No. 20ナノハmummy
駆け出した僕とチェイサーはカットマンを柊さんから引き離すように立ち回りながら攻撃を仕掛けていく。
対するカットマンは校舎内を縦横無尽に走りながら両手に持った鉈を振り回してくる。
「廊下じゃ狭すぎる。ここで戦おう」
鉈を振り回してくるカットマンの攻撃は狭い廊下では対処しにくい。
自販機が置いてあるその場所はほんの少しだけ開けた場所であり、二階に吹き抜けになっているため確かに廊下よりは数倍広く、戦いやすいように感じられる。
「はぁ……はぁ……くそっ速いし危ないし、教頭は五十代だっつうのに、怪異ってのはでたらめだな!」
僕が振った刀をかわして逃げたカットマンが階段を上っていき、僕はその後を追う。
「室戸前っ!」
「うおぁっ!?」
折り返し地点に到達した僕を待ち伏せしていたカットマンの鉈が僕に迫る。
だが僕はそれをギリギリでかわすと体勢を立て直して反撃をする。目に一瞬走る、熱量を持った違和感。
「便利だ、室戸の能力」
「本当だよ全く」
瞳に青く淡い光を灯した僕は階段を上りきり、廊下の方へ逃げようとするカットマンを追う。すると僕を越える早さで走るチェイサーがカットマンを先回りし、普通の人間が相手なら確実に骨を粉砕するであろう蹴りを放った。
『ッ……!』
「うらぁっ!」
チェイサーの蹴りを受けてひるみ、隙ができたカットマンに言ノ刃を振るう。
カットマンはそれを左手の鉈で受けようとしたが、言ノ刃はそれをものともせずに、まるで紙を切り裂くかのように鉈を斬り落とした。
「すげぇなこの刀っ」
「室戸グッジョブっ!」
攻撃の密度が半分になったカットマンの懐にチェイサーが難なく入り込むと、両手で放たれた掌底がカットマンの体にめり込み、吹き飛ばされたカットマンは壁に勢いよく叩きつけれた。
『カハッ……!』
「決めるっ」
「っ! 待てチェイサー!」
僕は横にいるチェイサーを突き飛ばす。すると次の瞬間、チェイサーが今の今まで立っていた場所をカットマンが放った鉈が通過していく。
そしてその鉈に気をとられた僕は接近してくるカットマンの対処に遅れて服の襟を捕まれてしまう。
「ちょ、まっ!」
「室戸!」
カットマンは僕をつかんだまま吹き抜けになっている場所へと走っていき、柵を飛び越えたかと思うとそのまま落下し僕を床に叩きつけてきた。
「ぐおぁ……!」
身体中に痛みが走る。骨が軋み、頭がクラクラとする。
僕は口の中に込み上げてきた、鉄の味がするものを吐き出した。
「ぐっ……くはっ……」
カットマンは僕の首を右手で掴むと、そのまま僕の体を持ち上げる。
首が折れるかと思うほど強い力で首を一気に絞められ、意識が急速に遠のいていく。
「手を離せっ!」
後数秒で危うく殺されるところであったが、カットマンと同じく柵を飛び越えたチェイサーが落下しながら蹴りを放ち助けてくれた。
「けほっごほっ……た、助かった」
「これで、さっきのチャラ」
貸しだとか借りだとかを気にしているのかこの状況で。
僕はゆっくりと立ち上がる。身体中あちこち痛いが問題なく動けるようだ。
「さて……お返ししないとな」
「室戸、ラストは任せた」
チェイサーはそう言うとカットマンに向かって駆けていく。その二人の戦闘を見る限り、素手対素手ではチェイサーの方が圧倒的に上らしい。
その証拠にチェイサーの怒涛の連撃にカットマンは防戦一方となっている。
「室戸!」
チェイサーがカットマンに掌底で強い一撃をあたえ、隙を生み出してくれる。
