翻る日常 7
午後の授業中。
兎翔は猛烈な睡魔と戦っていた。
眠気誤魔化そうと、両腕を大きく後ろへ開き、肩甲骨を寄せるように伸びをする。
「ん゛ん゛〜……ふう」
――駄目だ。眠すぎる。
一度は開いた瞼が、またゆっくりと落ちていく。
そんな兎翔を、少し離れた横の席から見つめる者がいた。
向坂実希だった。
「…………っ!?」
実希はとっさに黒板へ視線を戻す。
――今、見えた?
一瞬だった。けれど、見間違いでなければ。
――兎翔、付けてない……?
教師が黒板に文字を書き連ね、実希もノートへ視線を落とす。
シャープペンシルを握る力が強くなる。
「…………」
手が止まった。
――見ちゃ駄目。
そう思った途端、余計に気になった。昔なら、こんなことを意識する相手ではなかったのに。
もっと普通に話して。笑って。
それなのに今では、目が合うだけでも少し緊張する。
――なのに、こういうときだけ見るなんて。
実希は小さく首を振った。
そのとき。
こくん。
兎翔の頭が落ちた。
限界だったらしい。
軽く前傾した姿勢のまま、眠りに落ちている。
――もう、駄目じゃない。授業中なのに。
呆れながら、その横顔を見る。
閉じられた瞼。時折、小さく上下する肩。
――寝顔、可愛い…。
「あっ…え!?」
実希はハッとして黒板を見て、数秒もしないうちに、また兎翔を見る。
今度は、別のところで視線が止まった。
兎翔のシャツ。
重なっていた左右の生地が、前傾姿勢のせいでわずかにずれ、その隙間から――肌が見えた。
実希の手から、シャープペンシルが滑って机に転がる。
――嘘。
前を向かなければ。そう思うのに、目を離せない。
あと少し姿勢が変わったら。
もう少しだけ隙間が開いたら――。
さっき布1枚隔てて見えたものが
――見えるかも。
そのとき。
兎翔が小さく欠伸をした。
閉じた目の端に、涙が浮かぶ。
光を反射したそれが、一瞬だけきらりと光った。
「……っ」
実希は弾かれたように前き、背筋を伸ばす。
授業を受ける姿勢にはもどったが、教師の解説は、まったく頭に入ってこなかった。
――私、何考えてるの。
握ったシャーペンに再び力が籠る。
――最低だ。兎翔にあんなことしておいて。
それなのに、今さら、こんな――。
実希はそれ以上考えるのをやめ、無理やり黒板へ意識を戻した。
一方。
「すぅ…すぅ⋯」
何も知らない兎翔は、目覚ましのチャイムが鳴るまで、心地よく眠っていた。




