No. 10
「いやぁ、まさかこんな所で室戸くんに会っちゃうなんてねぇ! 驚き柊!」
「……? うん、僕も現在進行形で驚いてるよ」
「驚き四津木だね」
「……何かなそれ」
「驚きの後に名前をつけることによって何かが起きないかを試してみてるの!」
「僕以外の人には試さないことを推奨するよ」
「え、どうしてかな?」
すべる以外の結果が見えない。言ってしまうなら、つまらないのだ。だけど、ストレートに言ってしまうのは憚られる。
「……どうしてだと思う?」
「どうしてかなぁ? ん~、ギブアップです室戸くん。答えをください」
いや、言ってしまうのが優しさか……。
「その、正直に言ったらさ、つまらないんだよ、それ。いや、つまるつまらないの話じゃないのかもしれないけど」
「えぇ!? つまらないの!? 驚き柊!」
まだやるか。
「流行らせようと思ってたんだけどなぁ」
「流行る確率は限りなくゼロに近いと思う」
「でも、ゼロじゃない」
「いやごめん訂正するよ。ゼロだと思う」
「むぐ……でも、私は諦めないよ」
柊さんは数歩僕の前を歩き、そしてこちらを振り返る。
「努力はきっと、報われるから! だから、私は諦めずに使い続けるよ!」
「良いこと言ったな私、みたいな顔してるけど、カッコよくないからね? 柊さんは努力の方向を間違えてるよ。ベクトルが残念な方向に向いちゃってるんだよ」
「それは驚きだ」
「あっさり止めちゃった!?」
「どうしてかなぁ……私、方向音痴ではないんだけどなぁ」
「そういう問題じゃあないんだ柊さん」
というか、それどころじゃないんだ柊さん。
話題を変えよう。
「なんか、間が空いたね」
「それより、柊さん。聞きたいことが一つ……とは言わずに、いくつかあるのだけれど」
「ん、何かな? この柊千尋さんが何でも一つだけ聞いてあげよう!」
「一つじゃないって前置きしたよね」
「では、室戸くんは何が聞きたいのかな? この森について? この神社について? 天狗さんについてかな? それとも、この子について?」
彼女はそう言って目の前を歩いていたそいつを胸の高さに抱き上げる。
それは一目にして人外であり、まず動物ですらない。薄緑色の身体に二足歩行、ダックスフンドもビックリの短い足。体長三十センチ程で、一頭身の謎生物。
柊さん曰く森の精霊のようなもので、名前は『コモちゃん』と言うらしい。鳴き声から彼女がそう名付けたようだ。
ともかく、その子については既に聞いた情報でもう充分なので聞く必要はない。
天狗については聞きたいことは無いわけではないのだが、それはさておきとりあえず、僕の目的は一つ。この森からの脱出なのだ。おうちが一番。一刻も早く家に帰りたい。
「コモちゃんについて以外は聞きたいところなのだけれど、その前に柊さん。この森からの脱出法を教えてくれないかな」
「んとね、それはね」
柊さんはコモちゃんを抱えたまま飛び石がある方へ歩いていき、鳥居のある方に向かって真っ直ぐに指をさした。
「室戸くん、目は良い方?」
「悪くはないはずだけれど」
「あれ、見えるかな? 二百メートル先くらいに鳥居があるんだけど。森のちょっと手前」
「ん? あぁ、あれか。うん、見える」
「あれがね、出口になってるの。だからあそこを潜れば、この森から出ることができるよ」
「……………………」
こうやって答えられるということは、つまりはそういうことなのだろう。この森に来たのは初めてではない。それどころか、先程あげていた質問の候補、あれらを答えられるくらいこの場所に来ていて、知っている。そういうことなのだろう。
一体何者なのだろう、彼女は。
「柊さんてさ、自分の意思でここに来たの?」
「ん~、頼まれたってのもあるけど……来るのを決めたのは私だから、私の意思でっていうことになるのかな」
頼まれた……? 誰が何を頼むというのだろうか?
「その、柊さんに頼んだ人って」
『……こも』
「ん? どうしたのコモちゃ、あっ!」
『こもおぉぉぉ!!』
コモちゃんは突然柊さんの腕から抜け出すと、何かに怯えるように叫びをあげて神社の下へと走っていってしまった。
「どうしちゃったんだろう……? あ、室戸くんさ、天狗さんに会ったんだよね? 何か言ってたかな?」
「え、あ、えっと、天狗が言っていたこと……?」
何か言っていただろうか……。
僕は彼の言っていたことを思い出す。
「なんか、焦ってるみたいだったかな」
「焦ってた?」
「計算外の事が起きとるんじゃ、ワシは今すぐしなければならないことがあるから、お前は小娘と合流してさっさと帰った方が良いぞ」
僕は声真似をしながらそう言った。
「って、そんな感じの事を言ってたかな?」
「……本当にそう言っていたの?」
「!?」
柊さんは僕に詰め寄り、触れそうな程の距離まで顔を近づかせてそう聞いてきた。
「ほ、本当にそう言ってたよ」
「……そっか」
柊さんはそう言って離れると、考えるような素振りを見せる。そして少しするとこちらに向き直って口を開いた。
「天狗さんの言うことに従った方が良さそうだね。行こう、室戸くん」
「あ、あぁ」
なんだか、重要なことを聞きのがした気がするけど、気のせいだろうか。ふむ、まぁいいか。とりあえずこれで、やっと家に帰ることができるわけだ。
………………? 僕はそもそも、何をするために外に出たんだったっけ?
