2.私が辿り着いた場所
『おとおさあん。おかあさあん』
『瑠璃羽』
『るりちゃん』
大好きだった。お父さんと、お母さん。
どうして、私を1人にしたの?
『おかあ、さん?』
『瑠璃羽……あのな、母さんは、母さんは……事故で』
『い、いやだよ。お父さん』
『ごめんな……』
お母さんを亡くして、私の心にはぽっかりと穴が開いた。
それから、大好きだったピアノもうまくひけなくなって、友だちづきあいも苦手になって。幼馴染みのピアノ仲間だけは寄り添おうとしてくれたけど、拒絶して。自然と、ひとりで部屋で引きこもることが多くなった。
『お父さん、大丈夫? 顔色、悪いよ?』
『ゴホッ、……ああ、大丈夫だ』
周りに目を向けることを怠っていたのだろう。
私は、父がどんどん具合を悪くしていくことに気づかなかった。
『おとう、さん……?』
いきなり、父が倒れたと聞いて。そのままあっけなく息を引き取って。
この世から、私を無条件で必要としてくれる人が、いなくなってしまった。
「おとうさん」
ぽつりと自分の口からもれた声で、私はぱっちりと目を覚ました。
目を覚ましてから、自分は寝ていたのだということを自覚する。
寝ていた、という表現が当たっているのかも分からない。
確か、お父さんのお葬式が終わって、なんとなく橋から景色を眺めて、バランスを、崩して……
「私、死んじゃった……?」
呆然とそう呟いたとき、草が口の中に入ってきてあまりの苦味にえづいた。
やっと自分が横たわっているのだということにも気づいて、グッと腕に力を入れて上体を起こす。
「天国……?」
私がのんびりと寝ていた場所は、どこまでも広がる草原だった。
もちろんこんな場所に、覚えなどない。
あたりは暗く、夜であることが察せられる。
導かれるように空を仰いで――そこにある光景に、息をのんだ。
「星が、降ってる」
満天の星空の中、数多の星が弧を描いている。
それはさながら、一枚絵のようで。
全ての疑問の一切が、頭の中から消え去っていた。
「福音だ」
そんな言葉が口をついて出てきて、自分で自分に驚く。
なぜ、私をこれを福音だと思ったのか。
「いたぞー!!! こっちだ!!!」
唐突にそんな叫び声が聞こえてハッとする。
人の声だ。ここから近い。
キョロキョロと見回せば、遠くの方から駆け寄ってくる人影が見えた。
私はその人影が徐々に大きくなっていくのを、とくになにをするでもなく見続けた。
近づいてきてやっと、人影が複数あること、その全員が男性であることが分かった。
「良かった。見つけた!」
その人が私の知り合いだった、なんてことはなく。
ほっとしたような笑みを見せられても、戸惑うばかりで。
「さあ、こちらに。ご無事でなによりです」
そっと差し出された手を条件反射的に握りながら、困惑が頭の中を占める。
彼らは、人間だ。それは間違いない。天国ならば、天使が迎えにくるものかとも思うのだが、この人たちは筋骨隆々とした男性だし、どう見ても天使ではない。
ただひとつ、違和感を上げるならば、その衣服。
彼らは、私にとって見慣れない騎士服を身に纏っていた。
「もう、大丈夫ですよ――聖女様」
私はただただ、言われるがままに彼らについていくしかなかった。
私は騎士服をまとった数人の男性に導かれ、馬車に乗り込んだ。
そう、馬車。
車輪のついた人が乗れる箱のような形状のものを馬が引く、あの馬車。
牧場でのアトラクションや、なんらかのイベントでしか見たことのない馬車に乗って、私は都のような場所に連れて行かれた。
記憶は曖昧だが、私を連れてきた人たちはここを“王都”と呼んでいた。
王都の街並みは、確実に日本ではないと言えるようなもので、街を歩く人々の服装も全く見覚えがなかった。
馬車が止まり下ろされたのは物語に出てくるような立派なお城だ。
私は、否応なしに理解させられる。
――ここは、〝異世界〟なのだ。




