09 夢想交友/無双戦機:Ⅲ
「なんだあ? ワクワクして震えが来たってかあ?」
「……は、ありがたくあります」
静かに深く息を吸い、ゆっくりと吐く。落ち着け。こいつは目ざといだけじゃない。あっちからも観測しているんだ。
「ヒッヒッヒ……いい子だ……だがまあ、まずはお小言だぜ。オメエまたぞろ破滅願望が出てきてやしねえだろうな?」
テーブルの上に投げ出されたもの。タブレット端末。画面いっぱいに表示されているのは戦闘詳報のインデックスページ。
あの大規模戦闘か。甘ったれた憧れを思い出した巡航と……光に呑まれた消滅。
「なんとも間抜けな内容じゃねえか。敵群突破に成功しておきながら、巣体狙撃に巻き込まれて戦死なんてのはよ。天を仰いだぜオレは」
「戦技拙く」
「正確にはオメエの操舵に機体がついてけなかったからだな。それは責められるこっちゃねえや」
ひとりでにページが変わって、映し出されたのは強襲索敵艇の図面。そこに突破後の故障箇所を書き加えたもの。つまりは俺の出した報告書。
「だがよお、そもそも単機突破なんざ狙わなけりゃよかったんだ。部隊壊滅してたじゃねえか。尻に帆を張って逃げろって話だぜ」
「全機突破を図るべし、との命令でした」
「はあ? なんじゃそりゃ……つまるところはクソジジイどもの戦争浪漫のしわ寄せってことか……チッ、なら仕方ねえ」
老人どものイザコザひとつ、思惑ひとつ思いつきひとつで俺たちは死ぬ。再製も同じく。結局は支配者の都合で生かされているに過ぎない。
それが現実だ。どうしようもなく、俺たちを絶望させるものだ。
破滅願望?
何を今更だ。俺たちクローン兵士にはそれがない方が珍しい。より言葉を正確に使うのなら、破滅よりも消滅を望んでいるんだ。終わらない悪夢の終わりをな。
「なんだあ、そのツラは」
「ぐっ!?」
激痛。全身を見えない鎖で縛られ、電気ショックをかけられているかのような。
「念押ししとくぞ。オメエはオレのもんだ。目えかけてアレコレ実験しているところの研究素材なんだ。成果が出るまで逃がしゃしねえ」
言っていろ、クソババアが。
ぬるいんだよ。こちとら生きたまま解剖されたこともある身だ。DeFAに喰われたこともある。機体のエンジントラブルで焼け死んだことも、宇宙に投げ出されて窒息死したこともな。
仮想現実で何をされたところで、こんなもの、老人の癇癪としか感じない。
「フン……心の筋金が折れたり歪んだりってわけでもなさそうだな。いやあ、悪い悪い。お詫びに快楽刺激を送り込んでやろうか? 預金通帳に大金でもいいぞ?」
反応しない。壁を見続ける。軍人然と在り続けることが、ささやかながらも意趣返しだ。
「ヒヒヒ……しっかしまあ、オメエってやつはよお……」
絡みついてくるような声色。背筋にざわめく悪寒。何だ。
「今回は随分と記憶の復帰が早かったじゃねえか。ええ?」
記憶。そう発音する、そのいやらしい口振り。
「いやあ、ホント、オメエの記憶は面白えよな。モニターしてるとよ、前触れなしにデータ量が跳ねあがるんだ。んで、ワチャワチャと勝手に整合性を調整して……オメエらしいオメエが出来上がるんだからよ?」
記憶はデータだ。容量にすれば1ペタバイトほどのものだ。クローン人間のそれは睡眠カプセルを通じて管理されている。
ゲームに例えるのなら、俺たちは出撃の前後にセーブしている。
「なあ、オイ、一度聞いてみたかったんだが……」
だから、戦場でゲームオーバーになったなら出撃前の記憶がロードされる。戦闘をひとつスキップした心地で、後頭部の再製シールを撫でさすることになる。
「……死ぬ感触ってのは、どんなもんだ?」
死の記憶。ひいては、生還できなかった戦闘中の記憶。
戦死したならば失われるはずの、死ぬ瞬間までのそれ……ひとつの命が孤独に持ち去るべきそれが、どういうわけか俺には甦る。意識に連続性がある。
まるで転生するかのように、俺は、新たな俺を生きている。
「やっぱり痛えか? それともいっそ昇天するくれえに気持ちいいんか?」
既存の理屈では説明のつかないこの現象……それがつまりは、記憶操作を受け付けない俺が処分されず、この科学者の管轄下に置かれる理由でもあるけれど。
「……寒く、まぶしいものでした」
「ハン、艦砲射撃で消し飛ばされておいて、そんなもんか。つまんねえ」
面白いものであってたまるか。
死とは、自分などつまらないものでしかないと思い知らされる出来事だ。だって俺の生死に関わらず世界は回り続ける。いつだって。
「んじゃ、あれか。今回の注目すべき点ってのはフレンドリーファイアの方かあ」
