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加美由  作者: 白崎由宇
19/26

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 新チームとなって、初めての本格的な練習が始まった。

 部員たちはまだ敗戦を引きずってはいたものの、新主将となった木田や副主将の小宮、切り替え上手な横山を先頭に、身体を徐々に慣らしていった。

 三年生が引退し、空席となったポジションは三つあった。

 扇の要であるキャッチャーには、前の女房役の大橋から徹底的にインサイドワークのノウハウを学び、新エース山根との呼吸もピッタリな秋山が入った。

 ファーストには、チーム一の長身の近藤が無条件で入った。

 セカンドには、グラブさばきに非凡な才能を見せる望月が入った。

 三年生の引退で、部員はちょうど九名。加美由を合わせても十名しかいなくなった。一人でもケガをして欠けてしまったら、次の公式戦に出られなくなる、という危機感もあったが、安藤の指導によるストレッチやマッサージで、ケガの予防には万全を期していた。

「おい、ニュース、ニュース」

 練習終了後、ベンチで道具をまとめていた部員たちの元に、横山がスマホを片手に駆け寄ってきた。

「船商が勝ったぞ」

「すげえな。四年連続じゃん」

「俺的には、幕張中央に行ってほしかったな」

 夏の大会決勝は大方の予想どおり、船橋商業と幕張中央の優勝候補同士の戦いとなった。

 試合は船橋商の日下部、幕張中央の松原の両エースの投げ合いとなり、両チーム無得点のまま最終回となった。

 九回の表、船橋商は日下部から山本へ継投した。山本はストレート主体の圧巻の投球で、幕張中央打線をねじ伏せた。

 九回の裏、船橋商は疲れの見える松原を攻め、ツーアウト満塁とした。船橋商の巧みな待球戦術に加え、連投の疲れも重なって限界にきていた松原は、コントロールが定まらなかった。

 最後は押し出しであっけない幕切れとなり、船橋商が四年連続の夏の甲子園出場を決めた。

 加美由は、幕張中央との練習試合での、松原との勝負を思い返していた。

 甲子園に行けなかった松原の無念さを思い、胸が痛くなった。

 その船橋商も甲子園の準々決勝で九州の強豪校に完敗し、悲願の全国制覇はまたもならなかった。

 

 新チーム初の公式戦となる秋の大会で、成田東は夏の大会の反省を生かして勝ち進んでいった。

 山根は未熟な一年生たちの守備に足を引っ張られながらも、自分の投球スタイルを崩すことなく、冷静に打たせて取った。

 小宮の打撃は、うまさに加えて力強さも増した。二回戦では二打席連続ホームランを放ち、たまたま他の選手目当てで来ていたプロのスカウトを唸らせた。

 横山は特に精神面の成長が見られ、チャンスで打席が回っても力むことなく、着実にランナーを返すバッティングができるようになり、ついに五番に定着した。

 ベスト八で敗れはしたものの、成田東としては創部以来最高の成績だった。

 これで、夏の大会の悪夢を払拭することができた。

 岩見は、手応えを掴んだ。

 大会後、他校からの練習試合の申し込みは更に増えた。以前は加美由目当ての申し込みがほとんどだったが、今度は秋の大会の健闘ぶりを評価してのものが多かった。

 部員が九人しかいないので、誰かが体調を崩したときにはスタメンで出ることもあったが、基本的に加美由は代打や守備からの途中出場がほとんどだった。それはむしろ、加美由が望んでいたことだった。チーム力をアップさせるには、一年生が試合にたくさん出て経験を積むことが一番、と思っていた。

 それでも出るからには、常に最高のパフォーマンスを見せなければならない。加美由は日々の鍛練、技術の研鑚を惜しまなかった。

 対戦相手のピッチャーは、以前のように気の抜けた球を放ることはなくなり、加美由に真剣勝負を挑むようになった。

 その試合、代打で出場した加美由は、ライトに特大のホームランを放った。

「お前、神だな」

 ベンチに戻ってきた加美由に、横山があきれたように言った。

「当たり前じゃん。加美由のカミは神様のカミ」

 佐織は、胸を張った。

「何で西川が得意気なんだよ」

「まあ、加美由は私が育てたようなもんだからね」

「は、意味わかんねえぞ」

 二人の不毛なやりとりをぼんやりと見ながら、加美由はタオルで額の汗を拭った。


 船橋商業は校舎のとなりに、専用の野球場を持っていた。外壁は経年劣化によってくたびれてはいたが広さは十分で、濃い緑色の芝生は丁寧に整備されていて目にも鮮やかだった。

 三塁側ベンチに、ユニフォーム姿の老人が腕組みをして座っていた。老人は外野フェンスに沿ってランニングする部員たちを、静かに眺めていた。

(はやし)先生」

 老人が声のしたほうを向くと、スーツ姿の男性が立っていた。

「おお、相馬か。どうした」

「所用で近くまで来たものですから、ご挨拶にと思いまして」

 深く頭を下げた後で、相馬は林のとなりに腰掛けた。

「甲子園、お疲れ様でした」

 相馬が言うと、林は自嘲気味に笑った。

「日本は広い。今年こそはと思ったが、完膚なきまでに叩きのめされた。日下部も山本も、あそこまで滅多打ちを食らったら逆に未練もないだろう」

「やはり、九州方面には良いバッターが揃っていましたね」

「ああいうのがプロに行くのだろうな」

「そうですね」

 ストレッチが終わると、部員たちは短い距離でのトスバッティングを始めた。

「俺は、野球は守りからだと常々思っている。だからこそ毎年ピッチャーを中心とした守りのチームをつくり上げてきたが、一振りで戦況を一変させてしまうスラッガーというのは本当に恐ろしい。これまで積み重ねてきたものを、一撃で破壊してしまうからな」

