32.歩み寄る
対価のことがヴィスキオ様とロゼに知られてしまってから、私は彼らと必要最低限の会話だけを交わすようになった。
ロゼは時々私の顔を見に訪れてくれたが、その度に私はそっけない態度をとってすぐに帰してしまう。
ヴィスキオ様は護衛騎士のため、私に侍ってはいたが必要以上に会話をすることはなく、すれ違う毎日が続いた。
ロゼは言っていた通り、国王陛下に対価の件を報告したらしく、後日正式に〝真なる〟魔法を無闇に行使しないようにとのお達しがされた。
しかし、使用の禁止はされていない。
それはそうだろう。聖女の力なくして、瘴気の完全な浄化はできない。
それを、くしくも【浄化の雫】の不完全性という形で証明されてしまった。
為政者として、聖女の力が対価を伴うものだからと、国の未来を捨てる選択をするはずがない。
「聖女様、ロゼリエッタ殿下がお見えです」
「お通ししてください」
侍女さんに声をかけられ、うなずくと扉が開く。
複雑そうな顔をしたロゼが姿を見せる。
「ロゼ、今日はなんの用? 特にないなら、私は」
「ルリハ」
ロゼは、どこか覚悟を決めたような力強さを薄紅の瞳に宿していた。
「わたくしに、付き合っていただけないかしら」
ロゼによって連れ出されたのは、私とロゼが仲良くなるきっかけとなった薔薇が咲き誇る庭園だった。
「ここの薔薇は相変わらず綺麗ですわね、ルリハ」
「そう、だね」
ロゼの意図が分からずほんのりと警戒を顕わにしながら、彼女のあとについていく。
ヴィスキオ様も私たちの後ろからついてきていた。なにか、企みがあるとも限らない。
「ねえ、ロゼ。本当になに? なにもないなら私、部屋に」
「わたくし、ルリハと話をしたいと思いましたの」
ざあっと風が吹く。
薔薇の花びらが風に攫われ、ロゼの薄紅の瞳と髪を彩った。
「不本意ですけれど、そこの護衛騎士とも話して決めたことですわ」
視線だけでヴィスキオ様を振り返ると、ヴィスキオ様もこちらをじっと見ていた。
やっぱり、と思いながら、私は自室に戻ろうと足を王宮の方向へ向けた。
「私が話すことはないよ。だから、もういいよね」
「いいえ。ルリハ、あなたはここで、わたくしの話を聞いてくださいましたわ。だから、次はわたくしの番ですの」
私は、グッとこぶしを握り込んだ。
話す? そんなの、ダメだ。話したら、暴かれてしまう。
私はあくまで強硬な姿勢を崩さないように表情筋に力を込めた。
「私は、話すことはない」
「わたくしはありますわ」
「ない」
「わたくし、考えたんですの。なんでルリハは、わたくしたちに対価のことを話してくれなかったんだろうって。そしたら、すぐに答えは見つかりましたわ」
やめて。嫌だ、と思った。
「ねえ、ルリハ」
嫌だ。嫌だ。
この人たちに、私の浅ましい考えを知られたくない。
逃げようとしても、後ろには絶対に逃がさないというような目をしたヴィスキオ様がいる。
〝真なる〟魔法を使わないで、いらない聖女に戻りたくない。なんて、こんな醜い本性。
「ルリハ、あなたは」
見ないで。見ないで。
知られたく、ない――……。
「わたくしたちを、守ろうとしてくれたのよね?」
――え?
私は、思わぬ答えにポカンと口を開けた。
私が、守ろうと、した?
「わたくし、思ったんですの。ルリハは心優しくて、人の気持ちに寄り添える人で。人の痛みに敏感で、誰かが苦しむのが我慢ならない人。だからこそ、自分が力を使わないとわたくしたちを守れないと、そう思ってくれたのよね?」
違う。そう、思った。そう、言おうとした。
けど、口は息を吐くだけで、言葉として発されなかった。
思い出すのは、対価のことを考えるたびに考えていたこと。
『私は、ロゼやヴィスキオ様を守るためなら、きっと……できる』
どうして私は、初めて魔物が発生したと聞いたとき、迷いなく行くという選択ができた?
――守りたいものが、あったからだ。
「ルリハ、これは、ヴィスキオ様も同意見でしたわ」
ヴィスキオ、様。
私が呆然とした視線を後ろに向けると、笑顔の仮面を外した仏頂面で私の方を見ていた。
「ルリハ様、私はあなたをお守りすると決めました。けれど、あなたはずっと私を守ろうとしていた。私はそれを、よく知っています」
私は、なんとか表情を取り繕うとするが、熱いものが胸にこみ上げて、目に涙がたまっていく。
必死にバレないように瞬きをくり返すが、ロゼとヴィスキオ様はこちらを見つめて離さない。
「ルリハ、わたくしは、あなたの気持ちを知りたいんですの。……あなたひとりで、抱えて欲しくないだけなんですの」
もう、言ってしまいたかった。
怖い。対価を払うのが怖い。でも、私がやらないと、この国を、ロゼを、ヴィスキオ様を、守れないから。だから、私の怖さなんて殺して、戦わなきゃ、って。
いらない聖女に逆戻りしてしまうから、なんてただの仮初めの理由だ。
もう、私は自分が必要とされること以上に、自分が彼らを必要としていた。
私の心からの本音が、口からこぼれ落ちる。
「私、は」
ヴーーッ
ヴーーーッ
警報音が、王宮に鳴り響く。
私はもう、この音がなにを意味するか理解していた。