何を言い出した、こいつ。何なんだ、この悪寒は。
「いや、良かったよな。このところのオメエときたらゾンビみてえな体たらくで、再製造後の記憶の戻りは遅くなる一方……大概オカルト的でつかみどころのねえ現象なわけだし、もういっそサイボーグにでもしてみっかと考えてたんだが」
ゾンビ。オカルト。サイボーグ。無茶苦茶な言葉を向こう側で、ゴスロリ少女の姿をした老婆が嗤っている。
「ヒッヒ、味方殺しねえ」
このおぞましさ。こいつ、まるでDeFAじゃないか。
「強襲索敵艇にとっちゃ虎の子の中距離ミサイルをよ、オメエわざわざ敵味方識別装置を切ってまでぶっ放したんだよな。そうまでして味方をひとり撃墜したんだ」
語られる戦い。宇宙サソリに取りつかれた強襲索敵艇……ナナイ機へのミサイル発射。あれが記録されている。当然だけれど。
「撃墜されたのは軍籍番号CS七〇八三三七七一番。同じ小隊の斥候伍長。これってあれだろ? この半年くらいオメエの後をつきまとってるやつだろ? 仮想現実の方でも距離が近えとか笑えるな……どれどれ……」
考え込む姿勢。恐らくはあっち側で何かを確認している。
「ハハン、オメエが珍しくも教導した個体ってわけね。人間辞めちまったような機動を、教える方も教える方だが教わる方も大概だ……中々の戦績じゃねえか……遺伝子情報も面白えことになってやがるな」
こいつ。
「難病の新治療被験体ねえ……おうおう、金に糸目をつけず随分と無茶して……おっとこいつは……ヒヒヒ……ヒッヒッヒ!」
こいつ、まさか。
「ヒーハー! いいじゃん七七一番! 使えるじゃねえかよお!」
ナナイに、七井に目をつけやがったのか。
「要はオメエ、お気に入りをぶっ殺しちまったショックで復帰を急いだんだな? テメエで殺しておいて、次のあの子に早く会いたいってかあ? ヒャハハ!」
俺のせいだ。どうする。どうすればいい。どうにかできるのか。
仮想現実では何をどうしたところで意味がない。現実でならなおのことだ。俺はこいつの居住区にすら近づけない。
「決めたぜ。七七一番もオレの管轄にする。ってか、した。コレもオレのもんだ。オメエと同じく、生かすも殺すもオレの気分次第よ」
チクショウ。俺だけでいいのに。俺だけのことなら耐えられるのに。
「とりま、オメエが腑抜けた死に方した際には七七一番を殺すわ。んで、オメエが死に戻るまでは再製造しねえってのはどうだ? あいや、それじゃ解放になっちまうか……んじゃ再製造した上で生体実験だな。三日は待ってやるよ」
俺はいいんだ。自業自得なんだから。けれど七井はダメだ。
どうにか、あいつだけでも。
「その三日間は何すっかなあ……ベタに慰み者にするっつーのはどうだ?」
俺は七井を知らない。彼女がどういった経緯でクローン人間になり、前線で戦わされているのかを知る術もない……知る必要もない。
あいつの寄せてくれる信頼が全てだ。それに応えないでどうする。
資格もなく注いでもらったやさしさに、報いないで、どうするんだ。
「閣下」
「なんだ、クソガキ」
「小官を発奮させたいのでしたら、品のない恫喝はおやめください」
睨みつける。アバター越しにも意志を叩きつけるようにして。
「オッホウ凄え目つきじゃねえか……にしたって、品とはな。なんとも日本人的なことを言い出したなあ、オイ。クローン人間の分際でよお」
金閣寺の手に幾本もの医療メスが出現した。ひけらかしてくる。
それがどうした。
「小官は最優秀のマルレ乗り……斥候兵の抜群です。敵群突破成功数がそれを証明しています。そして、それがゆえの不満があるのです。閣下も仰られたように」
「……強襲索敵艇の性能か。それを言われると痛えやな」
「小官の戦技に耐えうる機体をご用意ください。意気軒昂たる戦い振りと、他の追随を許さないほどの戦果をご覧に入れましょう」
「ヒッヒッヒ! まるでエースみてえな口振りじゃねえか」
「ご命令とあらば、エースとなりましょう」
「バカ言え。オメエじゃなれねえ」
「お言葉ですが」
「無理だよ。エースってのは命じられてなるもんじゃねえ。ありゃ、自ずから生じる計算外だからな……だがまあ、オメエにとっちゃお誂え向きになったか」
タブレット端末が滑り来た。受け止める。アクティブになっているのは何かの設計図……白い強襲索敵艇? 翼のような四本のスタビライザー。船底に単装砲。スラスターも大きい。主機も兵装も違う。
「いい話があるっつったろ? セレスティア重工謹製の新機体だ。オメエの機動データを元に設計された代物だぜい」