「はあっ!」
僕はその隙を逃すまいと走りだし、言ノ刃を振り上げ、カットマンの体をおもいきり切り裂いた。
すると、カットマンの体の傷口から血ではない、真っ黒な何かが吹き出し始める。
『グ、オ、アァ……アアアアアッ!』
「……教頭先生」
『アァ……あ、ああ……力が……力が無くなる……』
傷口から吹き出したものがカットマンの力そのものだったのか、徐々に佐々岡教頭の姿に戻っていく。
「くそ……くそっくそっ! 十年間……私は十年間……あぁ……私はただ……あの娘に、もう一度……」
佐々岡教頭が右手で押さえている傷口から血がポタポタと落ちる。どうやらカットマンの状態でできた傷口よりも、本体であった教頭の傷口の方が小さいようである。
「まだ、あきらめられん……あきらめてたまるかぁ……!」
「うおっ」
佐々岡教頭は僕を突き飛ばすと、玄関の方に走っていく。
「柊……!」
「そうだ、そっちには柊さんが……!」
柊さんが危ないと思った僕達はあわてて佐々岡教頭の後を追う。
だがその心配は杞憂だったようで、佐々岡教頭は柊さんには目もくれずに左に曲がり一目散に玄関へ走っていく。
「逃がすかっ」
チェイサーがそう言って足に力を込めたその時、「どけぇ!」という佐々岡教頭の怒鳴り声が聞こえてくる。だが次の瞬間には、その教頭が吹き飛ばされ廊下を転げ回った。
僕とチェイサーは何事かと思い足を止める。
僕は一瞬、ワタリが手を貸してくれたのかと思ったが、くたびれたコートを着た男性が出てきたことによってすぐに違うとわかった。
「どけるかよ。部下の仇をやすやす逃がしてたまるか」
それは、僕の知っている人物。
「雄介おじさん……?」
「ん、四津木……」
「どうして、ここに……?」
この学校は人払いされているはずなのに……。
「あ~まぁ、勘が働いたんだよ。五年間追っていた仇がここで捕まえられるっていう勘がな。俺の勘はよく当たるんだ。それにしても、無茶したみたいだな四津木。血が出てるぞ口から」
「あ、いやこれは……」
「まぁいいか。おじさんはこいつを逮捕しに来ただけだ。じゃあな~君達」
雄介おじさんは佐々岡教頭に手錠をかけると彼を肩に担いでそのまま去っていく。
……帰ったら色々と聞かなきゃいけないかもな。
『ありがとう……ございます……!』
「ん?」
『お父さんを止めてくれて……本当にありがとうございます……! 感謝してもしきれないです……!』
「はは、約束は守ったぞ。ギリギリ……」
「危なかったな意外と」
「だな~」
「二人とも~!」
僕とチェイサーが顔を見合わせ笑っていると、柊さんが僕達に抱きついてきた。
「二人とも本当に大丈夫!? 心配だったよ~! 室戸くん血なんか出しちゃって……う~」
「ははは、まぁなんとか大丈夫かな」
「柊、心配かけてごめん」
「本当に良かった~二人とも無事で!」
柊さんは僕達から離れて涙をぬぐうとそう言って微笑んだ。
「さて、それじゃあ問題は解決したし、帰りますか! あ、そうだbacksideでお疲れ様会でもしちゃう?」
「柊がそう言うなら」
「あ、僕はちょっと人と会う用事があるから先に行っててくれるかな?」
僕にとってはここからが本番で、本題で、大一番だ。
「そっか。じゃあ先に行ってるよ。あ、ナノハちゃん、噂の件も任せてね! 何とかして見せるから!」
『はい! 本当にありがとうございます!!』
「それじゃあねナノハちゃん!」
『さようなら!』
