↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後の吸血鬼は、宿敵を愛する  作者: さかさき まる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/33

第四話 永遠の命の代償

 純血の吸血鬼は、永遠の時を生きられる。老いもせず病気にもならず、太陽の光以外で死ぬことはない。

 シリウス・ヴァン・ルージュは数千年の時を、夜に溶けながら生きてきた。


『人間は吸血鬼にとって宿敵である』


 吸血鬼の――いや、人外種族の共通認識。それを一番身に染みて感じていたのが吸血鬼だった。太陽の光以外に害になるものがなく、永遠を生き、その血は万能薬。それだけの理由で、人間は吸血鬼を求めた。

 普通に考えたなら吸血鬼が人間に負けるはずがない。しかし、奴らは頭を使い、太陽を使い、吸血鬼を捕らえた。シリウスは人間に仲間も家族も全員奪われたのだ。


 牢獄のような永遠を生きる種族だからこそ、最後に残された一人は、永遠に牢獄から出られない。これが、人間どもの欲しがっているものの代償だ。


 今や吸血鬼はシリウスが知る限り、自分しかいなかった。だからと言って、人間を吸血鬼にすることはしたくなかった。おぞましい存在が自分と同じ種族になる? 冗談じゃない。

 自分の最後の仲間が人間のせいで死んだ時、シリウスは決めた。自分の種族が人間によって滅んだ。なら、人間も同じように滅ぼそうと。

 人間が吸血鬼に向ける感情は、欲望か恐怖しかない。それなのに、先ほど会った女は人間らしくなかった。


「あなた、わたしを殺してくれる?」


 命乞いされることには慣れていた。殺意を向けられることも。殺してくれ、なんて頼んできた人間は、あいつが初めてだった。

 死にたいのかと思えば、人間に蔑まれてきた瞳を、褒めた。悪魔や、化け物と言われるのは慣れていたが、綺麗な色と言われたのも初めてだった。

 何も考えず、幸せに生きていた人間なんだろう。だから、何かに悪意を向ける必要もなかった。そう結論を下そうとしたら。


「わたしの血を飲んで。殺してもいい。信じてもらえないなら手足を切り落として、食糧にして」


 泣きながら、訴えてきた。その時、あいつの、夜空に煌めく星のような髪から、目が離せなかった。ステラと名乗った女が、必死になって母親を救ってくれと言っていた。

 普段なら、吸血鬼の血を欲しがった時点で、話を聞くまでもなく殺している。ただ、仲間のことを知っていると言われて、情報を与えてくれそうだったから生かした。それだけだ。

 シリウスは残った三つの太陽の石を、手元で転がして音を鳴らした。太陽から自分の命を守る、貴重な石。吸血鬼にとって太陽の石を他者に与えることは、自分の命を分け与えるに他ならない。


(……太陽の石を渡した理由も、自分を犠牲にする人間がいることに驚いただけだ)


 シリウスは、明るくなる空から隠れるように自室のカーテンを閉める。あの女のことが頭から離れない。一時間ほどかかる王宮からの帰り道、ずっと普段しない自分の行動の意味を考えていた。そして今も。


「俺の話を無視して、何を考えているんだ?」

「ああ、ジン。何か用だったか?」


 背後から、銀髪の男が声をかけた。シリウスは今気づいたとばかりに返事をする。その男、ジンは、シリウスの返事に片眉を上げた。気に入らない時にするジンの癖だ。シリウスは身体ごとジンに向き直った。


