37.それは幼子のような
声を聞いたときは男性だと思ったのだが、その姿は女性にも見えて混乱する。
彼は私を見下ろして腰に手をあて、ふんぞり返っていた。
一言で表わすなら、とても偉そうな態度だ。
「えっと、どなたですか……?」
私が首をかしげると、彼はくちびるをあからさまに尖らせて不満そうな雰囲気を漂わせる。
『えー。僕の事が分からないのかい? 失礼な子だねー』
「いや、そんなこと言われても」
『しょうがないなー。君は僕が選んだ聖女だし、特別に教えてあげる♪』
僕が選んだ……?
私は徐々に彼の正体を悟る。そして、今自分がおかれている状況も。
彼はそんな私の内心を知ってか知らずか、バチンとウインクをかまして堂々と宣言をした。
『僕は、聖女を召喚すると言われる最高神、さ☆』
「……」
なぜかは分からないが、私の心の中で吹雪がふいた気がした。
私、こんな人に選ばれたんだ、みたいな。
なんとなく彼から距離をとると、自称最高神は、ぎゅんっと近づいてくる。
『ちょっとー。なんで離れるんだよー』
「近づきたくないからですが??」
『ひっどーい。傷ついちゃうなー』
最高神はそう言うと、長い自分の髪を指に巻き付け始めた。
そして、『僕の髪ちょーキレー』などとつぶやいている。私が出会ったことのないタイプのヤバい人である。
私はようやく自分がおかれた状況を受け入れ始め、おそるおそる最高神に声をかけた。
「あ、あの最高神さま」
『なあにー?』
「ここ、どこですか? 私、どうなっちゃったんです?」
最高神はんー、と顎に人差し指を当てて考える仕草をする。
『ここは、僕の神域? みたいな。君が結構長めの眠りに入ったから、ちょっと話すには良いタイミングじゃーんって思ったから連れてきた!』
「長めの、眠り」
私は、私が王宮から魔物の発生地点まで包み込むように〝真なる〟浄化を展開させたことを思い出し、暗い気持ちが押し寄せる。
覚悟したことではあったが、やはり、私は長い時間眠ることになるのか。
「私、いつまで眠っているのでしょうか。もしかして、死ぬまで……」
『んー、6ヶ月くらいじゃない?』
「……え?」
『6ヶ月』
私は悲壮な覚悟を固めていただけに、その数字に唖然とする。
いや、6ヶ月も充分長いのだけれど、もっと長いと思っていたからちょっと短く感じるというか。
私が素直に喜べずにいると、最高神が声を上げて笑い始める。
『もー、君に見せた夢で死ぬまで〝真なる〟浄化の対価で眠り続けちゃった子はー、大陸全土を浄化の光で包んだんだよー? さすがに、国ひとつ分にも満たない範囲での浄化で、そんな長く眠らないってー』
あっはっはっは。と目に涙を浮かべながら笑い転げる最高神。
……なんだこいつ、ムカつくな。
私は基本、自己肯定感が低いために、私なんかが他人を悪く思う事なんてできない。と思っているのだが、彼に関してはすごくすんなりと、一発殴ろうかなと思った。
人の覚悟をなんだと思ってるのか。
だが、そういう人の気持ちを全く分かってないところが、いかにも神である気もした。
私はしばらく、最高神の笑い声を聞き続けることになる。
待って待って待ったころに、ようやくひーひー言いながら笑い終えた最高神は、私を首をかしげて見つめる。
『でー? 瑠璃羽、僕にいろいろ聞きたいことがあるんじゃない?? もうちょっと時間あるみたいだし、今なら何でも答えちゃうよー』
ニイッと口角を上げてそう言われ、私は少し考える。彼に聞いてみたいことなど山ほどあった。
「じゃあ遠慮なく……なんで私を、選んだんですか?」
『んー。それは答えられないかなー』
「……さっき、なんでも答えるって言ってましたよね?」
『もー、細かいこと気にする子はモテないよー? 次の質問どうぞー』
