No. 12超長午後research
「……」
誰だこいつっ…………。
僕は声をかけてきた男性の背格好を確認していく。
身長は170センチ後半ほど。年齢は、見た目的にきっと三十前後。あごには無精髭を生やしていて丸いレンズのサングラスをかけている。いかにも、胡散臭い。胡散臭さ満載である。ズボンは七分丈、ベルト有り。黒いシャツに焦げ茶のベストを羽織っていて、どちらもボタンは閉められてはおらずに全開状態。だが腹を見せているというわけではなく、中に黒っぽい色のタンクトップか何かを着ているようだ。正直少し暑そうではある。
頭髪に関してはウェーブのかかった長めの黒髪で、額でとめられた太めのヘアバンドによって上げられた前髪は後頭部の方へともっていかれている。
……僕は、こんな男性に出会った覚えがない。いったい誰なのだろうか、この人は。
「おや、どうかしたのかい四津木くん」
というより、どうして……。
「どうして僕の名前を……」
「ん? 君の名字は四津木じゃなかったかい?」
「え、いや、僕の名字は室戸ですが」
「おっと、そうだったかな」
男性がハハッと笑う。
何なんだこの人は……流石に人違いをしているってことではなさそうだけれど……。
「ま、いいや名字のことは。君が覚えていないなら、僕のこともまぁ、覚えていなくても構わないさ。あ、一つ言っておくがね、人違いをしているわけではないからね」
「はぁ、なんかすいません」
「別に君が謝ることじゃあないよ。人は誰だって忘れながら生きている。──っと、そうだ、道を聞こうと思っていたんだ。四津木くん、君は汽車がある公園の場所を知っているかい? 待ち合わせをしているんだけどね、待ち合わせ相手からの情報がそれだけでさ、ちょっと困っているんだ」
汽車がある公園……。
僕はその場所に思い至り、スマホを取り出して地図アプリを起動する。
「それはきっとここですね、文化公園」
拡大表示した地図を指差して彼に伝える。
「ほう、なるほどね。いや助かったよ助かった、本当に助かった。いやはや、色々と大雑把な奴でね、困ったもんだよ全く。それにしても、こんなに早く解決できるなんて、運が良かったんだねぇ」
「運ですか」
「そう、人の世は運次第。それが僕の考えさ。運の良し悪しが全てを決めている」
それはまぁ、すごい考えだな……。運だけで全てが決まるとは流石に思えないけれどな僕は。
「運の良し悪しが全てをって、そんなことあるんですかね。努力の結果、というのだってあると思うんですが」
「ふむ、例えば何かな」
「例えば……勉強を頑張ったからテストで高得点がとれた、とか」
「運が良かったんだね。それは勉強した部分が運良く頻出した。または勉強した部分を運良く覚えていられた。というだけさ」
「た、例えば……練習を何時間も頑張ったおかげで、野球の試合でホームランを打てた……とか」
「それも同じさ。運が良かったんだね。それは運良くボールが投げられた場所に、自分が振りたい場所にバットを振ることができた。それだけさ」
「……なんか、やる気を無くす考えをしてるんですね」
その考えじゃあ、努力をしようとしまいと結果は運次第なんだから、努力するだけ無駄なんだと言われているような気分だ。
「あ、勘違いしてもらっちゃ困るんだけどさ。僕は別に、努力はするだけ無駄だと言いたいわけではないし、努力自体を全否定しているわけでもないんだよね。努力をすればその分、良い結果を出しやすくなるし、しなければその分、悪い結果が出やすくなる。僕の考えでは努力の有無が、結果の良し悪しを決める確率を変動させる、というわけだ。でもそれは、あくまで、確率を変動させるだけ。肝心なところでは、最終的には結局、全て運で決まるのさ。どんな努力家でも運が悪けりゃ失敗はするし、努力をしていない人でも運が良ければ成功はする。天才だって運が悪けりゃあ上手くいかないことはあるし、何の才能もない人が運良く上手くいってしまうことだってある。だから、人の世は運次第、というわけさ」
