第十一話 変転の予兆
ステラは手の中にある赤い石を見つめていた。
朝日が窓から差し込み、自室の影を隅に追いやっていた。窓からは森の匂いと、何故か少しだけ、薔薇の香りがした。
昨日の夜、シリウスから太陽の石をもらった。彼が驚くステラを抱えながら別館まで運んでくれている間、その石はずっと熱く光っていた。ステラは自分にもシリウスの瞳のような石をもらえたことが、たまらなく嬉しかった。
以前もらった赤い石はネックレスにして、母親に渡していた。肌身離さずつけるように、大切なお守りだからと。
今回も太陽の石はネックレスにした。チェーンを指先でつまむ。これをつけたら、母親とお揃いになる。シリウスからもらった、彼と同じ色の太陽の石だ。
目の前まで持ち上げて、窓から入る光に照らした。赤い色は、太陽に溶けるように艶やかに輝いた。彼の、瞳を思い出す。また、心臓が大きく鼓動した。
ステラは落ち着かせるように、小さく息を吐く。持ち上げたネックレスを首にかける。
(なんだか、守られてる気分だわ)
ステラは立ち上がって寝巻きを脱ぐ。少し大きなチュニックを着て、ソファの横に置いていた革靴を履いた。部屋の片隅に置いてある鏡を覗き込み、自らの姿を確認する。無意識に口元が緩んでいたようだ。首元の赤い石に手を添える。
さらに、口元が緩んだ。
(いけない。一晩中外にいたんだから、お母様にご飯の用意をしないと)
ステラは横に流していた髪を後ろで一つに結ぶと、部屋の隅にある小さな扉を開けて廊下に出る。
この別館には使用人はいない。たまに下働きの人たちが洗濯物を取りに来て、食事を届けに来る。ただ、週に三日は忘れられるので、ステラは自分で掃除も洗濯も料理もしていた。ステラが幼い頃は、母が全てしていた。親子二人にとって、それが日常だった。
(今日も来ていないわね……)
洗濯物が溜まっている洗濯室を一度覗いて、それから閑散とした廊下を歩いた。厨房までの道のりで、ふと外から音が聞こえて、近くの窓を覗く。
玄関の前に数人の兵士と、一人の侍女がいた。扉を叩いているようだ。
前触れもなく押しかけてきて、あんなに騒音を出すなんて。ステラは眉を寄せると、玄関に続く階段を駆け下りた。
扉を叩く音が続いていた。先ほどよりも深く眉を寄せたステラは、母親がこの騒音に起きてしまわないように急いで扉を開ける。
「何のご用ですか?」
「ステラ第四王女殿下を呼んできなさい」
(開口一番なんて失礼な物言いなのかしら)
何故早く出てこないのかと、不満を訴えるかのような視線を無視してステラはため息を吐いた。聞こえるようにわざと。もしかして、この無礼な侍女が母親の元にちょくちょく来ていたのだろうか。それならもう二度と来ないでほしい。
「王女殿下は寝込んでおります。何かご用事?」
「……国王陛下よりお呼び出しがございました」
「国王陛下? 何故?」
ステラの下働きとは思えない不遜な態度に、きつい顔立ちの侍女の顔がよりきつくなる。
「あなた、無礼ですよ。国王陛下がお呼びなので、三日後のこの時間までに謁見の準備をして迎えを待ってくださるように伝えて」
「ステラ王女は……」
断ろうとして、ステラは口を閉じた。父親が呼んでいる。それは、シリウスの役に立てるかもしれない。途中で固まったステラを、不審そうに侍女と後ろの兵士たちが見ている。ステラは誤魔化すように咳払いをすると、愛想笑いをした。
「王女殿下は明日には良くなるでしょう。いまわたしも風邪をうつされて……ゴホ、では、また来てください」
何か言おうとしている侍女を無視して、ステラは勢いよく扉を閉めた。向かう先は自室だ。三日後に向けて、準備しないといけないことがたくさんある。
「着て行く服がないじゃない」
部屋のクローゼットを開け放って、腕を組みながら自分の服を見ていた。ステラは王宮から、ろくに品位維持費を支給されていないのだ。着る物は王宮に忍び込んだ時に、捨てられているものを手直しして着ているくらい。
つまり謁見の際に着られるものがないのだ。
「もういっそこのままで行こうかしら」
そんなことをしたら、ステラが王族を騙った罪で捕らえられてしまう。この問題を解決するのは、簡単ではない。ステラが頼れる相手はいないのだ。
「レグルス・フォン・アンタレスに頼んでみる?……何か要求されるのかしら」
明日、アンタレスの使者が来ると言っていた。お金を借りて、どこかからドレスでも貸してもらえば間に合うかもしれない。援助する代わりに交流しないといけなくなるのは面倒だけれど、父親の弱点なり警備の交代時間なりがわかるなら我慢すべきだろう。
「そうね、向こうが勝手に援助したいなら甘えればいいわ」
ステラは、アンタレスに色々要求することを決意した。
◇
父親が呼んでいるという知らせがあった翌日。
使者と出会った場所に行けば会えるのだろうか。そんなことを考えながら、ステラは玄関の掃き掃除をしていた。
落ち葉が玄関前に溜まっていると、虫が湧く。ステラ自身は虫が平気だが、母親が苦手なのだ。本当なら全て下働きがやるべきことだけれど、いちいち彼らの仕事だと報告するのも億劫なので自分でやることにしていた。
ふと、視線を感じて顔を上げた。
別館に入るための門扉の前で、この間の使者が驚いた顔をしていた。ステラをじっと見つめている。彼の後ろで三人の使用人が困惑したように、固まっている使者を見つめていた。
「あなたは、アンタレスの……」
「ああ、失礼いたしました。ステラ第四王女殿下にお届け物がございます」
使者が後ろの使用人三名に目線を送る。合図とともに、使用人たちは手に持った大きな箱をこちらに見せてきた。
「どちらに置きますか?」
「あ、では玄関ホールに置いてください」
ステラは扉を開けて使用人を中に通す。使用人は僅かにお辞儀した後、玄関ホールまで荷物を運んで行った。
ステラは扉を開けたまま、アンタレスの使者からのにこやかな笑みにどう反応していいかわからずにいた。
「あの……」
「ああ、綺麗だと思いまして」
「え?」
「その、ネックレス。あなたにとても似合います」
使者は、まるでうっとりしたとしか表現できないような表情でステラを見つめていた。ステラは、荷物が運び込まれる間、貴公子然とした立派な男性の熱烈な視線を避けるように顔を下げた。
使者があまりにも静かだったのでステラは顔を上げる。アンタレスの使者は、ステラのネックレスだけを凝視している。
彼の視線を浴びて、太陽の石が、熱く光った。




