30.惑う
「ルリハ! 本当に、本当に、大丈夫ですの!?」
「もう。何回も言ってるでしょ?大丈夫だよ」
瘴気の発生があってから数日間、私は大丈夫だと言っているのに過保護なヴィスキオ様や侍女さんたちにより、今日まで一度も外に出させてもらえなかった。
私は久々の外にうんと背伸びしたい気分だったが、お茶会中のため我慢する。
王宮の庭園のガゼボにて開催するお茶会も、とても久しぶりに感じられた。
「ロゼ、そろそろ機嫌直してよ」
「嫌ですわ! 心配かけるルリハがいけないのです!」
ロゼは先ほどから、むうっと頬をふくらませて全面的に不満をアピールしている。
これも全て、ロゼになにも言わず戦場に行き、倒れて帰ってきてしまったからだ。
今日のお茶会は、ロゼのご機嫌直しも目的のひとつである。
「ヴィ、ヴィスキオ様、助けてください」
「申し訳ございません。こればっかりは助けられません。今日は、私もロゼリエッタ殿下に謝罪する立場ですので」
「そうですわ! あなた、ルリハを守ると言っておきながら、なんという体たらくですの!」
今回ばかりはヴィスキオ様も援護には回れないらしい。
ふたりして、しゅんとロゼの前でうなだれていた。
ロゼは私たちをじとっとした目で見つめると、はあと大げさにため息をついた。
「もう、いいですわ。けれど、ルリハはこれ以上無理をせず! 心配もかけないこと。いいですわね?」
私はこくこくこくとうなずく。
ロゼはそれを見て、口元に扇を広げると
「無事で、本当によかった」
ぽそりとそんなことをつぶやいた。
「ロゼ……」
私が名前を呼ぶと、ロゼはボッと顔を赤くさせて、ふんっと顔をそむける。
私は思わず苦笑をこぼしてしまった。
ああ、そうだ。私は、ロゼやヴィスキオ様を守るためなら、きっと……できる。
――対価が、あるのに?
どくん、と心臓がなり、頭の中で声が響く。
これから魔物の発生が続くのであれば、必然的に聖女の出動要請は増える。
聖女が求められているのは、〝真なる〟魔法の行使だ。
〝真なる〟魔法には、対価がある。
その内、否が応でも選択する瞬間が来るはずだ。自分の命か、この世界か。
「ルリハ?」
ロゼが、心配そうにこちらをのぞきこんでいる。
私は努めて何でもない風を装って笑みを浮かべた。
「なんでもないよ」
相談、するべきなんだろうか。この人たちに。
でも、相談すればきっともう〝真なる〟魔法は使うなと、そう言われるだろう。ロゼとヴィスキオ様は、そういう人だから。
私が犠牲にならない道を探そうと、きっと言ってくれる。
それでも、私はどうしても対価のことを2人に告げる気にはなれなかった。
たぶん私は、聖女として必要とされる未来を捨て切れていないのだ。〝真なる〟魔法が使えなければ、いらない聖女に逆戻りしてしまう。そんな意識が、はたらいているのかもしれない。
――なんて卑しく、醜い。
こんな私が、私は嫌いだ。
「それにしても、ルリハの侍女、増えましたわね」
ロゼが私の背後を見ながらそう呟いく。私も同じように後ろを振り向いた。
そこには、以前とは比較にならないほどたくさんの侍女さんがずらりと並んでいた。
「しかも、服まで雰囲気が変わって」
ロゼは、私の服に視線を移しながら、どこか不満げな声をもらした。
私が聖女として覚醒してから、身の回りの状況が少しずつ変化した。
まずは、侍女さんの数だ。今までも至れり尽くせりだなあ、と思っていたのだが、今ではそれ以上だ。
私が立ち上がるどころか、視線を向けただけで取りたいと思っていた物が目の前に差し出される。
もちろん私が言えばひとりにしてくれるし、部屋の外で控えてくれるのだが、私がちょっと物を落としたり足を棚にぶつけて音を立てるだけで飛び込んでくるのだから、その過保護ぶりが分かるだろう。
次に、服装にも変化が生じていた。
前までは、この世界の貴族女性の普段着なのだろう装飾のついたドレスを着ていた。
対して最近はひらひらとした薄絹を幾重にも重ねたロングドレスで、白から瑠璃色へ広がる裾が特徴的だ。
なんていうかこう……いかにも聖女っていう感じである。
ロゼは私の扱いがあからさまに変わったことを不満に思ってくれているようだ。
私はふふっと笑みをこぼす。
「ありがとう、ロゼ」
「なっ、なんですの、いきなり!」
「ロゼはかわいいね」
「かわいくなんてありませんわよ!」
顔を赤くするロゼは、本人がなんといおうとかわいい。
こんなに素敵な子が私の友人になってくれている今が、奇跡みたいだ。
そしてそれは、燈花も同じ。
ケンカ別れをしてしまった友だちを、今も、探してくれている。
「ルリハに楽しんで欲しくて、今日はわたくしのお気に入りの茶葉を持ってきましたの」
「……そ、そうなんだ。楽しみだな」
私は紅茶を入れてもらったカップを、どこか上の空で手に持った。
ちゃぷんと揺れる赤い水面を見つめながら、私は元の世界にいる友人の姿を思い描く。
こんなにも彼女のことを思い出してしまうのは、ロゼがどこか燈花に似ているからだろう。
優しくて、明るくて。だけどとっても不器用で、人に勘違いされやすい。
今、この時も、私のことを探してくれているのだろうか。
浄化の光の中で見た燈花は、ひどく落ち込んでいるようだった。あんな姿は、見たことがない。
――きっと、今、この時も。
「ルリハ、危ないっ」
「え?」
気づいたときには、するりと手の中からカップが地面に落ちていった。
カシャンと甲高い音が響いて、足下でカップが粉々になる。
私はさっと顔を青ざめさせて、慌てて破片を拾おうとする。
「ルリハ様、触らないでください」
破片を拾うとした指先は、すんでのところでヴィスキオ様によって止められた。
私が数歩下がると、控えていた侍女さんたちが素早い動きで片付けてくれた。
「ルリハ、ケガはありませんのっ?」
「ロゼ、うん、大丈夫。……それより、ごめんなさい。用意してくれた紅茶、ダメにしちゃった……」
「そんなこと、大したことではありませんわ! ルリハがケガをしていないことの方が、何倍も、大事なことですもの」
ロゼは立ち上がると私の方に周り、ギュッと指先を握ってくれた。
それでも私が申し訳なさそうな顔をしていると、ロゼがいたずらを思いついた子どもの顔で私をのぞきこんでくる。
「それでしたら、ルリハのお気に入りの茶葉はありませんの? わたくし、それを飲んでみたいですわ! 今、それを持ってきてくれたらカップのことは許して差し上げますわ」
「う、うん! 持ってくるよ」
私はパッと自室に取りに行こうとするが、それより先にヴィスキオ様が動いた。
「それでしたら、私が行って参ります。ルリハ様、いつも召し上がっている茶葉でよろしいですよね? 少々お待ちください」
「あ、ありがとうございます」
ヴィスキオ様はにこりと笑うと、さっと素早く身を翻した。