「はぁ……」
随分と長く語られてしまった……。それにしても、運次第、か。話を聞くと、確かにそうなのかもしれないと思えてくる。なんか、勝手なイメージだけどギャンブルとかが好きそうだ、この人は。
……ん、そういや、この人から名前を聞いてないな。
「あの、あなたの名前は……」
「別に敬語なんか使って、かしこまってくれなくても良いんだけどね。──僕の名前は、中野渡龍之介って言うんだ。そうだね、少し長いから、ワタリって呼んでくれて構わないよ」
中野渡龍之介って……凄い名前だな……。少し長いどころじゃないし、こんな名前の人を僕は果たして忘れられるのだろうか……? 会ったことがあるって言うのは、少し怪しい部分があるな。
「ワタリさん、ですか……ノートで殺されそうですね」
「ははっ、よく言われるよ。それじゃあ、四津木くん。さよならだ」
「さ、さようなら」
僕は、踵を返して後ろ手に手を振る彼をしばらく見送ると、ため息を一つつき、家に向かって再び歩き始めた。
*
愛しの我が家に帰宅し昼食を軽く済ませた僕は、すぐに二階、宮崎さんが営む喫茶店『backside』へと向かった。
朝から多発している怪異によって磨耗していた僕の精神は、昼食をとり少しの休憩を挟んだことによって多少なりとも回復はしたのだが、階段を上っている時の僕は、その先に待っているものを、扉の先に待っているものを知りはしなかった。
「こんな言葉を知っているか? 『物事はすべて不可能だと証明されるまでは可能である。また、不可能なことであっても、今のところはそうであるというだけかもしれない』──アメリカの女性小説家、パール・S・バックの言葉だ。まぁ、つまり俺が言いたいのは、空想上の生物だと思われているものであっても、存在しないことを証明できないのであれば、存在している可能性が僅かでもある、ということだ。今のところ人類が発見できていないだけであってね。君が見たもの、その存在は、夢や幻ではなく、君の目の前にこの世の中に、確かに存在していたのさ」
「……はぁ」
話なっげぇよクソがぁぁぁぁぁ…………。何だよ何なんだよ、僕の忍耐力を試してるのか忍耐力テストなのかこれは……!?
僕は今、宮崎さんの喫茶店で、黒間さんの長い、長~い話を聞かされていた。
何でこんなことになったのか。それは、『仲間を連れてきます!』と言って出ていったらしい柊さんを待っていた僕が黒間さんに、『何かあったのか?』と聞かれて今日僕の身に起きた出来事を話してしまったからである。もっと言えば、僕が見た存在、怪異についてどう思うかを聞いてしまったがためだ。正に失言であった。
それにしても、本当に凄かった……。一人で十分ほど、ノンストップで話し続けられるとは思わなかった。話すのが好きな人多くないか……? 最初の方に言われたことなんて、もう既に覚えていないし。
「え~と……じゃあ黒間さんは幽霊とか信じてるんですか」
「信じているわけではないが……いてもおかしくはないと思っている。俺も似たようなものだしな」
「は?」
「冗談だ」
「冗談にならないから止めてください」
一瞬信じてしまったではないか。黒間さん幽霊説に信憑性が出てきてしまうところであった。
「怪異については?」
「それは君でもわかるだろ」
「いや、そう簡単に受け入れられるわけじゃ……普通に考えて空飛ぶ天狗とか意味不明すぎるでしょ」
「空飛ぶ天狗、ねぇ……」
「?」
おや、どうかしたのだろうか? もしかして……。
「天狗について何か思い当たることでも?」
「そんなことよりも、待ち人が来たみたいだぞ」
黒間さんがそう言って、僕が背にしている入り口の扉を指さす。
………………。
しばらくすると、彼が言った通り喫茶店の扉が開かれる。
…………何でわかったんだこの人……?
「まぁ、いいか。柊さ……」
僕は、そこまで言いかけて、停止した。入り口から現れた人物を見て僕は……
思考が、停止した。