*
柊さんとチェイサーの二人と別れた僕はグラウンドの真ん中に立っていたワタリの元に歩いていく。
そして目の前にやって来た僕を見て彼が最初に発した言葉は、「ははっ運が良かったんだねぇ」であった。
「無傷とはいかないまでも、死んだりせずに奴を倒せるなんてね。その刀のおかげなのかな?」
「そうだな、正直死にかけたけど……まだあちこち痛いし」
「お疲れ様、頑張ったね。と言ってあげたいところだが、そうはいかないんだよねぇ。打ち切りになった漫画的に言うなら、僕達の戦いはこれからだ、てところだね」
なぜわざわざ打ち切り漫画的に言い表したんだ。
「まぁ、それはわかってるよ。それにしても、準備ってやつは終わったのか? 見た感じ何も変わってないように見えるけど」
「パッと見てすぐにわかるんじゃ、罠の意味がないじゃないか」
「確かにそうだけど……」
「おっと、これは運がいいな、計算通りだ。現れたようだぜ。花蟷螂の本体が」
ワタリが僕の背後を指さしたので、振り返って指をさした先に視線を向ける。
「えっ……」
その姿に僕は驚く。なぜなら、そこにいたのは鏡の中にいた少女だったからだ。服装は全く違うものになっていたが、間違いなく、間違えようもなく彼女であった。
「ナノハ……?」
「知り合いなのかどうかは知らないけど、あれはもう、君が言うナノハっていう子なんかじゃないよ。あれは花蟷螂がカットマンと呼ばれた奴を騙して得た依り代だ。言ったよね、花蟷螂はそういう奴だって。変に情を持つと君が殺されるぞ」
「わ、わかってる……!」
依り代の姿で現れるというのを忘れていたわけではなかった。でもなぜか、ナノハの体で現れるという可能性を僕は排除していた。
カットマンが佐々岡教頭だった以上、依り代となる死体はナノハのものしかないというのに、他の人の姿をしていると無意識に思っていた。何でそんなふうに思っていたのか……もしかすると僕は、彼女と話したがために、彼女の体を傷つけなければならない可能性を排除してしまったのかもしれない。
「…………体を傷つけてでも倒すのが、彼女のためだよな」
「あぁそうだ。自分の体を勝手に使われるよりは、ちゃんと埋葬される方がずっとましさ。さぁ、気をひきしめな」
「あぁ……!」
ナノハの姿をした怪異花蟷螂は、三メートル程離れた位置で歩みを止めると、僕達を見下すような表情で笑った。その声は、先程まで聞いていた彼女の声と同じ……。
「どうやら、我が現れるのは予想していたようだな。だが、我を待ち伏せするのにたった二人だけとは! 面白すぎて笑いが止まらぬわ!」
「そりゃあ、無駄に多くしても意味ないしねぇ。お前の相手なんて、僕達二人で充分だからさぁ?」
「……なんだと?」
ワタリの挑発に花蟷螂が反応し、空気が突然ピリッとしたものへと変化する。
「は、ははは! 面白い実に面白いぞ人間。二人で充分? 冗談も休み休み言うことだな!」
「冗談かどうか、試してみるか?」
ワタリは腰のホルダーのようなものから金属棒を取り出し、一振りして最大まで伸ばす。
「は、ははは! ……図に乗るなよ、人間っ!!」
「人間なめてると、痛い目見るぜ……!」
ワタリの言葉を皮切りに僕達と花蟷螂は戦闘を開始する。流石に本体がとり憑いているだけあってカットマンよりも動きがかなり速い。攻撃も素手によるもののためとても速く、その上カットマンよりも一撃一撃に致死性を帯びている。
「ぐっ……こんなの当たったら体抉られるぞ……!
