第二十四話 裏切った代償
シリウスは屋敷の庭にあるイチイの木の下で、半月が沈んでしまった空を眺めていた。足元に埋めた両親の遺灰の上には、それとわかるように赤い薔薇の花を植えた。シリウスはその隣に腰掛けながら、あと少しでアンタレスの最後の王族を葬れることを心の中で報告した。
母と父が死んだのは、アンタレスの先代の王に太陽の下に引きずり出されたからだ。二人は太陽の石をもらうためにアンタレスに行き、居場所が見つかり軍隊に囲まれた。
それ以来、シリウスは自分の居場所を絶対に人間に漏らさなかった。明確な弱点があり、そこを突かれたら死んでしまう。信頼できる人外の部下や、同族にしかここは知らせていない。ステラ以外は。
「あいつには一旦ここに来てもらう……か?」
アンタレスの王太子が襲撃されたとなれば、ステラの王宮での居場所もなくなる。安全に逃がすためには、手回しをしないといけない。何より自分の側が一番安全だ。
らしくないことをしている自覚はあった。ジンやジャックにも、いまだに言えずにいる。言わなくても問題ないことだ。彼女の血によって力を得ているから計画も順調だ。
全て殺せば王としての責務も果たせる。多少の例外は許容範囲内のはずだ。
シリウスはステラの血を飲んでから、睡眠を必要としなくなった。だからこそ、最近は夜が明けるぎりぎりまで外で王宮の方角を見る。
「あれは、なんだ……?」
もうすぐ朝日が昇る。空が白くなり始めた東の方角から、何百人もの兵隊が屋敷に向かって来ていた。西の方角を見ると、そちらにも大量の兵士がこちらに歩を進めている。掲げられた白い旗には、アンタレスの百合と剣の紋章が描かれていた。
「何故ここがわかるっ」
夜明けの今、ここを囲まれたら逃げ場がない。シリウスは一番の天敵である太陽から避難するために屋敷に入るしかなかった。
◇
むせるような血の匂い。顔に生暖かい液体が飛び散る。シリウスは嫌悪感から、戦闘の最中でも胸のポケットから出したハンカチでそれを拭った。
屋敷の窓は全て破られている。シリウスは、太陽の差し込まない二階の執務室に立てこもっていた。そこへ数人ずつ兵士が現れてはシリウスに斬りかかってくる。シリウスは己の血で作った赤い剣を使って、もう何時間も人間を殺している。屋敷の中にはおびただしいほどの死体が積まれていた。
(焼ける身体は太陽の石で癒せる。このまま逃げ切るか?……だが、どこからここが漏れたか聞き出さないと)
昼も過ぎているはずだ。あと数時間で日も暮れる。ステラの血のおかげか、疲労は全くなかった。
襲いかかってくる人間を切り捨てると、それを自分の後ろに投げた。扉の外から『隊長!』という悲鳴が聞こえる。
当初は複数人で襲いかかって来た兵士たちも、今は恐怖からか様子を窺っているだけだ。
シリウスは赤い剣を一振りすると、切り捨てた人間の血を振り払った。その瞬間、背後から剣を刺される。
「お前、何故」
「化け物め」
咄嗟に後ろへ蹴りを放った。先ほど殺したはずの人間が壁に激突する。骨の折れる音が響いたが、何故か人間はもう一度立ち上がった。シリウスは刺された剣を抜いて、そいつに投げる。シリウスの背中の傷はすぐに塞がったが、相手も何事もなかったかのように平然とこちらを見ている。
「お前は何故、死なない」
シリウスはそいつを睨め付けながら、低く聞いた。隊長と呼ばれた人間は、憎しみを込めた瞳でシリウスを見ながら胸元から赤い石を取り出した。そこには自分の血の気配がする、太陽の石があった。
「何故、お前が持っている」
「……ステラ王妃殿下がくださった。吸血鬼に妻を無惨に殺されたことを憐れんでくださって、な」
男は足元の剣を拾うと、再度シリウスに斬りかかった。しかし、シリウスはその男の予想外の回答に、攻撃を避けることができなかった。
「ステラが……?」
「お前が死ねば人間はみんな喜ぶんだ! 死ね!」
(ステラが渡した、だと? じゃあ、居場所も……)
もう一度斬りかかってきた人間を、シリウスは避けずに血の剣で刺した。しかし思考がまとまらず、再度攻撃を受けてしまう。
「ステラ、が」
あり得ない。そう思ったが、居場所を知っているのも、太陽の石を持っているのもステラだけだった。考える間にも人間はシリウスに襲いかかる。後ろから様子を見ていた兵士たちも、もう少しで吸血鬼が死ぬと思ったのだろう。一斉にこちらに向かって来た。
「何故、裏切る……」
剣を振る。血が飛び散る。顔には人間の生暖かい血がついた。シリウスはそれを拭うこともせず、目の前の人間を斬りつける。延々と、裏切られた理由を考えながら、ひたすら人間を殺していた。太陽の石は黒く、輝きを失っていた。もう太陽の石を持つモノは死んでいた。
「おい! シリウス!」
背後から声がした。夕暮れの迫る部屋に、ジンが焦ったように飛び込んでくる。
「なんだこれは! 何があった」
「……ジン」
屋敷の外ではジャックたち人狼が、人間を襲っている声が聞こえる。シリウスは助かったことを悟って、膝をついて大きく息を吐く。
「どうして居場所がバレた! 人狼から報告を受けて肝を冷やした」
「ジン……俺は人間が……憎い」
「……当たり前だ。あんな下等な生物」
「裏切ったら……代償を払うべきだ」
シリウスは腕で顔の血を拭った。今、頭を占めるのはステラ。あいつのことだけだった。




