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加美由  作者: 白崎由宇
18/26

17

 二日後。部員たちの前に立った横山は、深々と頭を下げた。

「というわけで、本人もだいぶ反省しているようだから、お前らも許してやってくれ」

 岩見が、不機嫌そうに言った。

 本当は、嬉しいくせに。

 部員たちは、笑いをこらえるのに必死だった。

「よく戻ってきてくれたな」

 白石は、横山の肩を叩いた。

「ご迷惑をおかけしました。これからは心を入れ替えて精進します」

「この野郎。世話が焼けるぜ」

 小宮が横山にヘッドロックをかますと、その場は笑いに包まれた。

「いやあ、まさか戻ってくるとは思わなかったわ」

 佐織は、肩をすくめた。

「でもみんな、嬉しそう。横山君って、ああ見えてよっぽど頼りにされているんだね」

「意外とね」

「いつもヘラヘラしている印象が強いから、わからなかった」

 佐織は、小首をかしげた。

「加美由も、嬉しい」

「もちろん」

「へえ。あんたたち、すごく仲悪そうだったのに」

 横山はライバル心をメラメラと燃やし、加美由が活躍したときに限って露骨に嫌な顔をしたり、悪態をついたりしていた。加美由は特に気にもしていなかったのだが、逆にその態度が横山の挑発を意図的に無視しているかのように周囲からは見えた。

 加美由と目が合った横山は、にかっと笑った。

「え、いつの間に仲直りしたの」

 佐織は、目をしばたかせた。

「別に、喧嘩してないから」

 加美由は、ため息をついた。

 練習終了後、加美由はトンボを持ってグラウンド整備を始めた。

 練習後の整備は一年生の仕事だったのだが、加美由は後輩に押しつけるというのがどうしてもできず、二年生になっても今までどおり整備に参加していた。一年生たちは恐縮し二、三年生たちもそれを見たら帰るに帰れなくなり、結局部員全員で整備をするようになっていた。おかげで、今までより数倍の早さで整備が終わるようになった。

