↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ペリヘリオンの夜  作者: よしなか
3章 巡る星、廻る記憶
PR
28/67

【挿話】親睦会(後編)

 打ち上げ当日の一時間前。

 蛍は先立って居酒屋『誘宵(いざよい)』に来ていた。店主のライラが今日は貸し切りにしてくれた。

 リコと、それから同じく姉妹店になるバー、隠れ家『ノクターン』の店主のリリィも駆けつけてくれた。

 ライラもリリィも、リコに負けず劣らず妖艶でありながら、ガタイのいい人たちだった。

「三人集まるなんて、久しぶりじゃない?」

 リコが嬉しそうに厨房に入った。

「そうよ! リコ姐に会いたかったんだから~」

「そうそう、ほんと、いい機会よ。ありがとね、幹事の可愛い子ちゃん」

 リリィとライラがそれぞれ蛍にウインクした。


 ◇


 そして、親睦会は定刻を迎えた。

 貸切の誘宵には、黒服の藤堂、馬場と鹿島、それから黒崎グループの総務、経理、人事から集まった若手や管理職が次々と入店し、最後に社長の黒崎朔夜が入店した。

「遅いぞ社長!」

「そうだそうだ、今日はあんたが主役なんだからな!」

 朔夜は大人数の場が苦手なのか、少し居心地悪げであった。五、六人ずつがテーブルに分かれて座っていた。朔夜は周りに勧められるがまま、ちょうど中央付近の空いている座席に座った。

 蛍はカウンター側に立っていた。全員が揃ったのを確認し、声をかける。

「え、えー……。み、みなさま、お忙しい中、お集まりいただき誠にありがとうございます。では、これから親睦会を——」

「いい、いい! とりあえず乾杯しよう‼︎」

 リコたちがビールを注ぎ始める。全員がグラスを持ったのを確認すると、リコもグラスを持って中央、朔夜の隣に並んだ。

「みんな、い~い? じゃあ黒崎の素敵なみんなが集まった十六夜に——乾杯!」

「乾杯‼︎」

 グラスがぶつかり合う音と共に、宴が始まった。

「いやあ、いい店だな~、鹿島」

「やっぱリコさんの姉妹店だけあって、飯がうまい!」

 すでに顔を赤くしている馬場と鹿島の周りで、若手社員たちが笑い声を上げている。朔夜は最初の乾杯こそ中央でしたものの、慣れていないのか、少し離れた席に行こうと、グラスを持って移動しようとした。

