29.対価
私がまぶたを開けると、そこは王宮内にある自室だった。
体を動かそうとして、喉がカラカラになっていることに気がつく。
「ルリハ様!」
呼ばれてみれば、部屋に入ってきたヴィスキオ様がこちらに駆け寄ってくるのが見える。
「ヴィスキオ様……」
「はい、はい……っ。良かった、お目覚めになられて……っ」
そう言われ、私は自分がどのくらい寝ていたのか気になった。
「あの、私、それほど長く寝ていたのでしょうか?」
「ええと、12時間くらい、でしょうか。きっと、お疲れだったんですよ。初めて〝真なる〟魔法を使われましたから」
「そう、ですか」
12時間、ということは、夜会の途中から魔物の討伐に向かったので、今は昼過ぎということか。
思っていたよりも短くて、バレないようにほっと息を吐く。
「ルリハ様、なにかご入用のものはありませんか?」
「そしたら、お水をください。あと、日記帳も……」
「日記帳?」
ヴィスキオ様は訝しげな顔をするが、私にお水を渡したあと、引き出しにしまっていた日記帳も渡してくれる。
「ありがとうございます。……あと、その、少しだけひとりにしていただいてもいいですか?」
「え?」
「その、ちょっと横になりたくて、日記帳を読み返しながらごろごろしようかな、と」
「そう、ですか」
ヴィスキオ様はまだ様子を見ていたい、と言いたげだったが、渋々部屋を出てくれる。
私はヴィスキオ様が去ったことを確認すると、パラパラと日記帳をめくった。
「……やっぱり」
日記帳の後半、以前は開けなかったページが開けるようになっていた。
私は後半からの日記に目を通す。
『私は、どうしたらいいの。もう分からない。この世界にも大切な人ができた。みんなを助けたい。でも、〝真なる〟魔法には対価がある。私は、どうしたいんだろう』
〝真なる〟魔法の真実。対価の存在。
それは、歴代聖女たちを絶望させ、正解のない迷いに突き落とした。
私も、例外ではない。
〝真なる〟結界の対価は、〝自由〟。
〝真なる〟治癒の対価は、〝寿命〟。
〝真なる〟浄化の対価は、〝時間〟。
どれも、簡単に手放すことなどできない大切なものだ。
それに――と、日記の最後のページに記された文言をなでる。
『ここに、後続の聖女のため、元の世界に帰る方法を記します。
必要なものは、元の世界にいる人との〝縁〟。自分と繋がりの深い家族や友人に強く呼び戻されることで、その縁をつたって私たちは帰還できる。
私たちが召喚された始まりの平原。そこで呼び声に従って歩いて行けば、やがて元の世界に辿り着く』
帰る方法は、あった。
ミーロ宰相の説明では、元の世界に帰った聖女の記録はないとのことだったが、実際はどうなのか。
記録を隠しているのか、すでに処分されてしまっていたのかは分からない。
けれど、私はもう知ってしまった。
以前の私なら、自分を呼ぶ人などいやしない、とはなから諦めていただろう。
「燈花……」
けれど、私を呼ぶ人は、いた。
燈花が、私をあちらの世界で探してくれている。
あの時浄化の光の中で見た燈花の姿は、夢幻の類いなどではないと私が1番よく分かっている。
「……」
私は唐突に転がり込んできた『帰還する』という選択肢に、揺さぶられていた。
コンコンッ
その時、扉をノックする音が響いて私は枕の下に日記帳を隠す。
ヴィスキオ様が戻ってきたのだろうかと疑問に思ったが、姿を現したのは意外にもシエロ様だった。
「お久しぶりですね、ルリハ様。お加減はいかがでしょうか」
「今は、特になんとも」
「それは安心いたしました」
ニコリ、と笑うシエロ様は得体の知れない雰囲気をまとっている。
満月のような瞳が、私の全てを映しこんでいるようだ。
シエロ様は、そうだ! と手に持っていた赤い果実を掲げる。
「お見舞いを持ってきました。よろしければ、一緒に」
「シエロ様」
私はわざと言葉をさえぎり、無表情にシエロ様を見上げた。
「なにか、ご用があるのではありませんか?」
「……」
シエロ様は、笑みを崩さない。
私は、今まで呼んできた何冊もの本の内容を思い出しながら言葉を続ける。
「私、これでもこの世界に来てから勉強をかかさなかったんです。だから、知っています。シエロ様は、【浄化の雫】の開発責任者で、聖女研究の第一人者、ですよね」
「よく、勉強しましたね」
「シエロ様は、〝真なる〟魔法のことを知っていたのではないですか?」
じっと、視線を外さずに見つめ続ける。
シエロ様は、ふむ、と顎に手をあてた。
「知っていた、わけではありません。ですが、知らなかったというのも嘘になりますね。私は、聖女はなんらかの対価を払うことで〝真なる〟魔法を使っていたのではという仮説を立てていましたから」
シエロ様はいつも通りへにょっとした笑みを浮かべ、満足そうな声音で言う。
「その様子では、私の仮説は正しかったようです」
「……!」
私はあっさりとしたシエロ様の態度に拍子抜けする。瘴気が発生したと聞いたときから、シエロ様がなにか関わっているのではと思っていたのだが、この様子だと杞憂だろうか。
「あ、あの」
「いえ、ルリハ様が疑いたくなるお気持ちも理解できますので、お気遣いなく。実際にこの目で聖女の魔法を見られると期待していることは事実ですし」
「で、では、どうして【浄化の雫】で抑えられていた瘴気が再び発生したのですか?」
「それは、私の失態としか言いようがありません」
シエロ様は、私も見たことがない悔しさをにじませた表情で口を開く。
「【浄化の雫】は、あくまで瘴気を中和する薬だったようです。浄化魔法のように瘴気を滅するのではなく、現存する瘴気は保持したまま、その悪効果をなくすように働いていた。見かけ上、瘴気を滅しているように見えているだけだったのです」
私は学生時代の理科で習った中和についての項目を思い出す。
なるほど、とうなずくとシエロ様はモノクルと押し上げ説明を続けた。
「私たちは、日々魔力を循環させて生きてます。自然界の仕組みの中で浄化されていた魔力は、魔法を扱うようになったことで余計に放出されるようになったのです。世界の自浄作用が間に合わず余剰魔力がたまってしまった結果、生じたものが瘴気。【浄化の雫】で瘴気を中和した後も魔法を使い続ければ、瘴気はたまり続け、中和のバランスが崩れるのは当然のことです」
そこまで一気に話しふうと息を吐くと、シエロ様はなにかに気がついたように扉の方を振り向いた。
「少し長居しすぎましたね。ルリハ様、そろそろお暇いたします」
「……はい。また、魔法の事を教えてください」
「ふふ、ルリハ様であればいつでも大歓迎ですよ」
研究対象としても大変興味深いですし、という声が聞こえたような気もしたが、そこは聞こえていなかったことにした。
私はシエロ様を静かに見送り、枕越しに日記帳をふわりと撫でる。
考えなくてはいけないことの多さに、頭が痛くなりそうだ。




