第十五話 夜の王の責務
「わかったことがある。プロキオン・ヴァン・ルージュ・クレールは、アンタレスにいるようだ。おそらくそいつがシリウス以外の最後の純血だろう」
ジャックが夕暮れに訪ねてきて、開口一番そう言った。シリウスは最近出てくるアンタレスの名前に僅かに眉を寄せる。隣でジンが低く唸った。
「……生きているのか」
シリウスの従兄弟の生死だ。ジンはシリウスを気遣って、言いづらそうに聞いていた。
「わからない……最後の消息がアンタレスのようだ」
「いつ頃の話だ? アンタレスに攻め入った時にはいなかったはずだ」
最後の消息。つまり仲間を探しに出かけた後、アンタレスに捕まったということだ。プロキオンに別れを告げたのは数十年前だった。
「それが……数年前の話のようなんだ」
ジャックは苦いものを口に含んだような顔をして、呟いた。数年前にアンタレスで消息を絶っていたなら、すでに死んでいる可能性が高い。シリウスは込み上げる嫌悪感を呑み込んだまま、声を絞り出した。
「血を……あいつ、アンタレスの最後の一人が持っている可能性がある……か」
「そうだ。おそらくレグルスが隠し持っている。下等な人間が純血の吸血鬼の血を!」
シリウスの隣で紅茶を飲んでいたジンが、カップを机に置いた。吸血鬼の血を人間が持っていることが許せないのだろう。怒りが滲む声で言葉を吐き捨てた後、ジンはソファに身体を預けて天を仰いだ。
「近づけばわかるはずだ……血が、反応するから」
呟くように言うと、シリウスは手元にある二つの太陽の石を転がした。レグルスがステラに近づいている。レグルスがもし、吸血鬼の血を持っていたら、ステラの太陽の石が光るはずだ。
「アンタレスの目的は?」
ジャックが、金色の瞳を光らせた。警戒を滲ませ、人狼の瞳孔が細くなる。ジンは考えるように、腕を組むだけで答えない。室内にはシリウスが鳴らす石の音だけが響いた。
「適合しない人間が純血の血を飲んだところで、数ヶ月不老不死になる程度だ」
シリウスは立ち上がって、二人を安心させるように言った。だからこそ、アンタレスが吸血鬼の血を飲むことに執着する理由がわからなかった。吸血鬼の紛い物になったところで、飲み続けなければ意味がないのに。そして、そんな屈辱を受け入れてまで、運命の相手以外の人間に血を与える吸血鬼はいない。
「数ヶ月でも、不老不死になられたら痛手だろう。人間がその力で人外を狩り出したらなす術がなくなる」
ジンは、手を額に乗せて掠れた声で言う。ドラゴンスレイヤーの名声欲しさに同族を狩られているドラゴンの長として、人間が不老不死になることは悪夢に他ならない。それは人狼も同じだ。ジャックは縋るような目をシリウスに向けた。
「シリウス……お前は人間に血を渡すなよ」
人外を守るのは王としての責務だ。シリウスは頷こうとして、固まった。
「シリウス? どうした?……そういえばアルデバラン王国を滅ぼすための動きはどうなっている。人狼達はいつでもお前の指示を待っている」
「ドラゴンもだ。王の首を取れば騒ぎに乗じて王宮を壊滅させるくらいできる」
二人はアンタレスへ攻め入った時に、大打撃を与えながらも国を取れなかったことを悔やんでいた。二人だけではない。大陸でより人外への差別がひどい国を滅ぼすことを、自分たちが安全に生活できる場所を作り上げることを悲願にしている。
だからこそ、今回のアルデバラン王国では失敗は許されない。そんなことは人外の王であるシリウスが一番理解していた。
「ああ、わかっている……」
シリウスは手元の太陽の石を握りしめた。
王宮の見張りの数や逃走経路をステラに報告させて、彼女に血を捧げさせる。人間の血で力を得たら、国王とその周辺を殲滅し王都を混乱させる予定だ。ジャックには国の主要人物を調べさせて、混乱に乗じてそいつらも殺す。既に決めている。
そのあとは、例外の二名を国外に逃がせばいい。吸血鬼の血も、協力関係がある間渡しているだけだ。わざわざジンやジャックに言う必要もないだろう。
アンタレスが何かをしてこようが、人間一人に何ができる。問題が起きる前にレグルスも殺せばいいだけだ。考えを整理しながら、シリウスは王の号令を待つ仲間に言った。
「アルデバラン王国については、もう少し情報を集めたら動く。全て順調だ……問題ない」
安心したように頷いた人狼とドラゴン。シリウスは喉の奥に詰まった違和感を気にしないようにした。
ステラが既に、敵の婚約者になっているとも知らずに。




