第六話 残酷な救い
重い沈黙が森の中を支配する。葉の擦れる音も、風が運ぶ土の匂いも、静けさを際立たせるだけだった。ステラは気まずくなって自分の膝ばかりを見ている。
(何を考えてるんだろう)
あまり喋らない人だから、表情で感情を察するしかないのに、それさえ難しい。こっそりシリウスの顔を覗き見ようとして、こちらをじっと見つめていたシリウスと視線が合った。
「馬鹿だと思わないか?」
「え?」
「種族を超えた婚姻を、運命婚という。運命婚は、障害が多く、あまり例がないが……結ばれた者の多くは障害を乗り越えるために、片方の種族に成り代わる。全てを犠牲にして」
シリウスは淡々と説明してくれた。ただ、ステラはその声の冷たさと裏腹に熱くなる、赤い瞳から目を逸らせなかった。
「ミラは全てを犠牲にして、カストルと生きることを選択し、太陽に焼かれた。太陽に焼かれる苦痛は、人間には想像もできないものだ」
「馬鹿だなんて……」
「馬鹿だろう。一緒に生きるために相手を吸血鬼にして死んだカストルも、一緒に生きるために吸血鬼になったのに死んだミラも……理解できない」
「一緒に死ねるのも、救いだわ」
ステラは被せるようにシリウスの言葉を遮った。自分には、ミラの気持ちが痛いほど理解できた。少し前まで母親と死のうとしていたステラには、大切な相手がいない世界がどれほど辛いのか、手に取るようにわかる。
ステラの反応が予想外だったのか、シリウスは眉を寄せて黙り込んだ。
ステラは、彼の考えを否定したかったわけではなかったので、慌てて言い募る。
「あなたには、理解できないと思う。けれどミラは、カストルを愛していたから、全てを捧げたのよ。だから、カストルの後を追って死ねることを、喜んでいた」
「……」
「たとえどんな代償を払おうとも、彼にまた会いたいと、そう言って、引き留めるわたしを置いて……」
「やっぱり馬鹿だろう」
そうだろうか。決して理解できないと、シリウスはそう切り捨てるけれど。愛する人のために全てを捧げることが馬鹿げたことだと言われるのならば、ステラは馬鹿な方がいいと思った。
「わたしも、あなたに全てを捧げるのよ」
「なに?」
「母を救ってくれたから、だから、なんでもするわ」
シリウスの顔が強張った。
「あなたは、ずっと見捨てられ続けたわたしを救ってくれたから。だから次はわたしが……」
「研究所に行く。次に月が隠れる時に、だ」
ステラの顔を見ずに、シリウスはそう告げた。彼の横顔を月明かりが照らす。何故、こちらを見てくれないのだろう。ステラはシリウスの顔を見たくて、覗き込むように、吸血鬼に顔を寄せた。しかし、それを避けるようにシリウスは立ち上がる。
「その日にまたここに来い」
固い声だった。無表情のまま小さく呟くと、吸血鬼は夜の闇に溶けて消えた。
「必ず、行くわ」
取り残された王女は、シリウスがいた場所を、しばらくの間見つめていた。
◇
研究所への隠し通路の場所を、ただ聞けばよかった。空から侵入するのが難しくても、隠し通路ならネズミに変身して忍び込めばいい。わざわざ人間に道案内を頼む必要もなかった。
屋敷の窓から細くなった月を見上げて、シリウスはため息を吐く。もしかしたら、何百年も人間の血を避けていたから、身体がその血を求めているのかもしれない。
「……飲んでみるか?」
あいつは全てを捧げると言った。なら、食糧として置いておくのも許すはずだ。月明かりに照らされた、己の手を見る。手の中には、太陽の石が三つあった。
力がもっとあれば、人間の国を滅ぼすのも容易いはずだ。
石を、手のひらで転がす。沈黙が支配する室内に、石がぶつかる音だけが響いた。
「あいつの血なら、嫌悪感なく、飲めるかもしれない」
人間の血によって、人間を滅ぼす力を得る。人間どもが好き勝手やってきた報いを受けさせる。いいじゃないか、それで。わざわざ研究所に行ってどうする。仲間がいるとは思えない。
明日になれば、月はさらに形を変える。数日後には月は消えるだろう。
カチカチと音を鳴らしながら、シリウスはまとまらない思考を、そのままにした。