「佐織」

「なあに」

「大会は、佐織がベンチに入るんだよ」

「え」

「マネジャーなんだから」

「でも」

「お願いね」

 佐織は、顔を曇らせた。

「加美由は、いいの」

「うん。スタンドから応援する」

「ベンチ、入りたくないの」

 加美由は、首を横に振った。

「入ったら、自分がどうなるか、怖いんだ」

「怖いって」

「我慢できなくなって、グラウンドに飛び出しちゃいそう」

 佐織は、息をのんだ。

「スタンドは金網があるから、飛び出せないでしょ」

 加美由は、トンボを肩にかけて歩き出した。

「誰だろうね。こんなルール作ったの」

 加美由の背中に向かって、佐織は独りごちた。


 夏の大会が開幕すると、成田東は一回戦、二回戦と七回コールドで勝ち上がった。格下相手とはいえ、これまでの貧打線が嘘のように打ちまくった。

 中でも横山は、ホームランを放つなど大暴れした。相変わらず小宮はまともに勝負してもらえなかったが、五番の吉岡とともに六番として打線を引っ張った。

 竹下、山根の両ピッチャーも、ますます安定感が増した。先発竹下、リリーフ山根の継投で、コールドではあるが二戦とも完封した。

 毎年一回戦敗退の常連で二年前は部員不足で試合すらできなかった成田東の想定外の強さに、対戦校は面食らった。

 成田東の実力は、本物らしい。

 他校のあいだでも、そんな噂が飛び交うようになった。

 三回戦。成田東はその日の第三試合で、昨年の秋に練習試合をした大平工業との対戦が決まっていた。

 部員たちのマイクロバスが球場に到着したとき、ちょうど第一試合開始のサイレンが鳴った。

「第一試合を五回ぐらいまで観戦したら、ゆっくりアップしろ」

 バスを降りた部員たちに、岩見は指示を出した。部員たちは、球場の一塁側スタンドに向かった。

 階段を上ってゲートをくぐると、反対の三塁側スタンドには大勢の観客が詰めかけていた。

「すごい人」

 佐織は、その光景に目を見張った。

(ふな)(しよう)の初戦だからね」

 加美由が言うと、佐織は首をかしげた。

 甲子園の常連で、ここ三年連続出場している優勝候補筆頭、Aシードの船橋商業が第一試合に登場していた。

「なんか、やけにユニフォームの人が多くない」

「船商は、部員が百人以上いるから」

「百人以上」

「それでなくても古豪だし、実績も文句なしだからファンも多いんだ」

「うちも対戦することあるの」

 加美由は眼鏡をかけ、大会パンフレットのページをめくり、トーナメント表を確認した。

「今日の大平工と合わせて、あと二回勝てば対戦する」

「じゃあ、今のうちから研究しておかないとね」

「研究、か」

 加美由は、スコアボードを指差した。一回の表のところに、大きく「5」という数字が書かれていた。

「嘘でしょ。さっきサイレンが鳴ったと思ったのに」

「研究しても、嘆き節しか出てこないよ」

「でも、相手が弱すぎるんじゃないの」

「相手の三郷(みさと)(だい)だって、去年の夏、ベスト八だよ」

「げ」

 一回の裏、船橋商が守りにつく。

 マウンドには背番号一、エースの日下部(くさかべ)が上がった。

 佐織は、日下部の投球練習を食い入るように見た。

「ねえ、加美由」

「ん」

「あのピッチャー、どう」

「さすが船商のエースって感じ」

 日下部は身長が百七十五センチぐらいの中肉中背の体格で、見た目はそれほど威圧感があるわけではなかったが、右のサイドハンドから繰り出すストレートの速さとキレは申し分なく、キャッチャーのミットを豪快に鳴らしていた。

「あのスライダーはすごいなあ。あれがコースに決まったら、絶対に打てないよ」

 加美由は、感嘆の声を上げた。

 日下部のスライダーは山根のようなバッターの手元で小さく曲がる高速スライダーとは違い、ストレートよりもだいぶ遅かったが、直角と言ってもいいくらいに鋭く横に曲がった。右バッターからは遠くに逃げるように、左バッターには食い込んでくるような球で、三郷台の各バッターは手も足も出なかった。

「あのピッチャーと、勝負してみたい」

 佐織が尋ねると、加美由は首を横に振った。

「日下部さんは三年生だから、この大会が終わったら引退するよ」

「あ、ごめん」

「ううん」

 ひどいこと、訊いちゃったな。

 佐織は、自分の頭をこぶしで軽く叩いた。

 試合は三回を終了し、十三―〇。船橋商の一方的な展開だった。

「こりゃあ五回コールドだな。アップ、早めにやるぞ」

 白石が声をかけると、部員たちはバットケースとボールケースを持って、球場の外へ続く階段を下りていった。加美由と佐織は、引き続き試合を観戦した。

 四回の表、船橋商は更に五点を追加し、十八―〇となった。

 四回の裏、船橋商のマウンドに、背番号十のピッチャーが上がった。

「船橋商業のピッチャー、日下部君に代わりまして、山本(やまもと)君」

 アナウンスが流れると、佐織は大会パンフレットに目をやった。

「お、あのピッチャー、二年生だ。もしかしたら、勝負できるかもよ」

「その前に、船商がうちと練習試合なんかしてくれるかな」

「どういうこと」

「甲子園の常連で、去年の夏なんか全国ベスト四までいったチームだよ。練習試合をやるんだったら、やっぱり全国レベルの強いところとやるんじゃないかな」

「ええ、つまんないの」

 佐織は、口をとがらせた。

 船橋商の目標は甲子園出場ではなく、あくまでも甲子園での優勝、つまり全国制覇だった。春夏合わせて、これまで二十三回も出場しているが、優勝は一度もなく、八年前の夏の準優勝が最高の成績だった。

 船橋商は全国制覇のために、大会の直前まで県外へ頻繁に遠征し、甲子園常連校との練習試合を重ねていた。県内で練習試合の相手をしてもらえるチームは幕張中央が唯一と言っていいほどで、他校はまったく相手にされていなかった。