「朔夜君!」

 成瀬課長が朔夜を呼び止めた。

「成瀬さん」

「せっかくだからこっち来ないか?」

 成瀬が呼ぼうとした席は、園田と生駒、そのほか人事と経理の女性陣がいる席だった。朔夜が近づくと、女性社員たちは「きゃあああああ‼︎」と黄色い悲鳴を上げた。

 女性社員たちの悲鳴に、朔夜は困ったように成瀬を見た。

「みんな朔夜君が来て喜んでますよ」

「そうなのか?」

「成瀬さん! 私たちは社長を遠くから見てるだけでいいですから‼︎」

「ええ? ほんとにいいなら彼をおじさん席に連れてくけど?」

「ダメです‼︎」

 園田と生駒が朔夜を無理やり座らせた。

「成瀬さん……」

 朔夜が少し成瀬を睨んだ。

「ごめんって。俺もこっちの席に座るから」

 朔夜をなだめる。

「朔夜君。もう俺は名前でそう呼んじゃってるけど、今日だけはみんなも社長じゃなくて、ただの黒崎朔夜として扱ってもいいかい? 女性陣たちと君、同世代だし」

 朔夜は、目をそらしながら、控え目に、

「まあ、どうとでも……」

 了承した。それを聞いた成瀬は、嬉しそうに笑った。

「おー、よかったな。園田たち。今日は『朔夜君』って呼んでいいみたいだ」

「そ、そんなの呼べません‼︎」

「えーなんで? 君たち総務の席でたまに『朔夜さん』って——」

「「あー‼︎ あーーー‼︎ 成瀬課長のバカーーーーーー‼︎」」

 園田と生駒が叫びながら顔を赤くしていた。その様子を少し離れた席で、男性社員たちがにやにやしながら眺める。

「社長、やっぱ人気なんだな」

「そりゃそうでしょ。顔いいですし」

「俺らとは格が違うわ……」

 その様子を見ていた蛍とリコたちオカマも、顔を見合わせて笑いながら、女性陣側の隣のテーブルへと移動した。

「朔ちゃんってば、モテるのね~」

「そうなんですよ!」生駒が、待ってましたとばかりに答える。

「黒崎グループで、社長は、陰ながら人気で……」

「そ、そうなのか?」

 朔夜が思わず、聞き返す。

「そうみたいだね~」

 隣で成瀬が、他人事のように肯定していると、

「あら」と、リコがふと目を細めた。

「そういうあなたも、なかなかイケてるじゃない?」

 オカマたちの視線が、一斉に成瀬をロックオンする。

「あ。俺はもう結婚してて、子どももいるので」

 成瀬が慌てて、両手を振った。

「だからなーに? オカマに妻子の有無は関係ないわよ?」

「……え?」

「成瀬さん」と、朔夜が静かに名を呼んだ。

「モテて、良かったですね……」

「朔夜君⁉︎」

「さ、優男のおにいさん。こっちで、楽しみましょ?」

 成瀬は、オカマたちの席に、連行された。


 ◇


 宴もたけなわになった頃、女子社員の一人が、勢いよく手を挙げた。

「社長! ……じゃなかった、朔夜さん! ちょいと眼鏡、外してください!」

「なんでだ」

「いやちょっと、外してるとこ、見たいからです! ……見たい人~?」

 女性社員が、挙手するように促す。

「はーい!」

「はーい♪」

 リコたちオカマ勢も、元気よく手を挙げる。オカマに捕まり犠牲になった成瀬も、笑いながら、手を上げていた。

 期待の眼差しを一身に浴びながら、朔夜は渋々、眼鏡へと手をかけた。

「……一回だけだぞ」

「——‼︎」

 女性陣が注目する中、朔夜はそっと眼鏡を外した。——瞬間、個室に黄色い悲鳴が響き渡った。

「きゃああああ‼︎」

「尊い……! 尊い……‼︎」

「しゃ、写真で見るより、生のほうが……‼︎」

 朔夜が、片眉を上げた。

「……写真?」

 その一言に、びくりと肩が跳ねる蛍。

 口を滑らせた生駒は、しまった、という顔で、手を合わせて蛍に「ごめん」とジェスチャーをした。蛍は、そっと席を立ち、気配を消すようにして、男性陣のテーブルへと、逃げようと……。