……本当に、一発殴っても良いだろうか。
私は自分の気持ちをなんとか沈める、ということを恐らく人生で初めて実行した。
そして、追加の質問をうーんと考える。
「〝真なる〟魔法って、どうして対価があるんです? 瘴気を完全に消せるのが〝真なる〟浄化だけなら、対価をつけちゃったら聖女が浄化しなかったりして大変なことになるんじゃ」
『君さー、無償でなにかの恩恵を受けられることなんてあるわけないでしょー。あ、君あれだなー、もっと無料のサービスが欲しいって言うタイプの人でしょ』
コイツ……ッ。
私は思わずこぶしを握り込み、葛藤の末に開く。
これはあれだな。なにを質問してもこんな答えしか返ってこないんだろうな、うん。
私はもう何も言わないぞ、という意志を示すためにそっぽを向いて口を硬く閉じる。
最高神はきょとん、としていた。
そしてどうやら私はもう口を開かないらしいことを理解し、頭の後ろに手を当てる。
『えー、じゃあ、僕も聞いてみたいことがあったんだけどー』
一体なにを言い始めるのか、と身構える。
『ねえ、なんで君たちは』
最高神が足で下を2回叩くと、白い空間にぼんやりと像が浮かび上がる。
『元の世界に帰る選択をしないのかい?』
そこに映ったのは、私を必死に探し回る燈花だ。
私が知るよりヤツれた顔で、私のことを探すチラシを配っている。
「燈花……」
胸がギュッと締め付けられる。帰らないと決断したのは私だが、それでも燈花のこんな姿は見たくない。
最高神は無邪気に、なんの悪気もなさそうに私の顔をのぞき込む。
『君は、あちらの世界でも必要とされているよ?』
「そうですね」
『それなのに、こちらの世界に残るの?』
私は決して燈花の姿から目を逸らさないように、目元に力を込めた。
「はい」
『なぜ?』
「なぜって、そんなことも分からないんですか?」
『分からないね』
「こちらの世界に、守りたい大切な人がいるから」
『燈花は、大切じゃない?』
「そうじゃないです。燈花は、大切です。本当に。でも、私はもうこちらを居場所と決めたんです」
『ふぅん。よく分からないね』
最高神は首をかしげ、本気で分からない顔をする。
私は、この最高神を真正面から見つめてみる。私たち聖女を異世界に連れてくる、とんでもない神様。
この神様きっとひどく幼稚で、心が幼い。
純真無垢な無邪気さ、その先にある狂気、そういうものを感じる気がする。
これは一筋縄ではいかないな、と思いつつ、根気よく人の心というものを教えてやろうかどうしようと少々悩む。
『おや、そろそろ時間だね』
「え?」
最高神の見ている方向を辿ると、遠くから世界が急速に色づいているのが見える。
真っ白な空間に絵の具をぶちまけたような色彩は、徐々に私たちがいる方へと広がってきた。
『君と話すのはこれで終わりかな。また来てくれる時を待つよ』
「あまり来たい場所ではないですね」
『えー寂しいな』
最高神はそれほど寂しくもなさそうな顔で、ぶうっと頬を膨らませる。
私は少し考えて、最後の質問を口にする。
「最高神さま、今まで私が見てきた燈花の姿とか、歴代聖女の記憶とか、ってあなたが見せたものですよね?」
最高神は虚を突かれたような顔をすると、にっこりとうさんくさい笑みを浮かべる。
私はその笑みにどうしようもなく腹が立ってくる。これは、聖女の苦労をこのがきんちょに誰かが教えないと、今後も聖女が大変なことになる。
そう確信した私は、真っ白な空間から元の世界へ飛ばされる直前、最高神に指を突きつける。
「決めました。私、次ここに来ることがあれば、もっとちゃんとあなたを叱ります」
『それは、楽しみだね』
本当に、心から楽しみにしていそうな声が響いて、私の意識はぷつりと途切れた。




