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加美由  作者: 白崎由宇
20/26

19

 二年目の秋のシーズンが終了した。

 加美由は昨年より打率を下げたが、これは相手チームのピッチャーが本気になって挑んできた証拠であり、凡打に終わっても充実感があった。

 ホームランは四本。すべて代打での一発勝負の打席で放ったものであり、加美由のすごさは更に広まっていった。だが加美由はそれに浮かれることなく、冬のあいだのトレーニングに勤しんだ。

 一年目はランニング中心で持久力を養ったが、二年目はランニングと並行して筋力トレーニングにも力を入れた。ホームランを四本も放ちながら、外野フェンスギリギリだったり、完全に入ったと思った打球がフェンス前で失速したりと、加美由はパワー不足を痛感していた。

 高校生までなら無料の公立体育館は器具が充実しており、加美由は暇さえあればそこに通った。安藤からもアドバイスを受け、短い時間で効率の良いトレーニング方法を実践した。

 入浴中、加美由は腹筋がうっすらと綺麗に割れているのに気がついた。

 右腕を曲げて力を込めると、大きなこぶができた。

 女らしくなるのは、いつのことになるのやら。

 天井に向かって、白い息をはいた。


 四月。三年生となった加美由たちの前に、新入生が並んだ。

 その数、十三名。小宮や山根を輩出した宝田シニア出身者はいなかったが、どの新入生も中学で主軸を打っていたりエースだったりと、実力は確かなものだった。

 どうせまたすぐに辞めるだろう、と横山は高を括っていたが、今度は一か月を過ぎても一人も脱落しなかった。

 加美由目的で入部した者はなく、最近の成田東の快進撃に感化され、成田東で野球がしたくて集まった精鋭たちだった。

 それに加えて、佐織と加美由にとって待望の女子マネジャーも入った。

三井(みつい)京子(きょうこ)です。よろしくお願いします」

 京子が頭を下げると、部員たちは大きな拍手をした。

「西川佐織です。入部してくれてありがとう」

 手を差し出し、握手をした。

「北田加美由です。佐織は人使いが荒いから気をつけてね」

「ちょっと、変なこと言わないでよ」

 焦る佐織を見て、京子はクスクス笑った。

「でも、本当に助かる。これでマネジャーが入らなかったら、佐織もてんてこまいになってたところだった。ありがとね」

 加美由が握手すると、京子は頬を赤らめた。

「え、何、どうしたの」

「憧れの北田先輩と一緒なんて、夢のようです」

「憧れ。加美由に」

「はい。中三のとき、成田東と幕張中央の練習試合をスタンドで見ていたんです。私、幕張中央の中等部出身で、そこでも野球部のマネジャーをしていました」

「へえ」

「そのときの松原先輩から打ったホームランが、今でも忘れられません。本当にかっこよかった」

 京子は、目を輝かせた。こそばゆくなった加美由は、首筋をかいた。

「うちは中等部から高等部に上がる人がほとんどなんですけど、どうしても北田先輩のいる成田東に行きたくて。頑張って受験勉強しました」

「マネジャーやってたのなら即戦力だね。期待してるよ」

「はい。北田先輩の期待に応えられるよう頑張ります」

 頭を下げた京子は、練習道具を用意するために倉庫に向かって駆けていった。

「いい子が入って、よかったね」

 加美由がとなりを見ると、佐織はニンマリしていた。

「あの子、絶対加美由にほの字だね」

「その言い方、古すぎでしょ」


 春の大会も成田東は連戦連勝で、ついにベスト四に進出した。そこで幕張中央に惜しくも敗れたものの、これで夏の大会はAシードとなった。

 レギュラーはすべて二、三年生だったが、一年生も守備固めや代走で上級生をよくバックアップした。

 懸案だった山根に続くピッチャーには、宝田シニアのライバルである牧野(まきの)シニアでエースだった、左腕の高木(たかぎ)が頭角を現した。長身から投げ下ろす左の本格派で、ややコントロールに難があるものの、マウンド度胸もあり、いきなりの公式戦で緊張してもおかしくない場面でも、堂々としたピッチングを披露した。

 打撃陣では三番吉岡、四番小宮、五番横山の不動のオーダーに加えて、六番の近藤が急成長した。元々身長もあり体格もよかったのだが、バッティングで振りにいくと腕が下がってしまう悪癖があり、岩見の指導でもなかなか直らず、詰まったゴロやフライを連発していた。

 思い悩んだ近藤は、加美由に相談した。加美由はフォームを無理にいじって窮屈にさせるより、持ち前のパワーを活かしたほうがいいと考え、目線を一定の高さに固定すること、足を上げるタイミングをワンテンポ早くすること、という最小限のアドバイスを送った。

 すると、近藤は徐々にヒット性の当たりを打つようになり、柵越えも放つようになった。春の大会でも二回戦で満塁ホームランを放つなど大活躍し、ベスト四の原動力となった。

 その後も加美由にアドバイスを求める部員たちが続出したので、岩見は肩身が狭くなる思いだった。

 投手陣に厚みが増し、打撃陣も破壊力を増し、チームが順調に強くなっていく一方で、加美由の立ち位置は徐々に微妙になっていった。

 春の大会後、練習試合が数多く組まれたが、加美由の出番は少なくなっていった。最大の理由は一年生が数多く入部したためで、経験を積ませるためにはどうしても試合に出さざるを得なかった。