 林は、ため息をついた。

「時折、自問自答する。これまでの指導方法は正しかったのか。全国制覇できないのも、指導方法が間違っていたからではないか、とな」

 三十年来の付き合いだが、ここまで気落ちする林の姿を見たのは、相馬も初めてだった。

「そんなことおっしゃらないでください。こうして何度も甲子園に出場しているじゃありませんか」

 県高校球界最高齢監督にして全国にその名を轟かす稀代の名将の林を、後輩の自分が慰めているようで、相馬は不思議な感じがした。

「私も先生の指導方針に倣い、今年も松原を中心とした守りのチームをつくりました。おかげ様で、夏の大会は再び決勝にまで行くことができました」

 林は、視線を相馬に向けた。

「そういえば、松原は随分成長していたな。前は力任せだったが、決勝は緩急を使ってうまく攻めていた。球自体も、格段に速くなっていた。よほどピッチャー出身のお前の指導がよかったのだろう」

「いえいえ。確かに緩急を使えとは口を酸っぱくして言いましたが、球が速くなったのは私の指導ではありません。実は、大きなきっかけがありまして」

「きっかけ」

「はい。夏の大会前に、成田東と練習試合をしたのですが、そのときにあるバッターと対戦したことで、松原は自分の持っている力を最大限に発揮することができました」

「成田東」

 林にとって、思いもよらない高校名だった。

「結果、ホームランを打たれてしまいましたが、松原はあれできっかけを掴むことができました」

 松原の剛速球をホームランにできるバッターなど、県内はおろか全国でもそうはいない。

 それほどのバッターを、自分が知らないはずはない。

 林は、心当たりのある選手の名前を思い浮かべた。

「ああ、確か成田東には、小宮とかいう良い外野手がいると聞いたことがある。そいつか」

「小宮も良いバッターですが、違います。北田といいます」

「キタダ」

「先生は驚かれると思いますが、北田は女の子なんです」

「何」

 成田東に女子の野球部員がいる、という噂だけは林も耳にしていたが、特に興味もなかったので、それ以上の情報を聞くことはなかった。

 松原が、女にホームランを打たれただと。

 まるで漫画のような話で、まったく現実味がない。

 林は、声を押しころして笑った。

「大方、松原も手を抜いて投げたんだろ」

「いえ、スピードガンがなかったので正確にはわかりませんが、間違いなく百五十キロは超えていたと思います」

「そうか。相馬、お前いくつになった」

「年齢ですか。五十六になりましたが」

「その歳になれば、冗談を言うのもうまくなるな」

 林は、皮肉たっぷりに言った。

「お言葉ですが、私は事実を言ったまでです」

 相馬は、少しむっとした。

「冗談も休み休み言え。女が百五十キロの球をホームランだと。そんなこと、あり得るはずもない。だいたい、男と女では筋力がまるで違う。動体視力も反射神経も明らかに男のほうが上だ。せいぜい打てても、まぐれ当たりのゴロが関の山だろう。それがホームランだと。笑わせるな」

 林は、唾を飛ばして捲し立てた。

「実際にご覧になっていただければ、わかると思います」

「くだらん。そんな暇はない」

「そうですか。山本君には、最高の相手だと思ったのですが」

「何だと」

「体型はまったく違いますが、山本君は松原の二年のときの投球スタイルとよく似ています。持っている素質は文句なく素晴らしい。間違いなく松原以上ですが、まだそれをいかしきれていないように見えます。県予選レベルのバッターなら、コントロールがアバウトでも振ってくれますが、全国レベルになればなかなか振ってはくれません。甘い球を見逃さず、捉えられます。山本君には強打者と対戦して、経験を積むことが必要だと思います」

「そんなこと、お前に言われなくても百も承知だ。だから来年は、九州にも遠征すると決めたんだ」

 林は、声を荒らげた。

「なるほど。それも必要なことでしょう。ですが、私は成田東との対戦で、経験以上に貴重なことを学ぶことができました」

「何だ、それは」

「野球は楽しい、ということです」

 相馬の言葉に、林はあきれた。

「少年野球でもあるまいし、よくそんな台詞が言えるな」

「そうですね。自分でも恥ずかしい限りです」

 頭をかいた相馬は、腕時計を見るやいなや、慌てて立ち上がった。

「すみません。長居し過ぎてしまいました。早く学校に戻らないと。それでは先生、失礼いたしました」

 深々と頭を下げた相馬は、校舎脇にある駐車場に向かって駆けていった。

 野球が楽しい、だと。

 何を今更。

 遠ざかる相馬の背中を、林は見えなくなるまで目で追った。


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