36.護衛騎士、想う
ヴィスキオは、縋るようにルリハの手を握る。
ルリハの手はまだ暖かくて。それだけが、ヴィスキオにとっての救いだった。
キイッと、部屋の扉が開く。
ヴィスキオは、その音を聞きながら誰がなんのためにここを訪れたのか悟った。
部屋に入ってきた人物はヴィスキオの傍らまで来ると、ぽんと肩を叩く。
「1度わたしが交代するわ。もう何日もつきっきりじゃない。・・・・・・体、壊すわよ」
ロゼリエッタだ。
最近は、ロゼリエッタとヴィスキオが交代で、というよりも2人一緒にルリハの様子を見ていることが多かった。
とはいえ、ロゼリエッタは第2王女で公務もあるので、護衛騎士であるヴィスキオよりもルリハの側にいられる時間は短い。
だからこそ、ロゼリエッタは時間が少しでもできるとここに来て、放っておくと一切休もうとしないヴィスキオに強制的な休憩を取らせていたのだ。
「――そうですね」
ヴィスキオはなかなかルリハの側を離れようとしなかったが、しばらくしてから緩慢な動きで立ち上がる。
そしてふらふらとした足取りで部屋の外へと向かった。
ロゼリエッタはそんな彼に視線を向けないままに、声をかける。
「あなた、本当に倒れそうよ。……ルリハは、あんたが倒れることなんか望んでいないわ」
「……」
ヴィスキオはピタと立ち止まると、すぐに部屋を出て行った。
〇〇〇
ヴィスキオがいなくなった部屋で、ロゼリエッタはルリハに向き合う。
「はん。バカよね、あいつ。ルリハの前だっていうのに、あんなボロボロで。レディの前に出る格好じゃないわ。……ねえ、ルリハ。あなたもそう思うでしょう?」
ロゼリエッタはしばらくまっても返事をしない友人を見て、グッとこみ上げるものをこらえる。
「もうそろそろ起きなさいよ。……ルリハ」
震える声に、返事をする者は誰もいない。
〇〇〇
ヴィスキオはルリハの部屋を離れ、使用人棟内にある自室へと向かった。
寝不足が続き体が重い。
なにかを食べる気力も湧かず、部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ。
少しでも寝なければ、自分も倒れる。
それは分かっていたが、目をつむっても一向に眠気はやってこない。
ただただ、まぶたの裏に貼り付いたルリハの姿が浮かんでくるだけだ。
それに、どうせ眠ったとしても悪夢でたたき起こされることは目に見えていた。
狂おしいほどにルリハのことを想っているのに、それに応える神はいない。
ヴィスキオは、聖女をこの世界に召喚するという最高神に心の中で恨みをぶつけていた。
――どうして彼女を、この世界に召喚したのかと。
最初、ヴィスキオはルリハのことを意志のない人形のようだと思っていた。
空っぽの人形。暗い顔をした、善人ぶった女。
母親を探して欲しいと言った時も、ただ、からかうようなつもりで願いを口にした。
探しても探しても見つからない人間を、決して諦めずに探し続けて。ルリハはあろうことか、本当に見つけてしまって。
ヴィスキオは、その時初めてルリハのことをルリハ個人として見たのだと思う。
10年以上ぶりに母親の姿を見た帰り、ルリハはただただ黙って一緒にいてくれた。そして、王宮につくと、ヴィスキオの顔をのぞき込んで言ってくれたのだ。
『ヴィスキオ様、私が、絶対にあなたをひとりにしません……誓います』
『あなたはもう、ひとりじゃないんです』
嘘つき。と心の中で記憶の中のルリハに言う。
今、ひとりにしているじゃないか。まさか、約束を破るつもりじゃないだろうな。そんなことをしたら、絶対に、許さない。
ヴィスキオにとってルリハはもう、唯一無二だ。
ルリハのいない人生を、生きられる気がしなかった。
「ふぅ」
ヴィスキオは、気力を振り絞ってなんとか目を閉じる。だって、ヴィスキオが倒れるわけにはいかないから。
これからも、ルリハのことを見守り続けるのだ。
何日でも、何ヶ月でも、何年でも。
ルリハが、目覚めるまで。
〇〇〇
『瑠璃羽。瑠璃羽。起きてー』
「ん、んんー」
『ほらほら、起きてってばー。ルーリーハー』
誰かが、私を揺すっている。
気持ちよく寝ているんだから、ちょっと邪魔しないでほしい。
私は起こそうとしてくる誰かにイラッとして、乱雑に手を振り回す。
『うわっ。ちょっと、僕に対して失礼すぎないー?』
「うる、さい」
『うーわ。僕にそんなこと言っちゃうんだ。ふーんだ。へーんだ』
なんだろう。なんか、とてもムカつく口を叩かれている気がする。
なんだかとてもうるさかったので、私は渋々まぶたを開ける。
だんだんと視界が明瞭になってきて見えた光景に、私はポカンと口を開けた。
「……どこ、ここ」
そこは、見渡す限り真っ白な空間だった。
真っ白すぎて、上も下も、前も後ろも分からない。
方向感覚が麻痺してきて、私はくらりとめまいがした。今、私は立ってる、よね。
『あーっ、瑠璃羽起きたんだー。ちょっと遅いよー』
その時、嫌に甲高い男性の声が聞こえてきて、私はそちらに視線を向ける。
そこには、腰まで届きそうな金髪と、深い海色の瞳を持つ、中性的な人物がたたずんでいた。