「そういえば、室戸くんは何でここにいるの?」
「僕は何でここにいるんだろ? あ、柊さん。ちょっと滑るから気をつけて」
飛び石の上から彼女に手を伸ばす。
「あ、ありがとう室戸くん。ん~、聞き返されても私にはわからないんだけどなぁ」
彼女は僕の手を取り、飛び石の上を僕と一緒に渡っていく。
いやぁ、とても綺麗でさらさらしている。触り心地、というか、握り心地? がとても良い。
「ねぇ聞いてるの室戸くん?」
「え、あー聞いてるよ。で、なんの話してたっけ」
「その反応じゃ聞いていたとは言えないんじゃないかな」
「そうかな」
「そうだよ」
ですよねー。
そうこうしているうちに飛び石の上は渡り終え。
僕は彼女の手を離すと、下から上へと、彼女の姿を改めて確認してみる。
可愛い。
「室戸くん、どうかしたの?」
「いや、何でもないよ」
「そう言う人って大体何でもなくないんだよね」
「そうかな」
「そうだよ」
まぁ、そうかもな。
ゴポ……。
「?」
「ん? どうかしたの室戸くん?」
「あ、いや、なんか変な音が聞こえた気がして」
「変な音?」
「なんか……なんだろ、こう……」
ゴポゴポ……。
「今の聞こえた?」
「……聞こえた」
「うん、じゃあ、そんな感じの音」
「……どこからかな」
僕と柊さんは足を止め、耳をすましてみることにした。
………………………………後ろから?
後ろに何かの気配がする、気がする。
「柊さん。僕は、嫌な予感がする」
「奇遇だねぇ、室戸くん。私もだよ」
「後ろだよな」
「後ろだよね」
……よし。
「「いっせーのーでっ」」
僕と柊さんは、声を合図に後ろを振り返る。
ゴポゴポゴポゴポゴポゴポ。
そこには、真っ黒でドロドロとした、液体状の蛇のようなものがその体を地面から生やしていた。
「柊さん……これは」
「怪異だね……」
「逃げた方が良いよね」
「そうだね」
「「…………」」
僕と柊さんは頷きあい、そして踵を返すと百数十メートル先の鳥居に向かって一目散に走り始めた。
「なんだあれなんだあれなんだあれ!? 柊さん! なんだあれ!」
「わからないよぉ!!」
後ろからゴポゴポという音が近づいてくるのを聞いていると、軽くパニックになりそうになる。どうやら、僕達の走るスピードよりも奴の方が速いらしい。
僕は走りながら後ろを確認する。
「っ! 危ない!」
「えっうわぁ!?」
僕は柊さんを引っ張り強引に地面に伏せさせる。
すると次の瞬間、僕達のすぐ上を黒い怪異が通り過ぎていった。
「くそっ何なんだこいつ……! 柊さん大丈夫?」
「あ、ありがとう大丈夫だよ……。あ、室戸くん!!」
「っ!」
黒い怪異が再び僕達に襲いかかろうとしているのに気がついた僕は柊さんの前に出る。せめて、彼女の壁になろうと、前に出た。その時であった。
地面から突然生えてきた槍のような木に、黒い怪異が貫かれたのは。
やがて黒い怪異を貫いた木は枝を生やし、桜の花を咲かせて花びらがその場に舞い始める。
「………………!?」
一体何が起きている……!?
