうだ。別口の新兵器との模擬戦も予定されてる。急いで仕上げろ」
端からそういう話だったんだな。
慣れない自己PRなんてするまでもない。もとより利用価値のあるところは全て利用し尽くされる……まるでおしゃぶりだ。老人たちは飴玉が好きだからな。
「いい子にするよう、もう少し飴を用意してやろう……ヒヒヒ」
奇遇な例えだ。鼻で笑ってやろうか。
「そうら、七七一番をオメエの専属僚機に登録したぞっと」
「なっ!?」
「性能試験小隊って名目だ。予備機も寄越すよう手配しといたからよ、仲良く慣熟しとけ。もしも無様なことになったなら……ま、最悪の中の最悪を想像しとけや」
ああ、クソ……ふざけたことを言われているな。
「オレはオメエの戦技になんざひとっ欠片も興味ねえが、オカルトな謎の方にゃ可能性があるからな。解明するためなら手段を選ばねえ。高性能機をくれてやるし、お気に入りは一蓮托生にしてやる。精々必死に足掻きやがれ、昔々の日本人」
ひどい話だ。まったくもって理不尽な話だ。
けれど、やるしかない。
これ以上俺の他に興味が向かないくらいに、躍って踊って、踊り続けてみせるしかない。静かに消えてしまいたいなんてことは、もう望めもしない。
「は。人類守護の弾丸たるべく」
「……フン。去ねや」
「は。失礼いたします」
みじめな敬礼をきっちりとやった。基礎訓練の通りに踵を返し、退室した。軍人然としたかった。強さを、形からでも自分のものにしたかった。
ん? 薄暗い廊下に輝くもの……おいおい。不用意に美しさを振りまいて。
七井。待っていたのか。
憂いの横顔。俺を見つけて笑顔。何かを言いかけて、いぶかしげになる心配顔。どれも綺麗だ。もしも平和な日本に生まれていたなら、お前のこと、世間やメディアが放っておかなったろうな。
「なにか処分があるんですか?」
処分。そういえばくだらない嘘をついたっけ。
「いいや、少し怒られただけ……だらしないってさ」
「単位の話ですか」
「そんなとこ。結構さぼっているからな、俺」
「……そうでしょうか」
「そうさ。実際、やる気はなかったし……やらされているって態度が悪いのかもしれない」
「態度なんて」
「大事さ。どんな状況だろうと、被害者ぶっていて何ができるはずもないんだ」
そう、金閣寺はひとつだけいいことを言った。エースについてだ。
それは命じてなれるものではないという。自ずから生じる計算外だという。なるほどだよ。偶然からの、受動的な、ただのイレギュラーではダメということだな。
「先輩は……先輩は、学園が嫌いなんですか?」
「大好きだよ。夢のようなところだと思う」
「……私も、好きです」
「そっか。それじゃもっと好きになれるな」
思えば、俺はずっと、ライトノベルのような学園生活を憧れるままだった。
地獄のような宇宙戦争……思いもよらないSFの日々に翻弄されて、いつしか考えることをやめていたんだ。色々なものを諦めて、いじけて、腐っていた。
「どういう意味です?」
「七井が幸せを感じられる場所なら、なおさら素敵じゃないか」
「……なんかお父さんみたいです、今の先輩」
「お父さん」
混乱しきっていた頃、幸運な出会いがあった。クレハ少尉に戦い方を、紅羽には耐え方を教えてもらった。
それなのに、老人からゾンビ呼ばわりされるような兵士でいるから―――
「光栄だけれど、俺の遺伝子じゃ三百年かけたってお前にはたどり着かないだろうなあ……どこをどうひねっても無理だわ。うん」
「はあ……三百年」
「ああ、ほら、お前って凄い美人だからさ。それこそ夢みたいに」
「……え?」
―――だから、情けなくもナナイを、七井を巻き添えにしてしまった。
このままでいいわけがない。絶対に。
「いっそ七井と結婚した方が早いくらいかもな。美人の娘をもつんなら」
「……っ!?」
やってやる。
どうしようもなくやらされるんじゃなく、自らの意志で戦ってやる。そして誰もが認めるエースになろう。ナナイが憧れてくれた希望に。
「け……けっこ……こど、も……」
それがきっと……何がどうしたんだか目も口も丸くしている彼女のために、俺のできる唯一のことだ。彼女を幸せにはできなくとも、せめて、より不幸にしないためにも。
もう、形振りを構っていられない。
「七井、今日ってこれから何か用事ある?」
「え? え、あ、駅地下へ寄って……」
「買い物か。それまでの時間でいいからさ、うちに来ない?」
「っ!?」
「二人きりの方がいいと思って」
「……二人、きり……」
「七井のプレイを見てみたいんだ。本気で、徹底的にさ」
「プレ、イ」
俺以外のクローン人間は記憶を管理されている。仮想現実で得た知識を現実へ持ち込めない。しかし、俺が関わるのなら話は違ってくる。
俺が憶えればいいんだ。七井の戦闘の癖を。その長所と短所を。最適な戦術を。
そしてナナイを効率的に再教導する。幸い、それができる環境にもなる。
「あ、でも、部室に行けば録画できるな……」
「録画!?」
「んー、やっぱり部室でにするか」
「先輩の! 先輩のうちが……いいです」
「そう? んじゃそうしようか」
それに記憶封鎖から漏れてくるものもある。動作の印象や慣れといったもの……恐らくは小脳に由来するであろう感覚だ。操舵への影響は少なくない。
七井を鍛えることは、たとえわずかでも、ナナイを鍛えることになるはずだ。
「まあ、そんなに時間は取らせないからさ」
「……かかると、思います……時間……」
「あー……スコア、振るわなかったんだ?」
「…………スコア?」
「ん? ハイスコアだよ。今日の記録会のやつ」
「……記録会……飛鳥無限?」
「俺、自分がやるだけやって抜け出しちゃったからなあ」
「私は、これから先輩と、飛鳥無限をやる……?」
「自分だけで検証する時間が必要なら、別に今日でなくてもいいけれど」
腕をつかまれた。何だ何だ。え、もの凄く痛い。どういう握力だ……というか、どういう眼光だよ。上目使いで怒りの眼差し。整った目鼻立ちならではの迫力。
「……今日が、いいです」
「え、そ、そう?」
「はい……私知ってます。チャンスは、自分からつかむものなんです」
「お、おう。いいこと言うな?」
何やら怖いが、その通りさ。今回のこともチャンスといえばチャンスだ。
試験機とはいえ高性能の新機体を与えられ、慣熟訓練期間があり、独立小隊として動くことができる。それら全てを積極的に活用してやる。
「あ、でも、買い物あるんだろ? まとまった時間がとれる日でも」
「食料品の買い出しです。一緒に行くのは……ダメですか?」
「別にいいけれど……なんなら夕飯どっかで奢ろうか?」
「先輩の家で、私、作ります」
「は? いや、それは大変だろ」
「そんなことないです。先輩、なにか食べたいものありますか?」
「え、いや別に……強いて言うなら、パッと食べられるものがいいかな」
もう二度と、どうしようもなさを吐息するものか。
何やら決意に満ちた顔で歩く七井……彼女が現実において買い物や食事を楽しむことはない。俺たちにそんな贅沢は許されていない。どこにも救いはない。
それでも……楽しい夢を見るくらいの幸せは、在り続けてほしいから。




