No. 11
「はぁ……」
僕はため息をついた。
何度目の台詞かわからないが、一体何が起きているというのだろう、この町は。僕の身の周りで何が起きていて、僕の身に一体何が起きているのだろう。これが俗に言う、巻き込まれ体質というやつだろうか。迷惑以外のなにものでもないな。
まぁでも、それはそうとして、誰かが死んでしまったりしているわけではないだけ、まだましなのかもしれない。どこぞの少年名探偵の周りでは人が死にすぎているし、どこぞのじっちゃんの孫名探偵もまたしかり。僕の人生がそういった系統のものでなくて本当に良かった。
特に誰かに迷惑をかけているわけでもないし、その点から考えてもまだましな方かもしれない。ましであれば良いというわけではないが。
「卵は買ったし……他は特に必要な物は……ん?」
僕は足を止め、少し戻り、棚を物色している女子を発見するとその女子のもとへ歩み寄っていく。
「よ、みや」
「どちら様ですか」
「はい?」
名前を呼ぼうとして、食いぎみに返答されてしまった。
「どちら様ですか、あなたは」
「いや待って」
「用が無いのでしたら、私はこれで」
「待て待て待て待て! 知り合いでしょうよ僕達は。ちょっと反応冷たくないか? 三宅さん」
三宅さん。転校してきた僕に五番目に声をかけてくれた人物。同じクラスの女子で背は少し高め。黒の長髪をポニーテールにしていて眼鏡をかけている。服装は、まぁ彼女らしいと言えるかもしれない。
彼女は心なしか、僕に冷たい気がする。何かをした覚えはないのだけれど、何かしてしまったのだろうか。
「なぁ、もしかして、何か怒らせるようなことしたかな」
「……」
物色していた商品を棚に戻した彼女は、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
「あら、あなた室戸くんじゃない。全然気づかなかったわ」
「知らないで話してたのか!?」
「しょうがないじゃない。顔を見てなかったんだから」
「声で気づいてもいいんじゃ」
「だってほら、あなたの声って特徴が無いじゃない?」
「初めてだよそんなことを言われたのは」
「だってほら、私って顔を見なければ人を判別出来ないじゃない?」
「それこそ初耳なんだが」
「顔を見て話しなさいって、言われたことない?」
「全く関係ないよな、その話」
「関係無いとは失礼な。私はミヤケ屋と言われたことのあるほどの人物よ。関係無い話なんてするわけないわ」
「んなニュース番組みたいな名前が!?」
というか、だからといって関係無い話をしないことにはならないのでは?
「嘘だけど」
「嘘なのかよ!」
「いくらミヤケ屋と呼ばれる私でも、関係無い話をしたりもするわ」
「嘘ってそっち!? ミヤケ屋の方じゃなくて!?」
「ノリノリにツッコミするのね。芸人にでもなったら?」
「芸人になれるほどのツッコミはしてないと思うんだが」
「面白くない若手芸人なんてたくさんいるじゃない。面白くなくても芸人にはなれるわ。テレビに出れないだけで」
「芸人になるのが簡単みたいな言い方をするな! 芸人に謝れ!」
「じゃああなたが言っておいてよ」
「なんで僕が言伝てするんだ!」
「だってほら、あなたって芸人になるじゃない?」
「じゃなくねぇよ、ならねぇよ! なっても失敗するのは目に見えてるじゃないか!」
「そして破滅しちゃえばいいのよ。破滅する姿が目に見えているわ。良い気味ね」
「辛辣すぎる!」
「ところで室戸くん。じゃなくねぇよ、って日本語的にどうなのかしら」
「今そこを拾っちゃう!? いいでしょそこは! 関係無いでしょ!」
「確かに、私達は赤の他人だわ」
「そこまでは言ってねぇよ、というかそんなことは言ってねぇよ!」
「さっきから大きな声を出して、他のお客さんに失礼よ」
「ここに来て正論をぶつけられたっ……!」
正論すぎて反論の余地も無いぜ……。
「まぁ、といっても、他のお客さんなんて全然いないのだけれど」
「ん、確かに、今日は人が少ないよな。いつもはもっといるのに」
「驚くほど少ないわね。まるであなたの友達の数みたい」
「な、なんだと!」
「あら、あなたってそんなに友達いたかしら?」
「ふん、なめてもらっちゃあ困るねぇ。僕の友達の数は片手じゃ足りないくらいさ」
「両手でこと足りる人数ってことね、要するに。ところで、何か用なの?」
「ん?」
「ん? じゃないわよ。何か用があったから声をかけてきたんじゃないの? と、私は聞いているのよ。言ってあげているのよ私は。あぁ、私優しい」
すごい上から目線だ……。そしてすごい自画自賛だ。
それにしても、用が無いのなら話しかけないで、とでも言いそうな雰囲気をかもし出しているな。三宅さん。流石にそんなことは言わないだろうけれど。
「いや、ただ単に、見かけたから挨拶しようと思っただけなんだけど」
「そう……用が無いのなら話しかけないで」
予想的中じゃないかっ!
