28.覚醒と真実
ヴィスキオ様は駆け寄る私が見えたようで、驚愕に目を見開く。
「ルリハ様!? なにをしているのです。早くあなたも!!」
「援護をしにきました!!」
私ができるのは、なにも治癒魔法だけではない。
私はギュッと目をつぶると、胸元で祈るように両手を組む。
「なにを……」
――瞬間、全身からほとばしる淡い光があたりを照らした。
その光に当てられた魔物は、ジュワッと音を立てて消え去る。
私はまぶたを開いてそれを確認し、バクバクとうるさい心臓を押さえた。
光属性の浄化魔法。〝真なる〟魔法とは違い瘴気の残滓はあるが、とりあえずはうまくいったようで、良かった。
騎士たちから驚愕の視線を向けられるが、私はそれに構わず叫んだ。
「私が魔物を浄化します! みなさんは、浄化の合間に魔物がこれ以上進まないように押しとどめいただきたい、ですっ」
私はそう言うなり、再度浄化魔法の姿勢をとる。
今、私にできることはひたすら魔物を浄化し続けることだった。
「ルリハ様、そのままお聞きください」
「……!」
魔力を練っていると、ヴィスキオ様がそっとささやいてくる。
「ルリハ様は、時間さえあれば、この場にいる魔物を全て浄化することは可能ですか?」
「……はい。間に1分程度の休憩は挟む必要がありますが、できると思います」
「承知しました。それでは、時間は私が作ります。御身の守りも、お任せください」
「はい……っ」
私は、こんな状況だというのに、ほっと安堵してしまった。
ヴィスキオ様がいれば守ってくれる。大丈夫だと、そう思えた。
だから、迷わず浄化魔法を連続で行使する。
魔物を全体の3分の1程度に抑え込めた頃、私の体力も徐々に限界に近くなっていった。
浄化魔法を終える度にくらりとめまいがし、足に力を入れていないと立っていられない。
もう少し、もう少し。
私はぼんやりとした視界の中で、ヴィスキオ様の姿を探す。
姿を見て、もう少しだけ踏ん張る力が欲しかった。
――いた。
ヴィスキオ様は、ちょうど、魔物を一体切り捨てたところだった。
反射的に笑みを浮かびかけて、目に映った彼の姿に息をのむ。
傷だらけ、だった。
身体のあちこちに切り傷がつき、立っているのが不思議なくらいだ。
目に宿る闘志は消えていないが、足元が僅かにおぼつかない。
――治癒を……っ。
そう思い、浄化を休んでしまったのが、いけなかった。
「ルリハ様!!!」
気づいた時には、もう遅い。
私に覆い被さるような黒い影が、落ちる。
咄嗟に浄化魔法を行使しようとするが、間に合わない。
――死
それを認識した時に、目の前を遮ったのは、ヴィスキオ様の姿だった。
ヴィスキオ様が私を庇うように抱きすくめる。
「ダッ……」
魔物の鋭利な牙が、ヴィスキオ様突き立てられようとしていた。
私には、どうすることも、できない。
――誰か、助けて。
瞬間。ぶわりと、今までとは比にならない程の浄化の光が、私の身体から溢れ出る。
目を刺すような浄化の光はその場にいる魔物も瘴気も騎士も包み込んで、広がり続ける。
浄化の光に当てられた魔物や瘴気は、瞬きする間に消滅した。
私は、どこかその光を他人事のように思いながら、できた、と思う。
これぞまさしく、〝真なる〟浄化。
胸に灯る暖かな熱の余韻に浸りながら、私は浄化の光の中にぼんやりとしたシルエットを見る。
そのシルエットはだんだんと形を成していき、やがて私がよく知る女の子の姿を象った。
「燈花……?」
光の中で見える燈花は、見るからに気落ちしていて、一生懸命になにかを探している。
「待って」
思わず手を伸ばすが、空中を切るだけで、やがて燈花の姿は霧散して消えてしまう。
同時に、浄化の光も弱まっていく。
私は今見たものの意味を知りたいのに、光が弱まるにつれ、足に力が入らなくなってしまって困った。
なぜか視界もぼやけ、不明瞭になっていく。
「ルリハ様? ルリハ様……!」
ついにはカクンと腰から崩れ、私は意識を手放した。
ここは、どこだろうか。
最初に、そう思った。
次に、自分が浮遊していることに気がついた。
そして、これは夢だと理解する。
夢だと理解すれば、ストンと腑に落ちる気がした。
『聖女様! 聖女様!』
どこからか呼ばれたような気がして視線を動かすと、霧の中うすらぼんやりと光るものがあり、目をこらす。
それは、元の世界でいうところのテレビのようで、この世界のおそらく昔のものであろう映像が流れていた。
『聖女様ー、僕の傷も治してくださいよー』
『はいはい。わかったわかった。任せて』
そこには“聖女”と呼ばれる女性がいて、顔は見えないが、苦笑している雰囲気を感じる。
聖女は当たり前のように治癒を施し、頼んできた男の子の頭を撫でた。
――そして、時は進む。
先程も見た聖女が、ベットに伏して泣きわめいていた。
『どうして。どうして!』
聖女はわなわなと震える手で顔を覆い、震える声を絞り出す。
『〝真なる〟治癒を施したら、寿命が削られる……? でも、でも、この世界の人を見捨てるの……?』
聖女は、自問自答を繰り返す。
――そして、時は進む。
『聖女様、無闇に〝真なる〟魔法を使われては……っ』
『でも、使わないとこの人死んじゃう! 私はもう、誰も死なせたくないの……!』
『ですがそれは、あなたの命が!』
聖女は瘴気が満ちる荒野で、彼女の戦いをしようとしていた。
『それでも! 私はやると、決めたのよ!』
――そして、時は遡る。
私は見た。
数々の聖女たちの結末を。
ある聖女は、〝真なる〟結界を張ることで国の人々を守り、一生をその中で過ごした。
ある聖女は、〝真なる〟浄化を大陸全土に広げ瘴気を根絶し、寿命尽きるまで眠り続けた。
ある聖女は、自らの役目が終わったことを悟ると、呼び声に従い元の世界へと帰還した。
彼女たちはそれぞれの人生を生きた。
映像が終わると、私は問いかけられた気がする。
――お前は、どう生きる。
私は、私は、どう生きる――?
その、答えが出ないうちに、私の意識は浮上していった。