「悪い。……考え事をしていただけだ」

「王国の殲滅のことか?」

「……ああ。少し思うようにいかない」

「お前でも? 何かあったのか」


 ジンとは、数十年前に彼の妻を助けて以来の付き合いだった。よほど恩義を感じているのか、それ以来シリウスに付き纏ってくるようになった。

 ドラゴンの生き残りであるジンは、彼本来の性格か、種族の特性か、とても義理堅かった。心配そうにこちらを見つめるジンに、シリウスは言い淀む。


「警備が固いだけだ。それより、王宮に仲間がいたらしい……ミラ、という吸血鬼だ」

「ミラ? 聞いたことがないな。生き残りなら王宮にいるとは思ったが……カストル・ヴァン・ローゼが王都で消息を絶ったのを数年前に聞いたから、そいつの間違いでは?」


 シリウスは腕を組み、思案する。ミラがそばにいながら、あの女は母親を救えなかった。ミラが純血なら、その血で救えたはずだ。


「いや、赤い瞳のミラという吸血鬼だったようだ。純血ではなさそうだ」


 しばらくジンは右上を見ながら考え込んだ。

 ドラゴンの情報網で引っかからないなら、人間から吸血鬼になった存在の可能性もある。ジンが知らないなら、王都の外れで酒場を営む人狼達に聞いてみる方が確実かもしれない。

 シリウスは考え込んでいるジンを尻目に、隣の机の引き出しから小さな笛を出した。骨で作られた笛は、黄ばんだ色をしていた。細かな彫刻が刻まれ、その文様によって遠くの人外の耳まで届く。


 ピーッと部屋中に高い音が響く。反響して、二重にも聞こえる不思議な音色だった。この笛はヴァン・ルージュの配下の者を呼ぶ笛だ。足の速い人狼は、呼ぶとすぐ来てくれる。

 笛の音でジンは顔を上げた。少し開けていた窓から暖かい風が吹く。


「人狼達なら、純血の吸血鬼の行方を追っている。だから人狼が来るかわからないぞ」

「まだ探していたのか。……俺以外の純血は、アンタレス王国によってほとんど滅ぼされたはずだ」

「まだ、諦められないんだろ。俺だってそうだ。人間如きに!」


 ジンが、拳を握りしめて吐き捨てた。


 アルデバラン王国の隣国に位置するアンタレス王国は、熱心に吸血鬼を狩っていた。少し前にシリウスが見せしめに王族を惨殺するまで、あらゆる手を使い吸血鬼の血を求めていた。あの国の王族は、今や長男が一人だけだ。そいつには、あまりにも熱心に吸血鬼を求めた罰として、見せしめに一人残される苦痛を与えた。


 隣の国がそこまでされていても、この国は吸血鬼の研究をやめていないようだ。人間にとって吸血鬼の血は価値のある万能薬だった。


 朝の日差しが、カーテンの揺れとともに部屋の中に明かりを入れる。シリウスは、太陽の光を避けるように、部屋の端に移動した。その時、窓の枠がカタリと揺れた。

 視線を向けると、そこには窓枠に腰を下ろした一人の男――黒い羽織を纏い、獣のような金色の瞳をした男がこちらを見下ろしていた。ジャックだった。


「おい、こんな夜明けにいきなり呼び出すなんて、何の用だ?」

「ジャック、お前だけか」


 答えたのはジンだった。ジャックは手を挙げて応えると、窓枠から部屋へと飛び降りた。足音が一切しない。獣特有のしなやかな身のこなしのまま、ジンの座るソファの前まで歩み寄ってくる。


「他の人狼達は、まだ帰ってないんだ。我らが王の為に、人狼一族は身を粉にして純血の吸血鬼を探している」


 特に反応を示さないシリウスに、ジャックが不満そうな視線を送る。それを見たジンが、苛立ったように代わりに口を開いた。


「そうだ。シリウス、吸血鬼はまだ滅んでない。このまま仲間を集めて、人間どもを滅ぼすんだ」


 ソファに座って足を組み直したジンの横で、ジャックも頷く。

 彼らは、シリウスを王として認めて、仲間を必死で探してくれている。来るべき人間との戦いのために。


 ふと、夜の出来事を思い出す。


 怪我や病でたやすく死ぬ、たかだか数十年しか生きられない人間が、泣きながらも全てを差し出して、母親を守ろうとしていた。

 永遠の命も、強大な力も持っていながら、大切なものを何一つ守れなかった吸血鬼の前で。


(そうだ、仲間の情報が必要だからだ。ミラのことをちゃんと聞き出す。そのために、もう一度――あの女に会わなければ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。