第十二話 侵略する外敵
微笑みながら贈り物だけを置いて、何も要求せずに帰っていった使者を見送ると、ステラは玄関でため息を吐いた。
アンタレスからの贈り物は、ドレスと宝石、靴に髪飾りだったのだ。ドレスは薄い桃色に水色、薄い緑色の三着だ。
色素の薄いステラに合わせたような色合いで、それぞれの色よりも若干濃い靴と髪飾りもあった。おそらく合わせて用意してくれたのだろう。
髪飾りはシルクのリボンに、ピンクダイヤモンドやエメラルド、パールがふんだんに使われていた。イヤリングとネックレスも、一目で価値の高いものが一式入っている。
「……わたしの生活費の何年分かしら」
タイミングよく、最高級の謁見用ドレスが手に入った。これでサイズまでぴったりだったら着るのが嫌になりそうだ。何故謁見することになった瞬間にドレスが贈られてくるのか本当に気味が悪い。見張られているのだろうか。少し怖くなって、ステラは決意した。謁見後に売り払おう、と。
試着もせずに箱の蓋を閉じようとして、白い封筒を見つける。ステラはそれを手に取って、無造作に封を開けた。
『スピカ・フォン・アルデバラン第三側妃殿下のご回復、お慶び申し上げます。ステラ第四王女殿下に再びお目にかかれる日を、心より楽しみにしております。レグルス・フォン・アンタレス』
「何で、知ってるの……」
ステラは鳥肌が立った腕を抱えるようにさすって、後ろを振り返った。閉め切られた扉の向こうに、何がいるのだろう。言いようのない不安に駆られ、ステラは首元の太陽の石を握りしめた。
◇
森の泉のそばにある、樹齢数百年のイチイに、シリウスは寄りかかり月を見上げていた。細い三日月は、沈みかけている。
誰かを待つことなど、記憶にないほど長い間なかった。それなのにシリウスはステラを待っていた。耳を澄ますと、遠くからステラの足音が聞こえる。迷いのない軽やかな足取りなので、すぐに彼女だとわかる。
風に乗って、薔薇の香りがした。彼女からわずかに漂う、その香り。
(たった一回直接飲ませただけだが……)
血の効果が病魔を止めるのは、あとどれくらいだろうか。何回飲ませるとステラの身体に大きな変化があるだろうか。
シリウスは近づいてくるステラの足音を聞きながら、答えのない思考の沼に深く入っていった。
「シリウス?」
「……なんだ?」
目の前にステラがいた。青い瞳を瞬かせてシリウスを見ている。背の高いシリウスを見上げる形で、手にはバスケットを持っていた。
「この場所、よくわかったわね。泉のそばのイチイの場所って言ってもわからないかと思ったわ」
「イチイの木は、吸血鬼の墓場だ」
「え?」
「死者を弔うときに、この木の下に埋める……知らなかったのか?」
見上げるほど大きなイチイの古木。シリウスは自分の屋敷の庭にあるイチイの木を思い出す。そこには両親の灰を埋めた。吸血鬼は灰しか残らない。
「なら、ミラの灰もここに埋めたいわ……今は、わたしの部屋に保管しているの。あと、できれば、カストル・ヴァン・ローゼと、ポルックス・ヴァン・ローゼの分も」
「……」
シリウスは何と返せばいいのかわからなかった。ただ、天を突くようなイチイの古木を見上げるステラの横顔から目が離せなかった。
「何故ここにしたんだ」
「いつもの場所は見張りが増えたのよ。うちの近くも見張りが増えてる。森の奥のここなら安全だと思って」
「見張り?」
ステラは古木の根元に座り、バスケットからワイングラスを取り出した。そのままワインをグラスに注ぎ、シリウスに差し出す。
「ええ……明後日の朝にお父様から呼び出しもされてるの。あなたのこと、警戒してるのかしら。とにかくばれないようにして」
シリウスは彼女の隣に腰を下ろした。ワインを手に取り、自分の分のグラスを用意しているステラの格好を眺める。
「その格好で行くのか?」
「そうしようかとも思ったんだけれど、アンタレスの王子様がドレスをくださったの」
シリウスの眉間が、ぴくりと動く。
「アンタレス? 何故あいつがドレスを贈る」
「さあ? わからないけれど、謁見の後に売ろうと思うわ。それよりあなたが必要な王宮の情報は見張りだけ?」
ステラはワインを飲みながら、何でもないことのように確認事項を話し出した。アンタレスの王子だと? それはシリウスが目の前で家族を殺して、その血を浴びせて脅した相手ではないか。『二度と俺に近づかず、呪われながら生きろ。お前に大切なやつができたら、また来る』と告げた。
そんな奴がステラに接触してきて、ドレスを用意した。
自分の縄張りを侵されたような気分だった。人外は縄張りを侵す外敵を容赦しない。
執拗に吸血鬼を狙っていたアンタレスが、いきなりステラに近づいてきた。わけもなく苛立つ。人間の女、ましてやこの国の王の娘だ。アンタレスがステラに関わろうとしてきても、苛立つ理由はない。ただ――
(これは、俺のだろう)
楽しそうに笑うステラの声を聞きながら、シリウスは奥歯を噛み締めた。横に座るステラは、質問に答えないシリウスに不思議そうな顔をしていた。
「シリウス、あなたは一人で王宮に忍び込むのかしら」
「場合によっては、そうだ」
「わたしもその時は一緒に行くわ」
「足手纏いだろう。必要ない」
「足手纏いにならないように、謁見の時に逃げ道とか見つけるのよ」
少し不満そうに眉を寄せたステラは、ワイングラスを膝の上に下ろした。彼女の口元には赤いワインが付いていた。
胸元からハンカチを取り出したシリウスは、それをステラの口元に寄せる。驚いたのか、青い瞳が見開かれた。
「アンタレスには、近づかないでくれ。あいつらは俺の敵だ」
「なら、わたしの敵でもある」
ステラは、シリウスの手にそっと触れた。そして、笑う。わたしの敵だと――さらりと言うその言葉に胸がざわついた。ステラの言動には、何故か心が落ち着かない。
シリウスはワイングラスに口をつけ、意味のわからない感情ごと赤いワインを飲み干した。