「でもさあ、幕張中央とできたんだから、船商ともできるんじゃないの」

「あれは、山根君の繋がりとかがあって奇跡的にできたの。船商とは特に何にも繋がりないでしょ」

「確かにね」

 佐織は、肩を落とした。

 山本の投球練習が始まった。

 身長は日下部より高いが、体格は痩せ気味で威圧感は無かった。

 足場を均して、プレートに足を置き、モーションに入る。

「すごい投げ方」

 佐織でも気がつくくらいに、山本のフォームは独特だった。

 左足を高く上げたかと思えばすぐに下ろし、グラブを持つ左腕を高く上げ、歩幅をせまく踏み出して投げていた。極めつけは、投げ終わった後にピッチャーゴロがすべてセンターに抜けそうなくらいに身体が左に傾き、よろけて転びそうになっていた。

「何だかギッタンバッタンしてて、ぎこちないよねえ」

 あきれて笑った佐織がとなりを向くと、加美由は険しい表情をしていた。

「どうしたの」

 佐織の問いかけに何も答えず、加美由はじっとマウンドを見据えていた。

 山本は、先頭バッターにいきなりストレートの四球を与えた。続く二番にも四球を出してしまい、三番にもストライクが一球も入らなかった。三郷台は、労せずしてノーアウト満塁のチャンスを貰った。

「こりゃひょっとして、ひょっとするかもよ」

「それはない」

「え」

「あのピッチャーは」

 加美由の身体が、小刻みに震え出す。

「大丈夫。具合が悪いの」

「ううん。そういうのじゃなくて」

 佐織が加美由の背中をさすっていると、一塁側スタンドから地鳴りのような歓声が上がった。

「え、何」

 佐織がグラウンドに目をやると、船商ナインが足早にベンチに戻っていた。

 四回の裏のスコアボードには、「0」が刻まれていた。

「ここに、いたんだ」

加美由の顔は紅潮し、肩は震えていた。

 佐織は、絶句した。

 そこには、松原との対決で見せた、恐怖すら感じる異様な笑みがあった。

 試合前、岩見は部員たちの輪の中にいた。

「いいか。一、二回戦のコールド勝ちはもう忘れろ。大平工に全力でぶつかれ。向こうは去年の練習試合の敗戦を糧として、死に物狂いで向かってくるはずだ。うちも北田抜きで戦わなければならない。わかっているだろうな」

 部員たちは一斉に大きな返事をしたが、岩見は部員たちの表情にどこか余裕さえ感じられるのが気になった。幕張中央との善戦が、部員たちに過信を植え付けてしまっているように思えた。

 一回の表、大平工は立ち上がりの竹下を攻め、いきなりの連打でノーアウト一、二塁のチャンスをつくった。三番水野がしっかり送りバントを決め、四番植松が初球の甘いカーブを見逃さず、センター前に二点タイムリーヒットを放った。電光石火のごとく先制された成田東ナインは、呆然となった。

 何とか後続を断ちベンチに戻ったナインは、岩見に一喝された。

「だから言っただろ。なめてかかるからだ。気合いを入れ直せ」

 図星を指されたナインは、がっくりとうな垂れた。

 竹下とは対照的に、大平工のエース水野の立ち上がりのピッチングは絶妙だった。変化球を低めに集め、すべて内野ゴロで三者凡退に打ち取った。

 四回の表、竹下はまたタイムリーを打たれ、スコアは〇―三となった。たまらず岩見は山根にスイッチした。ベンチに戻った竹下は、自分の不甲斐無さを恥じて頭を抱えた。

 大平工ナインの目の色は違っていた。特に四番サードの植松は、練習試合のときの浮ついた印象はいっさい無く、きわどいゴロにも果敢に飛びこみ、ユニフォームを真っ黒に汚していた。岩見の危惧していたとおり、練習試合での敗戦が大平工ナインの心に火をつけたようだった。