」
「この状況で話せるなんて余裕だねぇ君」
「うっせっ!」
僕は一度距離をとるために言ノ刃をおもいきり横なぎに振るう。
「四津木くん、その刀で奴に大きなダメージを与えろ。そこで仕掛ける!」
ワタリは早口でそう告げると花蟷螂に向かって駆け出していく。
「はぁ……責任重大だな……こちとら二連戦だっつうの!」
「は、ははは! 大口を叩くわりには大したことないなぁ人間共! 退屈すぎて我はあくびが出そうだ!」
「したいなら勝手にしてろ」
ワタリはカットマンの時と同じように花蟷螂の攻撃をかわし、弾き、時には受け止めたりしながら反撃をしていく。だがカットマンの時と違うのが今回はワタリの攻撃が当たらず苦戦しているということだ。
「は、ははは! 確かに普通の人間よりは動きが数段良いが、それじゃあ我には勝てぬぞ! はあっ!」
「ぐっ……!」
「ワタリっ!」
僕は蹴りをくらって吹き飛ばされたワタリの元へ行こうとする。だが、そんな僕の前に笑みを浮かべた花蟷螂が現れ猛攻を仕掛けてくる。
「ぐっくっ……!」
あまりの猛攻に防戦一方になり、かわしきれない攻撃が身体をかすって僅かに血を散らしていく。
「さっきの話は聞こえていた! その刀が切り札なのだろう? ならばお前から殺してくれる! は、ははは!」
「くそっ……!」
それでも十秒ほど耐え抜く僕であったが、ついに攻撃を避けきれず、言ノ刃を持っている手に攻撃が当たったために手離してしまって言ノ刃を飛ばされてしまう。
「は、ははは! ははは! 我の勝ちだ人間!! はははは! はははは! はははは!」
勝ち誇って笑う花蟷螂が僕に止めをさしに来る。そんな状況に置かれながらも僕は、なぜかとても冷静であった。
僕の目に、もういい加減慣れてきた感覚が走る。瞬間、世界が停止に近い状況になる。
時間はあまりない。それでも僕は冷静に判断して動く。
そして僕は動かせない右手ではなく左手を伸ばし、叫ぶ。
「来い、言ノ刃っ!!」
すると飛ばされてしまったはずの言ノ刃が左手の中に再度出現し、僕はそれを力強く握りしめる。
能力の効果が切れる。だが、状況は僕の敗北から、勝利へと変わっている……!
「はははは! はは……は、は……?」
目の前にいたはずの僕がいないことに気づいた花蟷螂は数歩歩いて、何かおかしいと思ったのか、自分の腹部をゆっくりと確認する。そして、後ろにいる僕に振り返る。
「……んな、ばかな……なぜ、なにを……今、何を……!」
信じられないという顔でそう呟く花蟷螂の身体には、言ノ刃によって大きな傷跡が刻まれていた。
「はぁ……はぁ……」
怪我の痛みと能力の使用による副作用か頭がクラクラして倒れそうになるが、ギリギリのところでなんとか耐える。
「よくやった、四津木くん」
「ワタリ……」
後ろから歩いてきたワタリはポケットから紙のような物を取り出すと、それを半分に千切る。すると、次の瞬間グラウンドに魔方陣のようなものが現れ花蟷螂が苦しみ始める。
「あ、あっがっ……はぁっ……止めろ……これは我の身体だ……我の……」
「お前のために犠牲になっていい身体なんて、たとえ死体だとしてもこの世にはねぇよ」
「あ、あぁ……ああぁ……ハァ……グッ……ウゥ』
ナノハの体から液体状のものがドロドロと流れ始めたかと思うと、徐々にそれらが集まっていき、やがて白い、昆虫のハナカマキリのような姿が目の前に出現した。
『クソッ……人間ゴトキガ……我ノ身体ヲ……覚エテイロ……! コノ恨ミハヤガテ』
「いや、逃がさねぇよ」
ワタリは再びポケットから紙のような物を取り出すと、今度はそれを手離して踏みつける。すると、地面から突然光の鎖のようなものが出現して花蟷螂の身体に刺さり、地面に縛りつけていく。
『グオオオアアアァァァ……ア、アァ……』
「さて、と。満身創痍のところ申し訳ないんだけど四津木くん、君がとどめをさしてくれるかな。その刀でさ」
「……わかった」
今はもう抜け殻となってしまったナノハの死体をワタリが抱き抱えて回収し終わると、僕はゆっくりと花蟷螂へと歩み寄っていく。
『ア、アァ……アァ! ヤメロ、ヤメロヤメロ!』
「……じゃあな、花蟷螂」
『ヤメロオオォォォ……!』
僕は左手を振り上げると言ノ刃をしっかりと握り直し、そして一呼吸をおくと、そのまま花蟷螂に向かって言ノ刃を振り下ろした。
こうして、長きにわたって繰り広げられた怪異花蟷螂に関わる事象は全て終結し、僕が体験したこの怪異事件は終幕を見ることとなった。