「別にそこまで言わなくても……」
「だってほら、私ってあなたのことが嫌いだから」
「直球すぎる……! 三宅さんって……誰かに似てるな、と思ってたけどあれだわ、僕の好きな小説のツンデレ少女に似てるわ……」
「あら失礼ね。私は文房具を凶器として多数持ち歩くような危険人物ではないわ」
まさか通じるとは。
「それより、用が無いのよね? なら私はそろそろ行くわ」
「あ、あぁうん。じゃあな」
「さようなら、永遠に」
「永遠にではねぇよ!」
買い物を終えた僕は外に出た。ドアが開くと共に吹き付ける熱風は、今が夏なのだということを僕にすぐ思い出させてくれた。暑い。
それにしても、彼女の反応の冷たさというのは、なかなか厳しいものがある。というか彼女が厳しい。僕に厳しい。喧嘩するほど仲が良いなんて言うけれど、それは違うんじゃないかと疑いたくなってくる。そもそもあれって客観的に見た言葉なわけだしな。喧嘩ばかりの人達が仲が良いとは限らないわけだし。まぁ一人で悩んでいても意味はないのだけれど。
今日は、振り返ってみると今日は、本当に大変な一日だ。一日だった、と過去形にしたいところだけれど、まだ昼になったばかりなんだよなぁ。それに、これから柊さんと一緒に調べものをしなきゃいけないんだし……連絡先を得るためには仕方ないけれど……そうだ、森で起きたことについても聞いておかなきゃな。……それにしてもなんか、一日が凄く長い気がするな。昨日なんてあっという間に過ぎていったというのに。
「……?」
少しおかしい。
いや、確実におかしい。
何がおかしいのか、というとそれは、長さだ。僕の歩いている道の長さ、それがあきらかに長い。普段なら、こんなに考え事をしていられるほど、僕の家と先程のスーパーの間の道は長くないのだ。
ということを考えながらも歩き続けているというのに、一向に辿り着かない。というか、どちらかというと家から離れている気がする。
「またか……? またなのか……?」
僕はまた、怪異に遭遇したのか……。なんだこれは、ハードスケジュールすぎる……。何度怪異に遭遇すれば良いのだ僕は。
気づけば空の色も、緑がかっている気がする。黄緑と言ったところか。
「……そうだ、柊さんなら何かわかるかもしれない」
僕はスマホを取り出し、そして電話帳を開いて、そこで停止した。スマホが停止したのではなく、僕の動きが停止した。
「連絡先知らないじゃんっ!!」
僕は地に手足をつけて項垂れた。
「……」
僕は歩く。
「…………」
僕は降る。
「………………」
僕は……交差点のど真ん中で立ち止まった。
「どこだっここはっ!」
誰にも頼れない状況の中歩き続けてはや一時間。もはや町は原形を無くしている。面影がなくなっている。あの町にはこんな交差点は無い。道が六本ある交差点なんて見たことがない。というか、階段のある道なんて今までこの町の中で見たことがない。
「もう、勘弁してくれよ……」
と、僕が心を折られかけたその時、僕のスマホが着信音をならして振動し始めた。
「電話……?」
僕はスマホを確認する。
そこには、『宮崎さん』と表示されていた。
「宮崎さん……? はい、もしもし……」
『もしもし、柊千尋です!』
「ひ、柊さん……?」
『あまりにも遅いから宮崎さんにスマホを貸してもらってかけているんだけど、何かあったの?』
「道に迷ってる……」
『道に?』
