3.いらない聖女
「聖女様、こちらをどうぞ」
お城の中の応接室のような場所に通され、私はふかふかのソファに腰を下ろす。
目の前の机には、薔薇色の紅茶がゆれるカップが置かれる。
私はそれにおそるおそる口をつけてから、正面に座る男性に目を向けた。
「あ、あの」
「はい? どうされましたか?」
にこにこと人好きのする笑みを浮かべた彼は、ゆったりと首をかしげる。
「ここは、どこなのでしょうか。えっと、聖女……って、私のこと、ですか」
今まで聞きたくても聞けなかったことをおずおず聞くと、彼は「うーむ」と考えるようなしぐさをしたあと、ゆっくりと口を開いた。
「どこから説明いたしましょう。まずは、自己紹介からでしょうか」
彼はさらに笑みを深めると、胸に右手のひらをそえる。
「私はミーロ・ロッテッティ。この国の宰相です。あなたは」
「わ、私は、澪瑠璃羽です」
「ミオ……?」
「る、瑠璃羽ですっ」
「ルリハ様、ですな」
ミーロさんはこくりとうなずき、使用人らしき人が用意した紅茶で口を潤した。
「では、まずはこの世界の話から。すでにお気づきかと思いますが、ここはルリハ様がいらっしゃた世界とは全く違う世界です」
「は、はい」
「この世界には5つの国があり、ここはフィッツェ王国という名の国でございます」
「なる、ほど」
改めてここが異世界なのだとつきつけられるが、戸惑いよりも異世界だとハッキリしたすっきり感の方が強い。
神妙な顔つきになってしまったであろう私を見てなにを思ったのか、ミーロさんは私の顔をのぞきこみ安心させるような温和な笑みを浮かべた。
「ご安心ください、ルリハ様。我々はルリハ様を責任もって保護いたします」
「ど、どうして」
「それは、ルリハ様が、我が国の聖女として召喚されたからでございます」
「せい、じょ」
せい、じょ。せいじょ。聖女。
日本で小説などで見たことがある知識を元に、聖女という肩書きのイメージを思い出す。
えっと、聖女はなんか魔物とかをやっつけたり、浄化したり、ケガした人を治したり、する、はず。
私はその聖女として、召喚されたというのか。
あまりにも、合っていない。
だが、聖女として呼ばれたというからには、私には“聖女”としての存在意義があるということだ。
――私を、必要としてくれるかもしれない。
グッと期待で胸がしめつけられるような気がして、無意識に拳を握り込んでいた。
「ですが、その……大変、申し訳ないのですが」
その時、ミーロさんがしどろもどろになって、心底申し訳なさそうな瞳で私の様子をちらちらうかがう。
その様子に、嫌な予感が駆け巡った。
「どう、されたのですか」
私が先をうながすと、ミーロさんは意を決したように口を開いた。
「我が国では、すでに聖女を必要としていないのです」
「……え?」
「も、もちろん! 我が国に来てくださった聖女様をないがしろにするなどということは絶対にいたしません!! そこは、ご安心いただければと……」
「どういう、ことですか」
ガンッと頭を鈍器で殴られたような、そんな気がした。
ミーロさんは額に流れた汗をハンカチでぬぐうと、その経緯を説明してくれる。
「確かに我々は半年ほど前まで、魔物や瘴気の脅威にさらされておりました。魔物は瘴気は聖女の聖なる魔力でしか浄化できないといわれておりましたし、我々もそれはもう聖女様のご光臨を心待ちにしていたのですが……なにぶん、聖女召喚は神の領域。我々の望み通りというわけにもいかず」
「……」
「そこで救世主となったのは、我が国の研究室が開発した薬です。その薬はそれはもう素晴らしく、世界中の魔物と瘴気を瞬く間に打ち破り――ごほん、失礼」
徐々に熱を帯びていった口調は、私のぴくりとも動かない表情を見て落ち着いた。
身体もわずかに乗り出していたが、気まずそうに居住まいを正した。
「と、とにかく、ルリハ様には聖女のお役目をしていただく予定は特になく。我々も、なぜこのタイミングで聖女が召喚されたかさっぱり――おおっと、失礼」
どうやらこの人は、話がのってくると言わなくてもいいところまで言ってしまう悪癖があるようだ。
私は言われた事実の数々を頭の中で反芻し、飲み込む。
ようするに、今の私は役立たず。全くもって必要としていないタイミングで現れた、出遅れの聖女ということか。
「確かに聖女のお役目はございませんが、我々がルリハ様の生活を保障いたしますのでご安心を。今、王宮内に部屋を用意させておりますので」
「あの」
私が言葉をさえぎると、ミーロさんはびくりと身体を震わせる。
「私は、元の世界に帰れないのですか」
「……」
聞かれたくないことを聞いてしまったのか、ミーロさんは笑顔のまま数瞬フリーズする。
そしてあからさまに視線を泳がせると、気まずそうに口を開いた。
「そのう、今までの聖女様で、元の世界に帰られたという記録はなく」
「そうですか」
あまりに淡々とした返答が意外だったのか、ミーロさんがゆっくりとまばたきをする。
「私、1人になりたいのですが。部屋って、いつ用意出来ますか」
「え、ああ! 今すぐに!」
私の言葉に、ミーロさんが慌てて後ろにたたずむ騎士に目配せをする。
今まで気配を消していた騎士は小さくうなずき、部屋を足早に去って行った。
部屋の具合を確かめに行ってくれたのだろう。
私はすっかり冷めてしまった紅茶の2口目を堪能しながら、こんな状況におかれた自分をどこか人ごとのように俯瞰していた。
私は、聖女がいらない世界に聖女として召喚されてしまった。




