第二十八話 残された言葉(前編)
レグルスは優秀な国王になるだろう。吸血鬼に王家を滅ぼされかけた、呪われた国。そう言われていたのに、婚約式に向けて周辺各国から集まる使者たちへの如才ない対応は見事なものだった。
潤沢な資源を取引に使い、相手が欲しいものをちらつかせて有利に進める。何より、ステラの使い方が見事だと言われていた。
ステラは自分の不治の病だけでなく、母親の病も治した。周りに幸運を運ぶ聖女。この国に来て数日後に、自分がそう言われていることに気がつき、ステラは頭を抱えた。
「このままだと、逃げられないじゃない……」
「ステラ王女殿下、アルデバラン王国からの使者にはお会いにならないのですか?」
「誰が来たというの……」
「外務官であるアルタイル卿が、スピカ第三側妃殿下を連れてこられるとお聞きしておりますが」
ソファに座り込んでいたステラは立ち上がった。
「いつ?」
「本日とのことです」
早く言ってよ。その言葉を飲み込んだステラは、侍女が慌てて止めるのも構わず、自分で謁見に相応しい格好に着替えようとした。
◇
「お母様は来ていないのね……」
「残念がらないで、ステラ。お義母様は手紙をくださったし、お祝いの品物も頂いたよ」
贈られてきたのは、黄金のティアラ、ふんだんにレースが使われた青いドレス。一つ一つ手織りされた色鮮やかなカーペット、肩が凝りそうなほど大きなダイヤモンドがつけられたネックレス。全てステラの趣味ではない。無意識に寄せてしまった眉を慌てて緩めると、差し出された手紙を受け取った。
レグルスはステラのために謁見を一旦休止して、侍女に紅茶を用意させている。エスコートされるままに、ティーセットの前の椅子に座る。どうぞ、と言われた気がしたので、遠慮なく手紙を読むことにした。
『ステラ、婚約おめでとう。アンタレスに行こうと思ったのだけど、私たちが住んでいた屋敷が何者かに襲撃されたの。陛下に危険だと言われて、そちらに行くのを断念したわ』
ステラは手紙を読むのを止めて、レグルスを見た。
「襲撃……お母様は、無事なの?」
「ええ、お義母様は暁の別館にいて、護衛もついていたから無事だったそうです……何でも、吸血鬼に襲撃された、とか」
手紙を持つ手に力が入ってしまった。レグルスの強い視線を感じて、ステラは俯く。
(シリウスが、襲撃? 手紙を読んで、怒ったの?)
母親が書いた手紙に目を通しても、文字が内容として頭に入ってこない。国王陛下が、暁の別館が、親切な使用人たちが……母の日常が意味を成さない文字の羅列になって消えていった。喉が渇く。
「ステラ、あいつはあなたを憎んでいる。裏切ったと思って」
「え……?」
「シリウスの屋敷に軍を送ったのは……私です。あの場所を知っているのはあなただけだと思い込んだ吸血鬼が、裏切られたと思ってあなたの屋敷を襲ったようだ」
「なんてことを!」
シリウスの屋敷が襲撃されたとレグルスは言った。つまりステラは、約束の日にイチイの木に行けなかっただけでなく、彼の居場所を売り渡した裏切り者に成り果てていたということだ。手紙を持つ手が震えていた。彼は今、どんな気持ちでいるのだろうか。ステラの手紙を読んだ彼は、屋敷を破壊するほどの怒りを抱いてしまったのだろうか。
ステラは手紙をテーブルに置いて、レグルスを睨みつけた。レグルスはステラの鋭い視線を受け止めたあと、胸ポケットから取り出したものをテーブルに置いた。それは、以前レグルスの胸についていた太陽の石だ。赤い石が強く輝いている。
「まだ、あいつからもらったロイヤル・ルビーを持っているよね?」
「はぐらかさないで。なぜシリウスの屋敷を知っているの」
「この石は同じ種族の血に反応して光るんだ」
「まさか……」
ステラは服の内側に隠した、シリウスから貰った太陽の石を取り出した。石はレグルスの物と比べると、色が黒ずんでいた。それでも熱を帯びて、光りだした。
「ステラ、その石はもうすぐ効力を失うよ。あいつもステラを殺そうとしている。私が必ずあなたの病気を治し、あいつからも守る」
「レグルス、太陽の石を使ってシリウスの屋敷を探したの?」
「あいつは私の家族を殺したんだ。父上を、母上を、弟妹たちの首を切り、その首から流れる血を私に浴びせ、私の大切な人は全員殺すと……」
「レグルス!」
レグルスはステラの手を取る。驚くほど冷たい手だった。握っていた太陽の石を奪うと、テーブルの上の太陽の石もろとも自分の内ポケットに仕舞ってしまった。
「やめて、それはわたしのよ!」
「愛しているよ、ステラ……私はもう二度と大切な人をあいつに奪わせない」
「レグルス、わたしが愛しているのは、あなたではない……シリウス・ヴァン・ルージュ、吸血鬼の王よ」
レグルスは小さく首を振った。ステラは何とかして、シリウスからもらった太陽の石を取り戻そうとする。しかしレグルスは、伸ばされたステラの手を引き寄せると抱きしめてきた。
「それは、真実の気持ちではない。お願いだ、何でもするから。だから、吸血鬼にはもう、関わらないで……」
「レグルス」
「人間が吸血鬼に関わって得られるのは不幸だけだ」
レグルスは吸血鬼に全てを奪われた。そう思ってしまうのは仕方がない。でも、ステラはシリウスがいてくれたから、彼がいてくれたから。
瞳を閉じて、ゆっくり瞼を開く。テーブルの上にある手紙には、ステラを心配する一文はどこにもなかった。母が自分の元を離れる娘に残す言葉は何もないらしい。
「レグルス、不幸かどうかは、人が決めることではないのよ」
「あなたを幸せにするから」
「わたしの幸せは、あなたからはもらえないの」
「あいつはあなたを殺すだけの存在だ」
それなら、彼に殺してほしい。だって、最初からそれが、ステラの願いだったのだから。




