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最後の吸血鬼は、宿敵を愛する  作者: さかさき まる


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第五話 選び取った悲劇

 少し前まで青白かった母親の頬に赤みが戻っている。

 こんな奇跡はない。堪えきれず流れた涙を指先で拭いながら、ステラは吸血鬼に感謝の祈りを捧げた。

 先ほどステラは、シリウスからもらった太陽の石を、眠っている母親の胸元に置いた。その瞬間、太陽の石が赤く光り、スピカの身体を包んだ。


「お母様……大好きよ」


 スピカは数日前まで、一日のほとんどをベッドで過ごしていた。父親に謁見などできない上に、王宮に軟禁状態のため医者の手配もできない。頼れる者がいない状態で、だんだんと弱っていく母親の寝息を聞く恐怖は酷くステラを追い詰めた。

 このまま母親が死ぬくらいなら、一緒に死のうと毎日考えていた。そして誕生日の夜、ステラは吸血鬼に出会ったのだ。ステラにとって、今やシリウスは神様よりも尊い存在だ。誰も助けてくれなかったのに、彼だけがステラを救ってくれたのだから。


「お母様、わたしは、お母様のためならなんでもするわ。……お母様がわたしに全てを捧げてくれたように」


 深く眠る母親の胸元にステラは頭をのせる。母親の寝息が、力強く聞こえる。母は、生きているのだ。


「シリウス……あなたにお礼を言わないと……」


 ミラが教えてくれたのだ。ミラ自身は吸血鬼としては紛い物で、その血に効力はない。でも純血の吸血鬼なら、母親を助けてくれるかもしれないと。

 父親が、人間が吸血鬼に何をしているのか、ステラは知っていた。父親に捕まったミラから全てを聞いたから。その上でこんな頼みを口にしてはいけないのもわかっていた。

 それでも、母を助けてくれたシリウスの願いなら、たとえそれがどんなことでも受け入れようと思う。

 久しぶりに安心したため、身体から力が抜けたステラは、母親の鼓動を聞きながら意識を手放した。


 ◇


 翌朝、いつもベッドで苦しそうに寝ていた母親が起き上がっていた。ステラに温かい紅茶まで用意してくれたのだ。


「お母様、無理しないで」

「無理なんてしていないわ。今日は何だか調子がいいの」


 太陽の石の力が、ここまでだなんて。たった一つの石で母親を救ってくれた。目頭が熱くなるのを堪えて、ステラは微笑んだ。そんなステラを見て、スピカはゆっくり抱きしめてくる。


「今まで面倒ばかりかけて、ごめんなさいね。あなたは寒くなると心臓が痛くなるのだから、温かい紅茶を飲んで」

「紅茶なんて、どこで手に入れたの?」

「別館に来ていた侍女に頂いたのよ。彼女も私の回復を喜んで譲ってくれたわ」

「侍女?」


 この別館に下働きではなく、侍女? ステラの疑問に母親は笑って答えた。


「ああ、差し入れを持ってたまに様子を見に来るのよ。さあ、早く飲んで、冷めてしまうわ」

「そうなのね……お母様の淹れた紅茶なんて久しぶり」


 今まで気づかないふりをしていた、少しずつ痛む心臓を押さえて、ステラは笑った。母が淹れてくれる紅茶を飲んだら、この痛みは治るはずだ。口に含んだ紅茶は、涙の味がした。


 ◇


 ステラは、ここ数日シリウスと出会った場所に通い詰めていた。彼は母親を助けてくれたのに、その後音沙汰がないのだ。


「契約って言ったじゃない。このままじゃ困るわ」

「何が困るんだ?」

「きゃ!」


 息が止まるかと思った。いきなり背後から聞こえた声に、ステラは胸を押さえてしまった。後ろで響く美声はシリウスだ。見なくてもわかる。


「あ、あなた、気配を消すのが癖なの?」

「気配は消してない。お前が鈍感なんだ」


 ステラが座り込んでいた木の幹の後ろに立っていたシリウスは、足音も立てずにステラの前までくる。月の光で、彼の赤い瞳が輝いた。


「あなたを、待っていたのよ。お礼を言いたくて。母が元気になったの。本当に、感謝しているわ。――本当に」

「――……」


 なんて、綺麗な吸血鬼だと思った。ステラは何かを言いかけてやめた彼に、再度感謝を伝えようとして、言葉を呑み込んだ。シリウスが座り込んでいたステラに目線を合わせるために、しゃがみ込んだからだ。


「な、なに?」

「……お前は人間らしくないな」

「なにそれ、どういう意味よ」

「いや、それよりお前に聞きたいことがある」


 貶されたのだろうか。ステラは不意に近くなった吸血鬼に、ざわめく心臓を押さえながら、シリウスを見つめた。シリウスは無表情のまま、ステラの横に座る。


「ミラという吸血鬼とどうやって知り合った?」

「ああ、ミラのことね……彼女はね、王宮の研究所で囚われてたの」

「研究所? お前は研究所の職員か何かか?」


 彼はステラが王女だとは思っていないようだ。自分の父親が彼の仲間にしていることを考えると、正直に自分のことを話すのに躊躇する。


「研究所で、なぜ吸血鬼と友人になるんだ」

「……薬が欲しくて、盗みに入ったの。そしたら彼女がいたわ。なんとなく、うちに連れて帰ったのよ」

「盗みに入って? お前の家に? どういうことだ」


 ステラはなんと説明すればいいのかわからず、苦く笑う。その日の食べ物にさえ困っている王女で、ネズミのように人の残飯を漁って生きている。病気になっても薬一つ手に入れられなかった。その事実を、何故か言いたくなかった。


「……母は身体が弱くて、でも、医者にはかかれなかった。だから、隠し通路から王宮で薬がありそうな場所に行ったの。そこではミラが捕らえられていたわ。とても弱っていたから、抱えて逃げたのよ。わたしの家は、王宮の外れにあったからそこで看病したの」

「……」


 ステラは、言葉を選びながら慎重に言った。


「彼女は、吸血鬼だと言ったわ。そして、元人間だとも」

「人間だと?」

「ええ、愛する人と同じ種族になるために吸血鬼になったと。そして、愛する人は国王に殺された――そう言って泣いてたの」

「はっ」


 シリウスが吐き捨てるように笑った。この事実は彼の全てを不快にさせたのだろう。しかし、ステラは事実を話し続けた。


「愛した人は、カストル・ヴァン・ローゼ、と言っていたわ」

「カストル、あいつが……」

「……愛する人を助けられなくて、彼女は最後に太陽の下で死んだの。彼女は、吸血鬼になった代償だ、そう言って光の中で死んだ」


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