 成田東もようやく反撃し、五、六回と一点ずつ返し、二―三と一点差まで迫ってきた。

 ところが、七回の表に山根が植松に痛恨のツーランホームランを浴びた。

 雄叫びを上げた植松は、右手を高々と突き上げながらダイヤモンドを一周した。

 成田東も八回の裏に一点を返したが、後続が打ち取られ、二点差のまま九回の裏を迎えた。

 ツーアウト二、三塁。一打同点のチャンスで、三番の白石に打順が回った。

 白石は自分で決めようとはせずに、四番の小宮に繋げる意識でバッターボックスに入った。

 カウント二―三からファウルで三球粘った。水野の投球数もすでに百四十球に達し、肩で息をしていた。もう限界なのは目に見えていたが、監督の戸沢はエースに託した。

 百四十一球目、水野の放った球は、内角に食い込むシンカーだった。

 打球は、ボテボテのサードゴロとなった。

 猛然と突っ込んでさばいた植松が、間髪入れずに一塁へ送球した。

 白石は、ヘッドスライディングで一塁ベースに飛び込んだ。

 土埃が上がる。

 歓声が上がる。

 一塁塁審は、右のこぶしを突き上げた。


 加美由と佐織を元気づけるために、恵理は二人を食事に誘った。

 場所は佐織の家からほど近い、ログハウス風の小さなイタリアンレストランだった。幼い頃から家族ぐるみで通っていた、馴染みの店でもあった。

「今日は私の奢り。じゃんじゃん食べてよ」

 目の前に加美由の大好物のモッツァレラチーズがのったピザや、佐織の大好物のカルボナーラのパスタが置かれても、二人はなかなか手をつけようとしなかった。

「食べないの。冷めちゃうよ。バイト代が出たから奢ってあげるっていうのに」

 二か月前から、恵理は近所のファミリーレストランでアルバイトを始めた。両親は体調面を心配して反対したが、恵理の意思は固かった。

「加美由。我慢しないで食べな」

 佐織が言うやいなや、加美由のおなかがぐうと鳴った。佐織に遠慮して手をつけなかったが空腹には勝てず、加美由はアツアツのピザを頬張った。

「はあ」

「何なの佐織。さっきからため息ばっかり」

 フレッシュトマトとバジルのパスタを口にしながら、恵理は首を傾げた。

「絶対に勝てる相手だったのに。みんな、ショックから立ち直れてない」

 大平工に敗れてからというもの、部員たちはまるで抜け殻のようだった。

 三年生たちは、よもやこんなところで引退するとは夢にも思わなかったのだろう。放心状態で、涙も出なかった。逆に一、二年生たちは、先輩たちを満足に送ることができなかった、と悔し涙を流した。

「それが野球。しようがないよ」

「恵理さんは見てないからそう言えるけどさ、ベンチで見ていた私からしたら、そんな簡単に片づけられないよ」

「だって、負けるべくして負けたんだから」

「どういうこと」

 佐織は、目をぱちくりさせた。

「さっき佐織、何て言った」

「え」

「絶対に勝てる相手、って言ったでしょ」

「あ、うん」

「佐織がそう思うくらいなんだから、選手たちはもっと絶対勝てる、負けるはずがない、って思っていたはずだよ。それが油断と慢心を生んでしまった。きっと、実力の半分も発揮できなかったでしょうね」

