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加美由  作者: 白崎由宇
14/26

13

「すごいな」

 ずらりと並ぶ新入部員を見て、主将の白石は息をのんだ。

「これで紅白戦ができるぞ」

 となりで、副主将の大橋がはしゃいだ。

 新年度となって部員募集をかけたところ、十名もの新入生が入部した。加美由も含めると、部員は総勢二〇名となった。過去に部員不足で活動休止を経験している三年生たちにとっては、夢のようなことだった。

「何でまた、こんなに入部者が増えたんだ」

「そりゃあ、北田効果だろ」

 大平工戦での加美由の活躍は、近隣の高校だけではなく、中学でも口コミで広がっていた。事実、加美由目当てで入部した部員も多く、自己紹介している最中も端に立っている加美由のほうをチラチラ見ていた。

 こいつら、本当にやる気あるのかよ。

 横山は、訝しく思った。

「宝田シニア出身、山根です。ピッチャーをやっていました」

 最後の新入部員が自己紹介をした途端、上級生のあいだからどよめきが起こった。

「今年のドラフト一位ですよ」

 小宮が得意気に言った。

「控えピッチャーでしたから、あまり煽らないでください」

 山根は表情を変えずに、小宮に釘を刺した。

「いやいや。宝田でピッチャーやっていた、っていうだけでもすごいでしょ」

 キャッチャーの大橋は、早く球を受けたくてウズウズしている様子だった。

 加美由は、どこか初対面ではないような気がしてならなかった。

「山根って、もしかして幕張中央の」

 木田が尋ねると、小宮が答えた。

「よく分かったな。幕張中央の山根さんの弟だ」

 部員たちは、色めき立った。

 加美由は、昨年の夏の大会で戦った山根のピッチングを思い返した。

 豪腕エース松原の影に隠れがちだが、常にストライクを先行させ、冷静に淡々とキレのいい球を放るピッチングスタイルに、ベンチから見ていて惚れ惚れした。

「そういや、兄貴と顔そっくりだな」

 横山は、ニヤリと笑った。

「そう言うな。山根は兄貴と比較されるのが嫌で、幕張中央の推薦を断ってまでうちに入ってくれたんだぞ」

 小宮が、横山をたしなめる。

「一番の理由は、小宮先輩が来い来いってしつこかったからですけど」

 山根が、ぼそっとつぶやく。

「おい、おい」

 慌てる小宮を見て、部員たちは声を出して笑ったが、当の山根だけはニコリともしなかった。

 山根の兄も、マウンド上で常に無表情だった。加美由も横山に能面と揶揄されるほど感情が表に出にくいタイプではあるが、さすがに山根兄弟には負ける、と思った。

「結局、マネジャー志望者はゼロか。一気に部員の数が二倍に増えたから、仕事も二倍になるなあ」

 佐織は、ため息をついた。

「今度は、手伝わせてくれるよね」

 練習に参加するようになってから、佐織は加美由のヘルプを頑なに拒否していたが、これだけ部員が増えたら一人でやるのも限界がある。

「大丈夫、大丈夫」

 啖呵を切って拒否している手前、忙しいからといって安易に加美由に甘える気にはなれなかったが、心の中では、助けてえ、と叫んでいた。

 だが、そんな佐織の心配は杞憂に終わった。

 ものの一か月も経たないうちに、新入部員の半数以上の六名が退部してしまった。岩見の鬼軍曹時代ならまだしも、今の練習にもついていけずにあっさりと辞めていった。

「ほうら、言わんこっちゃない」

 横山は呆れたが、念願の紅白戦が露と消えた大橋の落胆は大きかった。

 一方で、山根を含めて残った四名の新入部員は、先輩たちも目を見張るほど一生懸命に練習に取り組んでいた。

 新人は最初の一か月はバットも持たせてもらえず、走り込みなど、受験勉強で鈍った身体を目覚めさせるような、基礎的な練習を課せられるため、どうしても単調でつまらない内容になってしまうのだが、残った一年生たちは文句ひとつこぼすこともなく、真剣に取り組んだ。

 本当に野球が好きな者だけが残った、という印象を加美由は受けた。

 ウォーミングアップ、キャッチボールが終わり、部員たちがバッティング練習の準備を開始したとき、岩見は山根を呼んだ。

「投げてみるか」

「はい」

「三人相手に、三十球くらいで。最初は竹下が投げるから、そのあいだに肩をつくっておけ」

「わかりました」

 山根はベンチの後ろで同じ一年生の秋山(あきやま)と、肩慣らしのキャッチボールを始めた。

「大物ルーキー、待望のデビューか」

 白石が、嬉しそうに呟いた。

「俺に打たせてください。プロの洗礼を浴びせてやりますよ」

 横山は、自信満々に手を上げた。

「わかったよ。じゃあ横山と吉岡と北田。おまえら先輩三人が、山根の対戦相手だ」

 バッティング練習の打順を決めるのは、主将である白石の役目だった。

 横山にとって吉岡は五番争い、加美由はポジション争いのライバル。これは、大平工戦以来精彩を欠いている横山に、奮起を促す狙いもあった。そんな主将の想いを知ってか知らずか、横山は意気揚々とサードの守りについた。

 竹下が投げ終わり、山根がマウンドに向かうと、部員たちは一斉に視線を向けた。注目の的となった山根だったが、まったく気にする様子も見せず、マウンドの足場を静かに均した。

 山根兄との対決は叶わなかったが、弟と対決ができる。

 兄とそっくりの弟の所作を見た加美由は、胸が高鳴った。

 山根が投球練習を開始すると、二、三年生から感嘆の声が漏れた。

「アンダースロー」

 山根兄が左のスリークォーターだったのに対して、弟は右からの下手投げだった。ただ、アンダースローほど腕は下がっておらず、サイドとアンダーのちょうど中間といったところだった。