「怪異に遭遇したみたい……空が黄緑になってるし、なんか変な交差点が出現してるし……」
『……私は人のこと言えないけど、随分と巻き込まれやすい体質なんだね……でも、うん、よくわかったよ』
今の説明だけでよくわかったって、流石は柊さんと言ったところだろうか。もしかして、怪異に関して言えば、ほとんど何でも知っているんじゃないだろうか。
『えっとね、それじゃあその怪異の脱出法……というより、解決法を説明するよ。──室戸くん、天邪鬼って、知ってる?』
「天邪鬼? 事実とは逆のことを言う人……みたいな感じだったっけ……? それが何か関係あるのか?」
『うん、そんな感じだね。元々は、物真似と心を探るのが上手な悪い鬼のことらしいんだけどね。──室戸くんが今遭遇している怪異、その名前が天邪鬼って言うの。道に迷わせる類いの怪異だね』
「道に迷わせる……か」
やってくれるぜ全く……。
『室戸くん、家のある方向ってまだわかる?』
僕は周辺を見渡す。そして、遠くに市役所の姿を見つけた僕は大体の家の方向を確認することに成功する。
「あぁ、うん、わかるよ大体」
『良かった。それじゃあ、その方向に道が延びているんじゃないかな?』
「そっちにいけば良いのか?」
『あ、違うよ待って!』
歩き出そうとした僕は急停止した。
『焦ったぁ……もう、ちゃんと最後まで話を聞かないとダメだよ?』
「いやぁ……ごめん」
『うん、じゃあ説明を続けるけど、その道ってさ、どんな道かな?』
「どんな道……?」
『あ、えっとね、平坦な道とか坂道とか、そういうのわからないかな?』
「あ、なるほど」
僕は自分の家の方向へと延びている道が平坦なのを確認すると、その情報を彼女に伝えた。
『平坦なのか。それじゃあ、真逆の方向にも平坦な道が延びてると思うから、そっちの道に進んでください!』
「わかった」
僕は彼女の指示の通りに行動する。
するとしばらくして、先程と同じような交差点に辿り着いた。
『どうかな? 少しは近づいたと思うんだけれど』
「うん、近づいたみたいだね。それじゃあ、これを繰り返していけば良いのかな?」
『そうなんだけれど、坂道と階段の場合は気をつけてね? その二つは平坦な道とはちょっと違うから』
「具体的にはどう違うんだ?」
『坂道と階段の場合はね、逆の行為をしなきゃいけないの。登り道なら降り道を降る。下り階段なら上り階段を上る。という感じにね』
「柊さんの説明はわかりやすいな。助かるよ」
『どういたしまして! それじゃあ、待ってるよ!』
「ありがとう」
僕は通話を終了するとスマホをしまって再び歩き出した。
── 数十分後 ──
「はぁ……やっと終わった……」
スーパーの前に戻ってきた辺りで、空が青さを取り戻し道も普段歩いているものと同じものに戻っている事に気がついた。誰も周囲にいないが、怪異現象から脱出できたと考えても良いだろう。
「一日でこんなに疲れたのは初めてかもしれないな……」
もうすぐ家に帰ることができる。そう思い止まっていた足を動かし始めた。その時、一人の男性とすれ違った。
「ちょっと良いかな、そこの君」
その男性に、声をかけられた。
「? 僕、ですよね」
周りに誰もいないのを確認しながら呟く。
「そうだ君だ。久しぶりだね、四津木くん」
「…………」
僕は衝撃を受けた。衝撃のあまり絶句してましまった。何故ならこの男性、僕には全く見覚えが、なかったからである。