「——蛍? お前、まさか」

「わ、わたし、こっちの席、座りますね~!」

「蛍。後で、説明してもらうぞ」

 低い声が、逃げる背中を、正確に捉えていた。


 ◇


 男性陣側のテーブルに着いた蛍。ちょうど隣は経理の田中だった。奥の方で、馬場と鹿島は出来上がっており、その二人を介抱するように藤堂が見守っていた。

 男性社員の一人が、酔いに任せて蛍に絡んできた。

「なあなあ、蛍さんってさ、狙ってる男とか、いないの?」

「え……」

「田中はどう思ってんだよ?」

 蛍の横に座る田中に話が振られた。

「い、いや、僕は、普通に素敵な人だと……」

「それってそういうことか⁉︎」

「違いますよ‼︎」

「お前、蛍さんに手ぇ出したら社長に殺されるぞ‼︎」

 田中は両手を振って弁解した。後ろでぴくりと朔夜が反応して、振り返った。

「俺をなんだと思っている。……殺しはしません」

「殺しはしないって、それはそれで怖いんですけど……」

「……」

 朔夜は眉間にしわを寄せた。別の社員が、笑いながら口を挟んだ。

「黒崎社長が認める男じゃないと、蛍さんには手を出せませんよ。ハードル高すぎるって」

 田中もその意見に何度も頷いた。

 その意見を聞き、蛍は少し眉を寄せた。

「……そもそも自分の好きな人に、兄の許可がいるんですか?」

 素朴な疑問に、場が一瞬だけ静まる。

「あー……」管理職の一人が、苦笑しながら答えた。「まあ財界だと、決められた相手、っていうのも普通にあるからな。特に黒崎家ともなると」

「……そうなんだ」

 蛍の声が少し沈んだ。俯く横顔に、田中が質問した。

「黒崎さん。もしかして……意中の相手、いるんですか?」

「い、いや! そういうわけじゃ……!」

 慌てて否定するが、頭の中には、あの日、レセプションの会場で見た、懐かしい顔がよぎっていた。

 ——忘れようとしてたのに。まさか、あんな形で会うなんて。

 三年の月日が経って、ようやく薄れ始めていた面影。それがまさか、御影グループの人間だったなんて、思ってもみなかった。

「そういえば」女性社員が、思い出したように言った。

「最近、御影の次期後継者のニュース、見ました? 御影代表の息子さん、めちゃくちゃイケメンでしたよね」

 心を読まれたかのように、それを話題にされ、心臓が跳ねる。

「蛍さん、確かレセプション見に行かれましたよね? どうでした?」

「え、えっと……」

 じわりと、頬が熱くなっていくのが、自分でも分かった。それを見た園田と生駒が、逃さない。

「——赤くなってる‼︎」

「あの子がタイプなの⁉︎」

「そういうんじゃ……!」

 きゃあきゃあと囃し立てる女性社員たちの向こうで、リコたちオカマがレセプションのニュース記事を眺めながら、しみじみと呟いた。

「あらぁ、確かにイケメンじゃない、これ」

「あらやだ、可愛い!」

「朔夜ちゃんとは違った爽やかイケメンねぇ」

 リコがハッと思い出した。

「そういえば、蛍ちゃんが昔大好きだった人って——」

「リ、リコさん‼︎」

「え? まさかこの子なの?」

 女性陣が食い入るように蛍に注目した。

「ち、違う——いや、違うってことも違うんですが‼︎ けど、今の陽人くんは——」

「陽人くん⁉︎」

「もう下の名前で呼んでるんですか⁉︎」

 女性陣の目がきらりと光った。もはや蛍に逃げ場なし。

「昔の男が次期経営者……これは面白い展開ですねぇ」

「これは蛍さんから、じっくり話を聞かないと……」

 園田と生駒がにやりと笑った。蛍は真っ赤になったまま、両手で顔を覆っていた。

 その会話を聞きながら、朔夜はグラスの中の氷をじっと見つめていた。持ち上げかけた杯が、途中で止まっている。

 ——まだ、想っているのか。それとも、現れたから、思い出してしまったのか。

 そう思った瞬間、胸の奥に鈍い痛みが走った。それが罪悪感なのか、それとも別の何かなのか、朔夜自身にも、まだ分からなかった。


 ◇


 三時間が過ぎた頃。宴はお開きになった。

 酔いつぶれて帰る者、二次会へ行く者など、それぞれが散り散りになっていった。

 蛍は最後に会計を済ませた。ライラが「楽しい時間をありがとう。また来てちょうだい」と手を振りながらウインクした。

 店の外に出ると、朔夜が煙草を吸いながら、蛍を待っていた。

「……待っててくれたんですね」

「ああ」

 蛍が来ると、煙草を吸うのを止めた。

「兄さん。今日は来てくれてありがとう。楽しかったよ」

「……そうか」

「兄さんは?」

 蛍が朔夜を覗き込んだ。

「……悪くは、ない。ただ——」

 朔夜が少し目を伏せる。

「俺ってどう思われてるんだ? 怖がられているのか?」

「あー……」

 蛍が腕を組んだ。

「女性陣はそうは思ってなさそうですけど。男性陣は怖いって思ってそうですね。なんせ、兄さんは会話が少ないですから」

「……」

「これを機に、社員のみなさんともっと喋りましょう?」

「会話は、得意じゃない」

 蛍の提案をバッサリと切った。

「でも、それだと兄さんは誤解されたままですよ? 怖くないのに。自分の気持ちを伝えるのも、時には必要ですから」

「……」

 そう言われて、朔夜は少し黙り込んだ。

 今、感じているこの名前のない胸の痛みも、いつか形となって名付けられるようになったら。蛍に伝えるべきなのだろうか?

「……善処しよう」

「お願いします、社長!」

「今日は社長じゃないぞ」

 夜空を見上げる。今日の夜は、誘宵の名に相応しい、丸みを帯びた明るい月が、街を照らしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。