第十四話 身勝手な価値観
ステラはアンタレスの王太子と呼ばれた青年に咄嗟に視線を向けた。使者、いや、レグルスはステラだけを見つめていたようで、目が合うと瞳を細めて首を傾げている。
ステラはレグルスの正体に驚いて手を引っ込めそうになり、なんとか思いとどまった。
(どうしよう……シリウスの敵のエスコートを受けてしまったわ。何でお姉さまの婚約者がわたしをエスコートするのよ!)
「レグルス・フォン・アンタレス王太子殿下、ステラと一緒でしたか」
正面から声がした。低くよく通る声だった。玉座に座るアルデバラン国王――ステラの父親である男は、ステラに目もくれずに、その青い瞳をレグルスに向けて話しかけた。
「ステラ王女殿下に早くお会いしたくて……ああ、ペルセウス王太子殿下とカペラ第一王女殿下もおいででしたか」
レグルスがステラを連れたまま玉座の近くまで歩く。一段低いところから、お姉さまとお兄さまがこちらを見ていた。二人の青い瞳が驚いたように見開かれている。
お姉さまからすれば、自分の婚約者が存在すら気に留めていなかった妹をエスコートして現れたのだ。気まず過ぎる状況に、エスコートの手を離す。ステラはそのまま誤魔化すようにカーテシーをして、父親に挨拶をした。
「……お呼び出しにより参上いたしました、お父様……いいえ、国王陛下。第四王女ステラ・フォン・アルデバランにございます」
「ああ、ステラか……今日はお前に伝えることがある」
一切の興味がないと、顔に書いてある。父親のその反応に何も言わずに黙っていると、こちらを睨みつけながら青いドレスの裾を握りしめているお姉さまが話し出した。
「お父様! それより何故レグルス王太子殿下が、そいつをエスコートしているのです」
「……ステラがレグルス王太子殿下の婚約者だからだ」
「ステラが……婚約者? レグルス様はわたくしの婚約者でしょう」
「いいえ、申し訳ございませんが、アルデバラン国王陛下にお願い申し上げて、カペラ第一王女殿下との婚約は解消させていただきました」
静まり返っていた謁見の間で、誰かの息を呑む声が小さく響いた。ステラはレグルスが言っている意味がわからず、眉間に皺を寄せる。
(もうすぐ即位される方が……王妃様の後ろ盾があるお姉さまを捨てる気? 婚約者がわたしってなに?)
ステラは自分の病気により、婚姻できる状態でないことを十分に理解していた。だからこそ、自分がレグルスの婚約者だという父の言葉が、信じられなかった。
そして、それはお姉さまも同じだったようだ。彼女は顔色を悪くして絶句している。当然だ。この婚約は、お姉さまの希望で数年前から結ばれていた。
近隣諸国で、お姉さまの高い矜持を満足させるほどの相手なんて、レグルスくらいしかいないと聞いたこともある。
お兄さまは父親の反応を窺っていた。
お姉さまは我慢ならないといった顔で、反応をしない父親に苦言を呈する。わめかないのは、お姉さまのプライドが許さないからだろう。
「お父様……こんな無礼が許されるのですか? 隣国の王太子ともあろう方が、正式な手続きも経ずにわたくしとの婚約を一方的に破棄など……」
「カペラ、控えなさい」
お兄さまがお姉さまの肩にそっと手を置いた。お姉さまは僅かに唇を噛み、まつ毛を震わせて目線を伏せた。
「……レグルス王太子殿下。これはどういうおつもりか。カペラとの婚約は、我がアルデバラン王国とアンタレス王国の絆を固めるための大事な取り決めであったはず。それを反故にし、病弱で社交界にも出ていないステラを望むとは……父上もそれを承諾するなど……説明を求めたい」
国王陛下は、静観を決めたように黙っているだけだった。
そして、お兄さまの冷たい問いかけにも、レグルスはまったく動じる様子を見せなかった。むしろ愛想の良い微笑みをたたえたまま、優雅に胸に手を当てる。
「我が国は……吸血鬼に呪われたのです」
まるで今日の天気を話すかのような、穏やかな声だった。
「アンタレスの王族は私以外みな、吸血鬼の王に惨殺されました」
レグルスがステラを見た。正確にはステラの首元のネックレスを見ている。背筋が凍りついた。
(吸血鬼の王って……)
シリウスと出会った日のことを思い出す。下働きがアンタレスの国王が死んだと噂していた日に、彼から血の匂いがした。アンタレスを敵だと言っていたシリウス。つまり、彼がレグルスの家族を殺したのだろうか。
ステラは父親の様子を窺う。相変わらず父は何の反応も示さない。兄と姉だけが『吸血鬼?』と小さく呟いていた。
「カペラ第一王女殿下をアンタレスに嫁がせられないのは、アルデバランの王妃様の意向によるものです。本日も私には会いたくないと、謁見を許されませんでした……」
レグルスはふっと口元を緩め、まるで愛しい恋人に語りかけるような柔らかな声音で言葉を続けた。
「ですが、ご安心ください。アルデバラン国王陛下は、我が国の窮状を救うため……そして何より、私の強い希望を受け入れ、ステラ第四王女殿下をアンタレスの正妃として差し出すことをお認めになりました」
「希望……?」
ずっと置いてきぼりで、周りの会話を聞いていたステラが反応する。全ての声が反響して、ぼやけて聞こえていたのに、レグルスのその言葉だけが鮮明に聞こえた。
レグルスはステラが反応したことが嬉しかったのか、幸せそうに笑って答えた。
「ええ、吸血鬼に呪われた国ですが、ステラ第四王女殿下なら……大丈夫でしょう? あなたを私の大切な人にしたいのです」