「じゃあから、さっさと帰った方がよいと言ったんじゃ」
「! 花咲か天狗……!」
「おい小娘、いつまで倒れとる。早くそいつと一緒に出て行けぃ。お前ら素人がいれるほど今のこの森は安全じゃなくなっとる。あんまり長居すると、怪我じゃあすまなくなるかもしれんぞ」
「は、はい! 室戸くん、行こ!」
「え、あ、わかった」
僕は立ち上がった柊さんと一緒に鳥居へと駆け始める。
今日は、今日という日は一体なんだというのだろうか。意味のわからない、理解の及ばない不可思議な出来事が多すぎる。
これは、僕が悪いのか。僕が不勉強なのか。
地面から揺れを感じたために鳥居を潜る直前で立ち止まり、彼の様子を確認する。
僕の目に写ったのは、先程までとは様変わりした風景。木どころか花一つ生えていなかった草原に、今では桜の木が咲きほこり草原に桃色の絨毯を作りつつある。その上を花咲か天狗は舞うように飛び回り、黒い怪異が辺りを真っ黒に染めていく。
「室戸くん早く! 天狗さんならきっと大丈夫だから!」
「……そうだな」
僕がいたところで彼の邪魔にしかならない。
それに、心配なんて無用だと確かに思える。あの天狗が、簡単にやられる姿など想像できない。
「……仮面へこませるのは、また今度だな」
僕はそう呟くと、踵を返して鳥居を潜った。
「はぁ……はぁ…………」
気がつくとそこはいつもの路地裏であった。
僕は地面にへたりこむように座り込んだ。
「だ、大丈夫? 室戸くん」
「……大丈夫だよ。柊さんこそ大丈夫?」
「うん、私は慣れてるから」
どんな人生を送ったらあれに慣れることができるのだろうか。できることなら教えていただきたいところだ。
「ん……山田からメッセージだ」
「山田君から?」
僕はスマホを取り出し、SNSアプリを起動する。
『カガミノナノハの検証さ、やっぱりやる気ない?』
「…………」
興味なし、と一言送り返した。
「なんて言ってきたの?」
「カガミノナノハの検証を一緒にやらないかってさ」
ん、そうだ。彼女に聞いてみたらなにかわかるかもしれない。
「柊さんはカガミノナノハって知ってる?」
「名前と噂はね」
「これも怪異ってことになるのかな」
「う~ん、それがね、私にもまだわからないんだよ」
「へぇ、柊さんでもわからないのか」
「私は別に専門家とかじゃないからね。全部を知ってるわけじゃないんだよ」
怪異の専門家なんて、そんな胡散臭いのがいるのか……? 暴力陰陽師とか詐欺師とかじゃないだろうな。
「まだってことは、これから調べるつもりだったりするの?」
「うんそうだよ。室戸くんには言っちゃうけど、私達はこの町で発生する怪異を調べているの。それで、悪い怪異が起こした怪異事件を解決してるの。いわばヒーローだね!」
私……達? 他にも誰かいるのか。
「あ、そうだ室戸くん!」
「なんだろ凄く嫌な予感がする」
「私達と一緒にカガミノナノハについて調べてみようよ!」
やっぱりな! 予想通りだぜ!
「私達と一緒にこの町を守ろう!」
「なんの勧誘だよ。というか危なくないのか?」
「大丈夫、誰も死んだりしてないよ?」
「それはあくまで前提条件なのを理解しようか」
「……」
「柊さん?」
柊さんがうつむいてしまったので不安になった僕は立ち上がって彼女に近づく。すると突然彼女が顔を上げたため僕と彼女の顔が急接近してしまい僕は一歩後ろに後ずさった。
「それなら交換条件を出します!」
「交換条件?」
なるほど、そう来たか。何かをおごるとか、そう言う感じかな? まぁその程度じゃあ僕の心は動く気がしないけれど。
「手伝ってくれるなら、私の連絡先を教えてあげる」
「わかった。手伝うよ」
「本当に?」
「あぁ。本当だよ」
「ありがとう! じゃあ連絡先を教えるね!」
……別に、そこまでして彼女の連絡先がほしかったわけじゃない。ただ単に、連絡先を知っていた方が、怪異について色々と聞くことができると思ったからであって、別に、そういうわけではないのだ。がっついているとかではないのだ、決して。友達に餓えているというわけでもない。
「あ、やっぱりダメ」
「なぬっ」
取り出したスマホをさっとしまいなおす柊さん。いったいなぜ……。
「これじゃあ、交換条件出した意味がないよね。交換するのは、調査が終わってからにしましょう!」
あぁ、なるほど……。そういうことか……。
「それじゃあ早速行こうか!」
彼女がそう言うが、ここで僕は当初の目的を、外出した目的を思い出す。
「悪いけど柊さん、僕は買い物の途中だったんだ。だからその後で良いかな?」
「あ、そうなんだ。それじゃあ、どこかで待ち合わせしちゃおっか。どこが良いとかある?」
「ん、いや特に無いよ」
「ん~、室戸くん『back side』っていう喫茶店知ってる?」
「知ってるも何も、僕の家の真上だからね」
「そうなの!? へぇ、室戸くんの家ってあそこだったんだ! じゃあ私、そこで待ってるね」
「うん、わかったよ。それじゃあまた後でね」
「うん! またね!」
僕は笑顔で手を振る彼女と別れて買い物を再開し、近くのスーパーへと歩き始めた。