 佐織は、息をのんだ。

「野球に、絶対なんてない。気がついたときにはもう手遅れで、そのままズルズルいっちゃった。違う」

「恵理さん。すごいを通り越して気持ち悪い」

「ひどいこと言うね」

 恵理は、苦笑いを浮かべた。

 加美由はすでに一枚目のピザを平らげ、二枚目のピザに手を伸ばそうとしていた。

「本当によく食べるね。何で太らないんだろう。あ、運動してるからか」

 加美由の食べっぷりを見て少し食欲の出た佐織は、フォークにパスタを絡ませた。

「あ、そうそう」

 パスタを口に運ぶ直前、佐織は加美由に尋ねた。

「そういえば大平工の前に船商の試合見てたとき、あの山本ってピッチャーにやけに反応してたけど。あれは何で」

 加美由は、ピザをのどに詰まらせてむせ込んだ。それを見た恵理は、グラスに入ったアイスティーをそっと差し出した。

「また怖い顔してたから気になってさ」

 アイスティーでピザを流しこんだ後で、加美由はおもむろに口を開いた。

「前に、一度だけ対戦したことがあるの」

「前って」

「リトルの頃。六年の春の試合」

 山本、というごく一般的な苗字だったために最初はわからなかったが、その特徴のある投球フォームはまったく変わっていなかったので、加美由は投球練習の一球目ですぐに気がついた。

「春って、県の決勝」

 今度は、恵理が訊いた。

「相手チームの、エース」

「ああ」

「恵理さんも知ってるの」

「実際には見ていないけど、その日の加美由の悔しがり様を思い出した」

「結果は」

「三打席連続三振」

「マジで」

「それで、その山本君に、きついこと言われたんだよね」

「何て」

「女が野球するんじゃねえ、って」

「うわ。それはひどい」

 佐織は、眉をひそめた。

「元々リトルで野球は辞めるつもりだったけど、あれは、本当に悔しかった」

「じゃあさ、今は加美由も野球をやっているんだし、そのときの悔しさを晴らすチャンスじゃない」

「試合で対決するってこと」

「そう」

「前にも言ったでしょ。無理だって。船商がうちと練習試合なんかしてくれるわけがないよ」

「そんなのわかんないじゃん」

「今日の船商と大平工の試合結果、知ってる」

「知らない」

「五回コールド。十六―〇で船商の勝ち」

「うげ」

「そんな大平工に負けた成田東に、わざわざ船商が練習試合を申し込んでくると思う」

「だああ、もう。相変わらずネガティブなんだから」

 恵理は、頭をかきむしった。

「加美由はどうなの」

「え」

「山本君と、勝負してみたいの。みたくないの」

「そりゃあ、できるものなら」

「だめ。そんなんじゃ勝負できない。心の底から勝負したい、って思わないと」

「心の底から」

「そう思って、一生懸命練習して自分を磨けば、きっと願いは叶うから」

「そうかな」

「私の言うこと、信じられない」

 加美由は、首を横に振った。

「じゃあ決まりだ」

 微笑んだ恵理は、ぽんと手を叩いた。

 いいなあ、加美由は。

 私も、恵理さんみたいなお姉ちゃんがほしかったな。

 二人のやりとりを見ながら、佐織は心の中でつぶやいた。

 加美由がトイレに行っているあいだに、佐織は恵理に訊ねた。

「体調良いんでしょ。たまには加美由の出る試合、観に来ればいいじゃない」

「加美由が、それを望んでいない」

「そんなことないって。絶対観てもらいたいはずだよ」

 佐織が身を乗り出すと、恵理は首を横に振った。

「もし私が観に行ったら、加美由は緊張しちゃって本来の力が出せないと思うの。リトルのときも、私が観に行った試合はあんまり打てなかったしね。それに、岩見先生も私に気を遣って、予定がなくても無理に加美由を試合に出そうとするかもしれない。そうしたら、他の選手たちに迷惑がかかっちゃう」

「考えすぎだよ。あ、じゃあ、今度の試合はビデオに撮って持ってくる」

「いらない」

「なんで」

「私はね、加美由から試合の話を聞くだけで十分なの。それだけで、頭の中に映像がぱっと浮かんでくるんだ。グラウンドを駆け回る加美由の姿がね。ビデオだとどこか平面的だけど、頭の中の映像はとてもリアルなの。まるで、加美由の息遣いが聞こえてきそうなくらいに」

「恵理さん」

 トイレから戻ってきた加美由は、佐織がテーブルに突っ伏して泣きじゃくっているのを見て仰天した。

「どうしたの」

「私が、いじめちゃったみたい」

 恵理は、苦笑いを浮かべた。


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