園田と生駒
「きゃああっ……!」
その日、エントランス脇で悲鳴に近い声が上がった。総務部の女性社員が二人、抱えていたファイルを落とし、書類が扇状に散らばっていた。朝の人波の中、拾おうとしゃがみ込むたびに、また誰かの足に当たって書類が舞う。
その光景を見かけた蛍は、すぐにしゃがんで手伝い始めた。
「大丈夫ですか、一緒に拾いましょう」
「あっ、黒崎社長の妹の——」
「秘書の黒崎蛍です」
「蛍さん!」
書類を拾おうとする蛍を見ながら、女性二人は申し訳なさそうに、言いづらそうに口を開いた。
「す、すみません……!あ、あの、九時から取引先との打ち合わせがあって……!」
「わかりました。そちらを優先してください!わたしが拾っておきます!」
「え、でも……」
「大丈夫です、後で届けます。急いでください!」
二人は何度も頭を下げながら、エレベーターへ駆け込んでいった。
蛍はしゃがんだまま、残りの書類を集めた。会議資料、社内報、備品の発注書。散らばった紙は量もさながら内容も多々あった。
「——ん?」
その中に、一枚、葉書くらいのサイズの紙が交じっていた。
社内報の切り抜きだった。会議室で資料を説明している朔夜の写真が、大きく載っていた。他にも、同じように朔夜が写っている部分を切り抜いた紙が数枚あった。
「……これも、広報とかで使う必要書類かな?」
蛍はしばらく、その紙を見つめていた。それから書類の束と一緒に、丁寧に揃えて持った。
◇
夕方三時ごろ。蛍は内線を一本入れてから、今朝の二人がいる十五階の総務部の元へ書類を届けに行った。
総務部のドアをノックして開ける。部屋は静かで、従業員は淡々と仕事をこなしていた。入って入口付近のデスクに、先ほどの二人は座っていた。
「あっ!蛍さん!」
「朝からすみませんでした!わざわざ届けに来てくださり、ありがとうございます」
女性二人は立ち上がった。朝は時間がなくて二人をよく見れなかったが、眼鏡をかけた女性は園田、髪をシニヨンで纏めた女性は生駒と言うらしい。
「これ、全部揃ってますか?」
蛍は書類の束を差し出しながら、一番上に置いた、裏向けた切り抜き写真を指し示してみた。
「あの……これも必要書類、ですか?」
「え?」
二人がその紙を、めくった瞬間、時が止まった。
「「あ——!! あああ——!!」」
静かな総務部に悲鳴が上がった。他の従業員が何事だ⁉と立ち上がる。
「ど、どうしたんですかそんなに叫んで。これって広報で使う用の社長の写真、ですか?」
園田と生駒は、蛍の発言にハッとして何度も頷いた。
「そ、そうなの!……いい写真だから社外用の広報物にも使えると思って‼」
「顔が大きく映って——じゃない!綺麗に写真が撮れてるから!」
「??」
妙に焦っているような二人を蛍は少し訝しげに見つめる。
「広報用なら、このままわたしが広報部に届けに行きましょうか?」
「あーーー‼ダメ‼」
「絶対ダメです!あ、私達で届けますので、妹さんは何もしなくて、大丈夫、です‼」
たかが兄の写真に鬼気迫るような勢いだったので、蛍は少し頭を下げてから、総務部を後にしたのだった。
◇
翌日の朝。
「蛍さん、おはようございます」
後ろから聞き覚えのある声に挨拶される。振り返ると園田と生駒だった。
「あ、園田さんと生駒さん。おはようございます」
二人はそわそわしながら、
「あの……、これ」
といって、紙袋を差し出してきた。中には焼き菓子セットが入っている。
「そんな!いいですよこんな美味しそうなお菓子!お二人で食べてください!」
「いやいや……」
「昨日、書類拾っていただきましたし……ほんとに大変助かりました」
園田が無理やり紙袋を蛍に渡す。生駒は何か拝んでいるように見えた。
「あの、『朔夜社長』と一緒に食べてください!総務部の園田と生駒、二人からって伝えてね」
「蛍さん。仲良くしましょう。今後ともよろしくお願いいたします」
二人はぺこりと頭を下げた。蛍は顔を上げるように言った。
「ありがとうございます。必ず社長に伝えて、一緒に食べますね!」
園田と生駒はぱっと顔を上げ嬉しそうににこにこと笑った。そのままゲートをくぐり、エレベーターで昇って行った。
その日の午後、朔夜にコーヒーと一緒に焼き菓子を出した。総務部二人の名を添えて。ちゃっかり朔夜より少し多めにクッキーを食べたのは、蛍だけの秘密だった。