 それに、相手チームも以前のように加美由目的で試合を希望することはなく、春の大会ベスト四の強豪校である成田東との試合を希望していた。

 出場しても守備だけのときも増え、代打の回数は減り、試合の最後までベンチを温めることも珍しくなかった。

 岩見は加美由に試合後、そのことでいつも謝っていた。もちろん加美由も、こうなることはわかっていた。気にしないでください、と逆に岩見を庇った。

 こうなることはわかっていた。しかたのないこと。

 加美由は割り切っていた。割り切るようにしていた。

 夏の大会まで二か月を切り、引退の二文字が頭をよぎった。

 ふと寂しさを感じて、空を見上げることが多くなった。

 それでも、練習はいっさい手を抜くことをしなかった。

 試合に出なかった日も、試合終了後は黙々と走りこんだ。

 打席に立てなかった日も、腐ることなくバットを振り続けた。


 練習が終わると、加美由はユニフォームからジャージに着替えてリュックを背負い、走って帰った。

 土曜の午前中のみの練習だったので、まだ昼過ぎで明るかった。街中を明るいうちに走るのに最初は抵抗もあったが、もうすっかり慣れてしまい、気にすることもなくなった。

 駅前の信号が、赤に変わる。交差点の手前でゆっくりと呼吸を整えていた加美由は、向こう側で大柄な男性がこちらに向かって手を振っているのに気がついた。目の悪い加美由は最初それが誰だがわからなかったが、近づいてくる男性の肥えた腹が目に入った瞬間、すぐにわかった。

「松原さん」

「よっ、久しぶり」

 松原は、白い歯をこぼした。

 二人は、駅前のファストフード店に入った。

「えっと、ダブルバーガー二つと、ポテトLLサイズ二つ、それとコーラをLLサイズで。北田ちゃんは」

「あ、私は烏龍茶で」

「遠慮しないでよ」

 松原は、苦笑いを浮かべた。走った直後にがっつり食べられるほど、頑丈な胃袋は持ち合わせていなかった。

 松原はトレイに大量の食べ物を乗せ、加美由は烏龍茶を手に持って、一階奥のテーブル席に座った。

 松原は席につくなりハンバーガーの包み紙を無造作に取り、二口でぺろりと平らげてしまった。フライドポテトも、手づかみでワシワシと口に放り込んだ。加美由は松原の肥えた腹が揺れているのを、烏龍茶を飲みながらじっと見ていた。

「また太ったな、って言いたそうだね」

 松原が言うと、加美由は慌てて首を横に振った。

「隠してもしようがない。去年の夏から八キロ太った。本当、関取だよな」

 松原は、豪快に笑った。気まずくなった加美由は、話題を変えることにした。

「プロ志望届、出さなかったんですね」

「え」

「ドラフト、楽しみにしていたんですけど」

「無理無理。俺なんか、プロじゃ絶対に通用しないって」

 松原は、顔の前で手を左右に振った。

「それに、俺は元々大学進学希望だったし。プロなんて頭の片隅にもなかったよ。俺の将来の夢は、高校野球の指導者になることだから」

「指導者」

「うん。相馬先生みたいな立派な野球部の監督になって、チームを甲子園に連れていくんだ」

「素敵な夢ですね」

 加美由が言うと、松原はひたすら照れた。

「一応、大学でも野球は続けてるけど、やっぱレベルが高いわ。この前も滅多打ち食らってさ、監督から、体重落とさなかったらもう登板させない、って言われちまった」

 そう言いつつも、二個目のバーガーを頬張る松原を見て、痩せる気はさらさらなさそうだ、と加美由は思った。

「ところで、成田東強くなったね。春の大会、ベスト四だって」

「ありがとうございます」

「まあ、山根先輩の弟もいるし、小宮もいるし、北田ちゃんもいるし。良い選手が揃ってきているから、当然といえば当然か」

「あの」

「え」

「私は、大会に出てません」

「あ、そうか。ごめん」

 松原は、ばつが悪そうに頭をかいた。

「でもさ、練習試合とかには出てるんでしょ」

「ちょっとだけですけど」

「スタメンじゃないの」

「夏の大会ももうすぐですし、私がスタメンで出ている場合じゃないですよ」

「でも、試合出たいだろ」

 松原が訊ねると、加美由はうつむいた。

 しまった。地雷だったか。

 ここは、何とかリカバリーしなければ。

「えっと、北田ちゃんはさ、大学受験するよね」

 加美由は、顔を上げた。

「はい。そのつもりですけど」

「そしたら、うちの大学にくればいいよ」

「え」

「高校野球みたいに女子はだめとかいう規則は、大学野球にはない。それにうちの大学が所属しているリーグは、女子選手の出場に寛容でさ、実際に三年前に女子が外野手として出場したこともあるんだ」

 コーラを飲み干した後で、松原は話を続けた。

「北田ちゃんくらいの実力があれば、間違いなくレギュラーになれる。そしたら、試合にもたくさん出られるよ」

「私を、励ましてくれたんですか」

「うん、まあ、そうかな」

 松原は、照れくさそうにこめかみをかいた。

「ありがたいお話ですけど、松原さんの大学には行きません」

「え」

「行くんだったら、同じリーグの別の大学に行きます」

「どうして」

「また、松原さんと対決したいから」

 加美由が言うと、松原は店内に響き渡るような大声で笑った。

「まいったなあ。こりゃ本格的に痩せなきゃいけなくなった。このままだったら、試合に出してもらえないからなあ」

「そうですよ。ちゃんと痩せてくださいね」

「わかった、約束するよ。ハンバーガーは今日で食べ納めだ」

 松原は突き出た腹を、勢いよくぽんと叩いた。

 加美由は、久しぶりに声を出して笑った。

 ずっとかかっていた心の靄が、晴れたような気がした。


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