 どこにも無駄な力が入っていないようなフォームは、投げ方こそ違えど、やはり兄を想起させるものだった。

「ストレートのみで一人十球。気持ち良く打たせようとはするな。思い切って投げろ」

 岩見の指示に、山根はうなずいた。

「お手並み拝見といきますか」

 バッターボックスに入った横山は、悠然とバットを構えた。

 山根はセットポジションからゆっくり足を上げ、身体を少し沈めてから踏み出し、腕を振った。

「ほお」

 ど真ん中に飛び込んだその球のキレに、横山は思わず唸った。

 二球目、山根はまたもど真ん中に放った。横山はバットを振ったが、球はその下を通り過ぎ、大橋のミットに収まった。

「やべえ」

 横山は、天を仰いだ。

 ストレートしか来ないとわかっていて、しかもど真ん中の絶好球を空振りしてしまった。それだけ、山根の球にキレがある証拠でもあった。

 その後も山根は横山にヒット性の当たりを許さず、ミートに定評のある吉岡でさえも、ヒット性の当たりは一本しか出なかった。部員たちから、驚嘆の声が上がった。

「エースの座、危うしだな」

 ショートの守りについていた木田は、ベンチで青ざめている竹下を見て独りごちた。

 加美由がバッターボックスに向かうと、山根はベンチに座る岩見のほうを向いた。

「岩見先生」

「どうした」

「変化球も投げさせてください」

 山根の要求に、部員たちのあいだからどよめきが起こった。

「なぜだ」

 岩見は、表情一つ変えずに訊ねた。

「ストレートだけだと、絶対に打たれるからです」

「バッティング練習だから、打たれてもいいだろ」

「でも、先程先生は、気持ち良く打たせるな、とおっしゃいましたよね」

 山根は、淡々と岩見を追い詰めていく。

「わかった。好きにしろ」

 堪らず、岩見はさじを投げた。

「俺たちって、いったい」

 横山と吉岡は、顔を見合わせた。

 大橋がマウンドに行き、山根と変化球のサインの打ち合わせを始めた。

 山根が本気の勝負を挑んできたと分かり、加美由は興奮を抑えきれないでいた。素振りをする手にも、力がこもる。

 山根のピッチングを横から見ていて、並のピッチャーでないことはすぐに分かった。その山根が、自分相手に本気になってくれる。

 初球は、加美由の得意なインコース高めのストレートだった。身体が自然と反応したが、バットは空を斬った。

 球速自体はさほどでもないが、初速と終速の差がほとんどないのと、腕が下から出てくるため、加美由には球が浮き上がってくるように見えた。まさに、山根兄とそっくりのストレートの軌道だった。

 二球目に山根は、自身が一番得意とするスライダーを内角に投げ込んだ。ストレートと同じ腕の振りで鋭く内角をえぐるその球に加美由は対応できず、また空振りしてしまった。

「北田が二回続けて空振りなんて、初めてなんじゃねえか」

 吉岡が話しかけたが、横山は眉間にしわを寄せたまま黙っていた。

 その後も、ファウルや凡打が続いた。山根は表情一つ変えず、テンポよくどんどん投げてきた。

 シンカーやスプリットも投げたが、加美由はやはりスライダーが一番だと感じていた。曲がりはそれほど大きくないが、ストレートとほぼ同じ速度で小さく曲がり、左バッターの胸元に食い込んでくる。

 バッティング練習で味方のピッチャーを攻略してしまうと、自信喪失してしまう恐れもある。だが加美由は、山根に限ってはそんな心配はない、遠慮する必要はない、と思った。

 自慢のスライダーを完璧に打ち返そう、と気持ちを更に高めた。

 九球目、山根は加美由の狙っていたスライダーを投げ込んだ。

 内角低めギリギリのところにきた球を、加美由は右足をいつもよりやや開き気味にして踏み込むと、上から思いっきりひっぱたいた。

 火の噴くような打球だったが、一塁側ファウルゾーンの金網にぶち当たった。

 あのコースに投げられたら、ファウルしか打てない。

 加美由は、してやられた、と思った。

 一年生たちは、加美由の打球の鋭さに度肝を抜かされた。噂には聞いていたが、間近で見る加美由の迫力に、ただただ圧倒されていた。だが、マウンドの山根に限っては臆することなく、静かに最後の十球目を投げる準備を始めた。

 大橋からのサインを確認し、左足を上げた。加美由も軸足に力を入れた。

 山根が放った球は、九球目と同じコースに行った。

 加美由はスライダーを狙っていたが、球は曲がることなくバットの下をかいくぐった。

「げほっ」

 後ろで大橋が、咳きこんでうずくまった。山根の球を取りきれずに、胸に当ててしまった。

 山根は、マウンドから大橋の元へ駆け寄った。

「スライダーのサインだったのに、手元が狂って曲がりませんでした。すみません」

「いいって。捕れなかった俺が悪いんだから」

 大橋は、謝る山根を制した。

 スライダーを投げる瞬間、完璧に打ち抜かれるイメージが湧いた。

 指先に力が入ってしまい、曲げることができなかった。

 結果的には加美由を空振りにした山根の勝ちなのだが、山根からすれば完全な失投でたまたま抑えられただけで、到底喜べることではなかった。

「山根君」

 顔を上げると、ヘルメットを脱いだ加美由が立っていた。

「すごく楽しかった。ありがとう」

 滅多に見られない加美由の笑顔を前にして、山根は頬を赤らめた。


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