第十三話 滲む思惑
謁見の日は明日だ。ステラは、匿名の届け物の前で腕を組んで考え込んでいた。またアンタレスからだろうか。シリウスはアンタレスと敵対していると言っていた。だからアンタレスからのドレスは着ずに、母親のお古をどうにか誤魔化して着ようとしていたのに。
ステラ王女殿下宛としか書かれていなかったため、配達する者も相当困ったようだ。王宮のお姉さまたちのところで門前払いされ、何人もの下働きに声をかけても場所がわからず、途方に暮れていたところで、届け先の本人に出くわした。下働きのふりをして別館の場所を教えたら、いたく感謝されたほどだ。
「それにしても大きな箱ね……」
白い箱を開けて、中を覗き込む。そこには繊細なレースが施された純白のドレスと、真珠をあしらった赤いシルクの髪飾り、赤い靴、ルビーのイヤリングが入っていた。
「綺麗……」
ステラは思わずドレスに触れる。溶けるような肌触りのドレスは陽の光を反射して輝く。傍らには、一輪の赤い薔薇と一枚のメモが添えられていた。
『忍び込むわけじゃないなら、白でも問題ない』
メモからも、微かに薔薇が香った。
「ふっ、ふふ」
顔がどんどん熱を持っていき、ステラはドレスを抱きしめた。ひんやりしたシルクの感触が、よりステラの顔を熱くした。
◇
迎えに来た侍女は、白いドレスを着たステラを見て固まっていた。ステラはシリウスからもらった太陽の石を首にかけ、ルビーのイヤリングを耳につけていた。
髪の毛も上半分だけを纏めてリボンで結んだ。後ろの髪に真珠が当たる音がする。
金髪は王族以外にもいるが、青い瞳は王族特有のものだし、今の格好はどこから見ても王女だ。下働きならともかく、貴族である侍女は王族特有の瞳の色のことは知っているはずだ。
「ステラ、第四王女殿下……でしょうか」
「ええ、見ればわかるでしょう?」
(それとも、青い瞳を見ても気づかないほど、下働きの顔なんて見てなかったのかしら)
心の中で追加の嫌味を言って、わざとらしく優雅に微笑んでみた。引き攣った笑みで深くお辞儀した侍女を無視して、ステラは迎えの馬車に乗る。敷地内も馬車で移動しているなんて、貴族は体力がなさすぎるように思う。
気まずそうにこちらを見ている侍女には目もくれず、ステラは王宮の謁見の間がある本邸までの道を窓から眺めた。
(お母様に内緒で来てしまったわ……心配かけたくないもの。まだ眠っててくれるといいけど)
森を通り、シリウスと出会った場所を過ぎる。ステラは無意識にネックレスを触った。車内は車輪が回る音だけが響いていた。
しばらくすると窓の外の光景が変わる。石畳の道に、手入れされた庭園。堂々とした建物が見え、本邸を囲む大きな内門の前には兵士が剣を腰に差して立っていた。
「ステラ第四王女殿下がお越しになりました」
外からステラの来訪を告げる声が聞こえる。すぐ後に兵士が門を開ける音が響いた。再び馬車は動きだす。
窓の外には白磁のような建物が映った。正式にここに来るのは、生まれて初めてだった。
外で何かのやり取りが聞こえる。大人しく待っていると、馬車の扉が開いて外から手を差し出された。エスコートしてくれる人がいるとは思っておらず、ステラは顔を上げて固まる。
「あなたは……」
「ステラ第四王女殿下、再びお会いできて嬉しいです」
宝石のような翠の瞳に、優しげに微笑んでいる優雅な顔立ち。金色の髪を後ろで束ねていて、上着には緑に金糸の刺繍が施されていた。何となくステラに贈られてきたドレスと揃いのような意匠。胸元には赤い石の装飾がつけられていた。赤い石が太陽の光を受けて、強く光る。ステラの太陽の石も、呼応するように熱を持った。
「アンタレスの使者さま」
「お迎えにあがりました。……お送りしたドレスがお気に召さなかったようで残念です」
使者は悲しげな顔で、手を取らないステラを見つめた。ステラははっとして、慌てて彼の手に指先を添えた。それだけのことで使者は嬉しそうに笑った。
「ごめんなさい。ドレスは……サイズが合わなくて」
「ああ、そうでしたか。おかしいなあ。でも、そちらのドレスも王女殿下によくお似合いです。赤いネックレスと、イヤリングがあなたの瞳によく映えています」
自然な動作でエスコートをしてくれる彼を覗き見ながら、ステラは使者にしては格式高い格好を疑問に思う。しかし彼はステラに口を挟ませる暇を与えないほど、熱心にステラを褒めた。
質問を諦めたステラは、代わりに内門から謁見の間までの道のりを覚えることに専念する。
(護衛騎士の数も多いわね……反対側から侵入するしかなさそう)
「ステラ王女殿下は、お好きなものは何かございますか? 今度は、そういったものをお贈りしたくて……」
見張りの数を数えることに集中しすぎて、突然の質問に身体が跳ねた。心臓が大きく脈打つ。
「ええと、贈り物を頂いても何もお返しできませんし」
「あなたが喜んでくださるだけで幸せなんです」
彼は何が目的なのだろうか。まるでステラの気を引きたいかのような態度に、ステラは逃げ出したくなった。そもそも彼の名前さえ知らない。
「あなたのことをよく知らないのに、そんな」
謁見の間に着いたようだ。彼の腕に手を添えたまま前を向く。扉の前に立つ父親の護衛騎士がステラとアンタレスの使者を見て深くお辞儀をした後、ゆっくりと扉を開ける。
「レグルス・フォン・アンタレス王太子殿下とステラ・フォン・アルデバラン第四王女殿下がお越しになりました」




