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ペリヘリオンの夜  作者: よしなか
2章 新月が昇る(後編)
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黒崎での勤務

 謁見から数日後の朝だった。

 ——とんとん、とドアがノックされた。リコのリズムではない。

「失礼いたします」

 藤堂だった。盆に紅茶を載せて、静かに入ってくる。

「本日は、少々、ご提案がございまして」

 テーブルに紅茶を置きながら、藤堂は、いつもの丁寧な口調で続けた。

「お嬢様は今後、この家に関わっていかれるわけでございます。……もしよろしければ、朔夜様のお仕事を、少し見学されるところから始められるのはいかがでしょう」

 蛍は、本から顔を上げた。

「仕事、ですか」

 蛍は、数日前、朔夜がこの家に来たからには働かなければならない、と言っていたことを思い出した。

「はい。会議の陪席ですとか、書類の整理ですとか、最初は見ているだけで構いません。……もちろん、心の準備が必要でございましょう、無理にとは申しません。ただ、この家のことを何も知らないままでは、お嬢様が不便なこともございますでしょうから」

 押し付けでも、命令でもなかった。ただ、選択肢として、静かに差し出している。

「……ついでに申し上げますと、朔夜様はあなたのことを期待しておりました」

「え?」

「例えば、蛍様が朝霧にいたとき、酷な状況だったと聞いております。それでもめげずに独りで生活していたと。仕事も、孤独なことはございます。でもあなたなら何かあったとしても、乗り越えられるだろうと……」

 蛍は黙って藤堂の話を聞いていた。

「それに、これは私の気持ちになりますが。……社長というのは会社のすべての責任を負う立場でございます。20代半ばの若い男が、これほど大きなグループの責任を負うのは、かなりのプレッシャーだったかと。お傍で、蛍様が秘書として社長を支えてくだされば、坊ちゃんも、そしてこの爺も少し安心できるというものです」

 蛍は、静かに目を落とした。

 期待。その二文字が、蛍の心に残った。

 今まで、誰かに期待されたことなど、あっただろうか。あの祖父にも。朝霧の高校でも。

 ——わたしが、何か役に立てるかもしれない。

 そう思うと、少しだけ、体の内側が温かくなった気がした。

 それと同時に、この家に来て五ヶ月が経ち、それなりに都会の暮らしに慣れてきたが、わたしは朔夜のことをまだ何も知らなかった。

 普段彼が、黒崎グループの社長として、どんな風に働いているのか。どんな世界に身を置いているのか。分からないままだった。

「……見てるだけで、いいんですか」

「最初は、それで十分でございます」

 蛍は、しばらく、紅茶のカップを見つめていた。

「分かりました。行きます」

「……ありがとうございます」

 藤堂は、深く頭を下げた。それから、ドアの前で、さりげなく付け加えた。

「……実は朔夜様も、お嬢様に声をかけようとして、なかなか自分からは踏み出せずにおられました。爺が先に動いてしまいましたが、ご容赦ください」

「そうなの?」

「はい。見ていていじらしくなり、つい手助けしてしまいました。あ、このことは蛍様の胸の内にだけ、しまっておいてください」

 藤堂は、かすかに微笑んでから、静かに部屋を出た。



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